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島までおよそ五百メートルまで近づいた時点で、ザハは異変に気づいていた。
(ナシェの野郎、思いっきり暴れやがったな)
『果てなき骸』は空中にあるせいなのか、生息する魔獣の警戒心が他と比較してずば抜けて強い。
そのため、生息圏に他の生物が足を踏み入れた時点で、さながら警報のように魔獣が騒ぎ出すのだ。
これを冒険者たちは『モンスターパニック』と名付け、他の類似する現象に同一の名前を付けることになったのだ。
この時点でそれがしないとなると、確実に誰かがその魔獣を排除したと考えるのが自然である。
「ざは?」
「心配ねぇよ。このまま乗り込むぞ」
ここの魔獣の再生成間隔はおよそ一週間程度。
アレが立ち去ったのが今日から一週間以内だと分かっただけでも、ここに来た意味がある。
「飛び降りるぜ。しっかり捕まっとけ」
「う、うん」
ぎゅっと体を縮こませるスーを見て、ザハは迷うことなく両手を開いた。
上空五百メートル。
魔獣の探知できる距離ギリギリを狙って上昇し、そこから滑空して島の真上まで移動してきた。
(流石は『摩天楼』だ。完璧な計算だぜ)
『摩天楼』シスネ。
彼女の功績は、高い演算能力から導き出された高精度の射撃にある。
『果てなき骸』は空中にあるため、接近するだけでも命を懸けないといけない。
また魔獣の警戒網をかいくぐる必要があるため、気球空挺などでの接近はまず不可能。
そうして様々な選択肢を試し残ったのが、砲撃で射出されて上陸し、脱出用のパラシュートを背負って探索するという危なすぎる方法だった。
通常、砲撃には様々な要因が複雑に絡み合っており、狙った位置に砲弾を当てるのは困難を極める。
そのため、島への到達率はおよそ一割、そこから脱出できるのは更に一割を切る。
絶えず骸を積み上げるような難度を誇っているのが『果てなき骸』の名前の由来だ。
「行くぜぇ!」
ザハは『虹の剣』を手に持つ、滑空していた道具を足蹴に勢いよく島へと向かう。
その過程でも妨害を受けることはなく、ザハは地面に触れる寸前で『虹の剣』を振るうことで勢いを殺し、軽やかに着地する。
「っしゃ、とりあえずは平気そうだな」
「おりても、へいき?」
「おう。試しに降りてみな」
ザハが選んだのは、島の端に近い森林地帯。
恐る恐るスーは降りると、その感触に驚いたのか「わっ」と声をあげた。
「面白いだろ。この島、クッションみたいな構造してんだ。おかげで、そこら辺でも寝れるくらいには柔らかいんだぜ」
これこそが、上空一万メートルに浮遊できる最大の要因。
しかも気流に流され一定の位置に留まらないため、そもそも補足することが難しい。
シスネの本当に凄いことは、雲の流れからダンジョンの位置を正確に計算し、安全に到達できる軌道を暗算で導き出せる点。
結果、到達の成功率がおよそ八割という、破格の精度を誇っている。
自身の持つカリスマ性に加え、これらの功績もあり。
彼女は歴代でも指折りの冒険者として、他国の歴史書にも名前が刻まれている。
(にしても、本当に魔獣の気配がしないな。この様子だと、去ってまだ数日も経ってないのか?)
既にここは魔獣の巣窟。
部外者である人間が安息を得られるような設計にはなっていない。
「んじゃ、ひとまず移動するか」
「どこに?」
とりわけ柔らかい地面の上でジャンプしていたスーが、トテトテとザハに近づいてくる。
「そうだな。他にも人がいるみてぇだし、まずは合流でも──────)
ドドドドドドドドドドドドドドドドドド。
地鳴り、と呼ぶには少しばかり軽快な音に、スーは咄嗟にザハの左手を取った。
「心配ねぇよ。どこにでもいる、ごく普通のソウギョだ」
メキャメキャ!と近くの木々が倒れると、人の背丈の倍以上はある巨大な魚が顔を出した。
ソウギョ。
見た目は金魚に似た優雅なひれを持っているが、大きく違うのはその移動方法。
「…………はしってる?」
「そりゃ走魚だからな」
胸ひれを地面に突き刺し尾びれでバランスを取りながら、まるでトカゲのように土ぼこりを挙げてザハらに突っ込んでくる。
ザハはスーを抱きかかえると、ひらりと横に回避し即座に『虹の剣』を構えた。
「よっと!」
ザバン!と鋭い音と共に、ソウギョの頭が胴体から離れた。
頭は勢いよく地面を転がり、残された胴体は木々をなぎ倒しながら数歩だけ走った後。
まるで頭がないことに今気づいたかのように、静かに塵へと消えていった。
「見た目がちょいと気持ち悪いが、そんなに強くはねぇんだ。ま、オレの敵じゃねぇよ」
ニヤリと笑うザハだが、初めてここに挑んだ時はそんなことはなかった。
あれはまだ、ラフェールが『フェンリル』の頭目をしていた時の頃。
ザハはテグラとサオリ、副隊長であるカルテラの四人でここに挑んだことがあった。




