重さ
「ハァハァ……も、もう駄目だ……」
ロードレイジから逃げるため必死に走っている途中。
ついに仲間の一人が完全に足を止めてしまった。鈍足でもっとも体力のない僧侶が先に音を上げた。限界まで走ったせいで酸欠を起こしており、細い顔が真っ青になっている。
「っ、諦めるな! 立てっ!!」
それに気づいた壁役であるラッドが彼の前に立ちはだかった。
二体のロードレイジに向けてLMGの残り少ない弾をぶちまけながら叱咤をする。
激しい走行に耐えうる甲殻は硬い上に回転しているため、走行中のロードレイジの対弾性能は非常に高い。
魔弾は大した損傷も与えられずに終わったが、それでも口径の大きいLMGのおかげで何とか軌道を逸らすことができた。
だがこれで終わりだ。完全に弾が尽きた。
「げほっ……もう、一歩も歩けない……逃げてくれ」
死が迫ることよりも走る苦しみが上回ったのだろう。苦しみから解放されることにどこかほっとした様子のプリーストの顔をラッドが張り飛ばす。
「馬鹿野郎が! どこの世界に仲間置いて逃げる騎士がいやがる!」
役に立たないLMGを放り捨て、ラッドは最も信頼するカイトシールドを構えた。
残り少ない魔力を盾に込めて堅固を発動させる。
どっちにしろもう彼も逃げられない。ならばここで逃げている仲間のために少しでも時間を稼ぐしかない。チームの壁であるナイトが最後まで生き残ることだけはあってはならない。
逃げないラッドに敵意を燃やしたロードレイジが速度を上げる。
あれだけの速度と質量を伴う突進、まともに受ければ強化してもカイトシールドがもたない。だがそれでも退くことはできない。背後に護るべき誰かがいるならば、ナイトが退くことは許されない。
「騎士って柄じゃあ、ないんだけどな……!」
軽口一発。
眼前の暴走野郎を気合とともに受ける。
受けるが、止めない。流す。
「そぉおおりゃあああ!!」
全力でぶつかった瞬間に盾の下部を魔獣の下に潜り込ませる。
回転する甲殻に巻き込まれないように踏ん張りながら、車輪型の相手を跳ね上げた。
肩が外れそうな痛みと衝撃に耐えながら、それでも”やってやった”と顔を上げて雄叫びを上げる。
「どうよ……っ!?」
顔を上げたラッドの眼に映ったのは、粘土状の生体爆弾。
ハトの落とし物というのには些か危険すぎるソレが光を帯び―――銃声。
「―――自己紹介にしちゃ品がねぇな」
爆発の直前、一発の魔弾が”待った”を掛けた。
数ではなく質に重きを置くスタイルのそれは拳ほどもある生体爆弾を貫き、さらには残った部分すらも余波で吹き飛ばして見せた。
ラッドの真上に着弾するはずだったそれは進路を変え、カイトシールドの向こう側で爆発する。
「うわっ!?」
驚きこそしたが、生体爆弾の大部分は消し飛んでいたため被害はほとんどない。
爆風を他所にラッドの意識は今の援護に向いていた。どこか憎めない野良犬に似た、生意気な声に。
「だがまあ、分かり易いのは良いことだぜ? 聖なる大便……危険運転野郎にゃ相応しい名前だ」
砂埃が晴れ、銃口から魔素の煙を立ち昇らせたディンゴが姿を現す。
回転式拳銃を手に犬歯を剥き出し、戦意を前面に示した一人のガンマンがそこにいた。
(奇縁ってやつかね)
せっかく見つけた工場を壊されちゃ堪らんと出向いてみれば、そこには見覚えのあるデブが格好をつけていた。
「ディンゴ!?」
「ようファットマン、ダイエットか?」
軽口を叩きながら手を貸してやる。いつかの基礎訓練を思い出すやり取りに同時に苦笑した。
ふらふらになりながらもラッドは立ち上がり、虚勢を張ってみせた。残弾も魔力もない上に息も絶え絶えだが、それでも自分の足で立っている。
「馬鹿言うなよ。俺の腹にいくらかかってると思ってる」
「だろうよ。てめぇはマグポーチにカロリーバー突っ込んでるのがお似合いだ」
「食うか?」
冗談めかして言ってみれば、間髪入れずにすっとチョコバーが出てきた。
助けに来たのはこっちのはずなのに、思わずポカンとしてしまう。ラッドの一本取ったと言わんばかりな得意げな顔が腹立たしい。しっかり包装まで剥いてある。
「……これが終わったらな」
「いつまで格好をつけている、ゆくぞ!」
叱責と共に二人の脇をサイカが走り抜けた。
上体を揺らさぬ独特の歩法で、電磁ブレードは抜かずにARを肩に押し付けて走りながら連射。貫通力に優れたウォーリアの魔弾が立て続けに吐き出される。
直接撃っても効果がないことはラッドのLMGが証明している。狙いはロードレイジが走るであろう軌道上の瓦礫だ。
銃撃で小さな瓦礫が崩れ、それを踏んだロードレイジがわずかにバランスを崩した。
すぐに整えられるくらいの倒れるには程遠い小さな揺らぎ。それによって速度と進路がわずかに狂う。
「―――!」
その一瞬をサイカが捉える。
滑らかな動作で電磁ブレードを抜刀。黒い刀身が彼女の魔力を込められることで紫電を帯び、斬れ味と耐久力を飛躍的に増大させる。刀身が”ブゥン”と空気を震わせ、斬る準備が整ったことを彼女の長い耳へ届けた。
「はぁ!!」
すれ違いざまに横一閃。
裂帛の気合と共に振るわれた電磁ブレードがロードレイジと衝突し、激しい明滅を起こす。
金属を引っ掻くような耳障りな音が鋭く響いた。
「―――硬い!」
押し負けたのはサイカの方だった。
斬り抜けるつもりが押し返され、轢かれぬように受け流すので精いっぱいだった。甲殻が肩の鎧に触れて火花が散り、質量と勢いは掠めただけで彼女の体勢を崩す。
頑丈な甲殻には横一文字に傷がついているが、致命傷には程遠い。
動きの止まったサイカにもう一匹が迫るのを、ディンゴの強装弾が妨害する。
中身の詰まったドラム缶のような音がして体が揺れ、進路が変わる。
ゴーレムを貫くディンゴの魔弾ですらこれだ。用途がシンプルなだけでこれほど耐久度が増すとは。
「あれで肉に届かねぇのか。頑丈だな」
「回転しているのが厄介だね。弾にしろ剣にしろ一点に対する威力が削がれる……今の私では斬れないな」
サイカが面頬越しの顔を苦くする。
苛立ちよりは不満。それも相手ではなく己の腕に対する不満が顕著に出ている。
彼女の生真面目さに内心で苦笑し、さてどうしたものかと相手を観察する。
ロードレイジは完全にこちらを敵と定めてくれたようだ。工場には興味を示さずに周囲をぐるぐると回りながら隙を窺っている。あれだけ派手に転がっているというのに衰えた様子はない。
「流石にアレを殴る気にはならんしなぁ……どうすっかね」
ザイルがアクアレーザーを撃っているが、射程と旋回性能が足りていないため牽制にしかならない。
モミジの糸で罠を張るのはどうだ? いや、相手の走行範囲と踏破能力が高すぎて現実的ではない。
ウィザードのグレネードによる強力無比な爆発か、付着型の火炎放射、あるいはアサシンの長距離狙撃。ぱっと思いつく対処法はこんなところだろうか。
どれも今のディンゴたちにはないものだ。
ならば、ある手札を工夫して戦うしかない。
「……ディンゴ」
「なんだ?」
牽制射撃を行いながら悩んでいると、マガジンを替えたサイカから声が掛けられる。
彼女は電磁ブレードの鞘をひと撫ですると、ARを背負って敵を見据えた。
「一瞬でいい。あいつらの動きを止めてくれ」
サイカが紫水晶を思わせる目を眇めて敵をつぶさに観察している。
纏う空気が変わった。ディンゴからでもそれを感じ取れるほどに、彼女がピリついている。
「……押し負けたのが悔しいからって詰まらねぇ理由なら却下だぜ?」
「まさか。事実を言っているだけだよ―――止まっているのなら、斬れる。私の全力なら」
触れれば斬れるような空気を醸し出していながら、その本質は冷静。
己に何が斬れて、斬れぬのか。それを理解した上での限界値。
それは今の彼女にとっての頂点。全力を以って事を成す……裏を返せばディンゴに全てを委ねるという事。しくじれば死ぬ。それが全力で挑むという意味。
自分ならいい。だが仲間の命を背負うという行為を前にしたディンゴの額に汗が滲む。
誰かの命を背負うとは、こうも重いことなのか。
「……っ」
普段軽口を叩いて余裕ぶっていてもまだまだ若造。
尻込みして口ごもるディンゴへ、サイカが鮮やかな紫瞳を向けて場違いなほど優しく微笑んだ。
「怖いかい?」
「―――っ!」
その一言に、心が熱くなる。
挑発的な言葉とは裏腹に、ディンゴを慮る意図が透けて見えたから。
人は時に酷い言葉を掛けられるよりも、優しい言葉を掛けられる方が辛いのだと、初めて知った。
「―――誰が怖いって?」
だからディンゴは笑う。誰かのためではなく、己の生き様のために。
自分が生きた証を遺すために。
遅くなって申し訳ありません……時間とモチベーションが出来ましたので、また更新再会いたします!




