めぐりあい空
サイカがスペルに意識を集中するのを尻目に、あえてゆっくりとリロードをするディンゴが前に出る。
牽制射撃が止んだことでロードレイジが距離を詰めるために進路を変えた。
名前通りというべきか、あまり頭の方はよろしくないようだ。罠などを疑う様子もなくギャリギャリと激しくドリフトを決めると一目散にディンゴの下へ走り出す。
リロードを終えたリボルバーを横に振り、かちゃりと音を立ててシリンダーをスイングイン。
「……伊達も酔狂も、愉しんでこそさ」
銃身を額に当てて息を吸い、砂埃を巻き上げて近づく車輪野郎へ向けて笑う。
頑丈な甲殻には多少威力を高めたところでディンゴの魔弾は通じない。腕がどうとかではなく、文字通りレベルが足りない。生物としての強度が一段高い相手に真正面から挑むのは自殺行為に等しい。
「よぉ、ウチのサムライがテメェらをまな板に載せろって言うんでな。ちょっくら付き合ってもらうぜ?」
それでも相棒がやると……自分ならば出来ると言ったのだ。ならばそれを信じて動くのがガンマンたるディンゴの役割だ。
「……そうだな。お前もいたな」
覚悟を決めるディンゴの横に紅備えの騎士が並んだ。
「赤信号は任せたぜ?」
剣尾を振って自身を主張するザイルの広い背中がなんと心強いことか。
「そんじゃ、交通整理と行きますか!!」
始まりの号砲がリボルバーから鳴らされる。
挨拶代わりのパワーバレットがロードレイジ目掛けて放たれた。
直撃でも痛手にならないのは経験済み。狙いは足元だ。
まだまだヒヨッコでもそこはガンマンの魔弾。威力は他のクラスと比べれば頭一つ抜けている。魔力の通っていない地形を抉るくらいなら造作もない。
魔弾を叩き込まれた地面が大きく凹み、そこを通ったロードレイジが勢いよく跳ねた。
ディンゴはスライディングでその下を滑り抜けながら、宙に浮かぶ車輪目掛けて三点射。
甲殻こそ貫けなかったものの、ロードレイジの体が衝撃で大きく揺れた。そのまま横転でもしてくれればよかったのだが、そう簡単にはいかないらしい。
着地したロードレイジは右に左にと蛇行運転をしながらも、何とか体勢を整えてしまった。それなりに速度は奪えたがサイカの注文には足りない。
「サスもねぇ体でよくやるぜ」
思ったほどの効果を得られなかったディンゴが口の端を歪める。
そこへもう一体が突っ込んだ。
残り二発を先ほどと同じように地面を撃つも、わずかな進路変更で対応される。流石に仲間が同じ手を喰らったことくらいは理解しているようだ。
「ザイル!」
呼びかけに鋭い水音が応える。
横合いから放たれたアクアレーザーがディンゴと魔獣の間を遮る。進路変更でどうにかなるものではなく、ロードレイジは死のゴールテープ目掛けて自ら突っ込んでいった。
工業用カッターが金属を削るような甲高い音が鳴り響く。
押し込まれるように進路をずらされたロードレイジは車体を斜めにしながら慌てて距離を取る。
ザイルの高圧放水による攻撃はロードレイジの甲殻を深く削ったが、こちらも同じく致命打とはいかなかった。
水圧そのもので押し込んでしまうのと、やはり回転しているのがネックのようだ。
ザイルの稼いでくれた時間でリロードを済ませ、再度突進しようと折り返している最初の個体へ銃を向ける。ロードレイジは大きくカーブしながら建物の影に隠れて見えなくなった。
背後では同じようにザイルももう一体にハサミを開いて狙いを定めている。
「動きを止めたい、一体任せちまっていいか?」
想像以上に相手が強いこと、それ以上に自分が弱いことを自覚させられる。
だが自分は一人ではない。そのことを証明するように背中合わせのザイルへ投げかける。
彼は無茶な要望にも狼狽えず、器用に尾で〇を描き”仕方がないな”とでも言わんばかりにディンゴの肩を叩いた。全く、本当に頼りになるイケザリだ。
「最高だぜ……!」
ディンゴが走り出すのと同時、轟音を立てて崩れかけの建物が倒壊する。
吹き飛ぶ瓦礫と立ち込める砂埃の中から一筋の尾を引いて爆走野郎が姿を現した。ロードレイジは愚かにも走りで勝負しようと必死に足を動かす人間目掛けてフルスロットルで駆け抜ける。
「気合いれてるところ悪ぃがな―――」
位置を定めたディンゴが振り返る。
その手に銃はなく、腰のホルスターに納められている。
戦いを諦めているわけではない。これが、これこそがガンマンの本気。
体を半身に。手を腰元へ添えたその姿はサイカの居合にも似た臨戦の構え。
早撃ち。
銃をホルスターに納めた状態から抜いて、撃つ。ただそれだけのこと。
一見無駄に見える行為だが、ガンマンがやるそれには魔術的な意味がある。印を結ぶ、詠唱するなど、古くは儀式と呼ばれた特定の手順を踏むプロセスを簡略化したもの。
魔弾の威力を高めるソレは現代においても古臭いと言われており、ガンマンしかまともにやらない伊達の極み。
そして一流のガンマンとは、その伊達を極めた者だけが辿り着ける。
元より命の危険と隣り合わせであるハンター業の中で恰好を付けるその生き方……まさしく伊達と酔狂に生きるガンマンならではの業。
「スゥ……」
ディンゴは吸った息を止めて意識を尖らせる。
まだだ。まだその時ではない。
早すぎれば避けられる。されど遅すぎれば轢き殺される。
抉るように轍を残しながら迫る殺意と恐怖に緊張と強いられながらも、ただただその時を待った。
「―――今ッ!」
体に染みついた動きで銃を抜く。
抜くと撃つは一連の流れでほぼ同時に行われた。
射撃音が耳に届くよりも先に、次弾を撃つために左手が撃鉄を弾く。一度のスナップで親指、中指、小指の順に撃鉄を弾き、その度に銃口から魔弾が吐き出された。
体を横に振りながら撃ち出された魔弾は四発。
その全てがロードレイジから外れて地面に吸い込まれていった。
外した? 否だ。これこそがディンゴの狙い。
「……俺は所詮、前座なんだわ」
言い終わると同時に大地が盛り上がった。
四発のウォールが籠められた特殊弾。本来魔弾を防ぐためのバリケードとして扱われるそれが効果を発揮する。
突然足元の地面が盛り上がったロードレイジはジャンプ台よろしく路面を捨て、空へ。
車輪状の体が地面を離れた瞬間、巨大な発射体と化したロードレイジは轟音とともに空中を切り裂いていく。
時を同じくして紅備えの騎士、ザイルも敵を迎え撃っていた。
速度の出ない彼では走ることに特化したロードレイジ相手に立ち位置を自由に変えることなどできはしない。
それでいい。
ザイルの役割は貧弱な人間たちを護る壁。壁に求められる役割など頑丈であればよく、ちょこまかと動き回る必要などない。ただどっしりと構えて、降りかかる火の粉を払えばいい。
たかが動き回るタイヤ風情、軽く撥ね返してやればいいのだ。
ザイルがぎちぎちと口を動かし、ハサミから高圧水流が放たれる。
大地を抉るアクアレーザーがなぞる軌道は平行線。ロードレイジと自身とを一直線に挟むそれは、まるで道路に引かれた一車線の白線。
高圧水流が通り過ぎ、遅れて吹き上がる土砂によりロードレイジの進路が制限される。
真っ向勝負。それ以外を許さぬデスマッチ。
ずん、ずん、と。
多脚による足踏みをした後、ハサミで地面を叩いたザイルが頭を低く構える。
挑戦を受けたロードレイジが速度を増した。
一直線に駆け抜ける暴走族と、不退転の騎士が衝突する。
車輪の暴虐を迎え撃つは紅兜。
鏃のように尖った頭部が激しい火花を散らしながら受け止める。ロードレイジはより激しく回転してザイルの体を押し込もうとするが、六本の足をアンカーのように地面へ打ち込んだ彼はびくともしない。
やがて速度の死んだロードレイジの回転が、止まった。
結果は明白。
回転砥石よろしく鏃を削ろうとしていたロードレイジの体は逆に深く抉られており、ザイルの頭部は擦った程度のひっかき傷しかついていない。
己こそが最速、最硬、最強。
そう信じてきたロードレイジが想像を絶する光景に動きを止めてしまう。
重なる銃声が響く。相棒の準備も整った。
火の粉が鎮火させた小さな重戦車が動いた。止めたのならば、次は払うのがものの道理だと言わんばかりに。
下に潜り込ませた首を思い切り振りあげることによるすくい投げ。本来であれば同族との縄張り争いで使われるそれは、思い上がった珍走団を放り投げるにはもったいないほどの技だ。
後方へ高く放り投げられたロードレイジ。
だが一人ではない。彼のお仲間もディンゴにより天高くテイクオフさせられていた。
宙で向かい合う中、一瞬の空白。
「くたばりやがれ」
空が自由とは誰が言ったのだったか。
どこまでも続く広いはずの空で、二体は奇跡的にめぐり逢うことができた。




