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「よいぞ」
「いいのかよ!?」
ザハが持ち込んだ大量の麦酒を見たシスネは部下たちに号令を出し、ザハとスーを歓迎する宴を開いた。
流石に年に四百も祭りと称した催しをするだけあって、部下たちの動きに戸惑いは一切なく。
都市全体を巻き込んだこの宴の最中に、シスネはさらりとザハにそう伝えたのだ。
「つーか、何の許可か聞いてもいいか?」
「うむ?おおかた『果てなき骸』に挑む手助けをしてほしいのじゃろ?」
素っ裸で踊る男衆からスーを隠しながら、ザハは思わず舌を巻いた。
(やっぱこの人、半端ねぇわ)
そもそもここに来る話すら『晨明の羊』には何一つ伝えていない。
こう見えても一つのギルドを管理する立場上、やらないといけない業務の量は常人それを遥かに超えている。
その中で他のギルドの動向を監視し、かつ適切な判断を下す。
あんな岩礁で待ち伏せされてた辺り、恐らく向こうを出た時点で動きを掴まれていたのだろう。
シスネはどこか悪巧みでもするような笑みを浮かべると、置いてあった麦酒に手を伸ばした。
「侮るでない。そこの少女の正体も、ザハの本当の目的も全て把握しておる」
「…………つか、ラフェールのババァから連絡受けたって言ってなかったか?」
一瞬感動のあまり忘れかけていたが、シスネは出会い頭にラフェールから話を聞いたと言っていた。
するとシスネは遠くにある酒樽に手を伸ばしながら、ギリギリ届かない距離のままこう言う。
「あれがそんな殊勝な心遣いができると思うか?」
「そりゃそうだ」
そもそも今は慣れない事務作業に加え、ギルド長としての職務に追われている立場にある。
その立地上、人の出入りが最も激しい『明星の狼』の長は、事実上最も忙しい仕事だと言っていい。
一応ここ『晨明の羊』も相応に忙しいが、ダンジョンの立地の都合でどうしても冒険者の数は少なくなる。
そこらへんを知っているからこそ、シスネは部下の一人にとって貰った酒樽を手にすると、そのまま一気に飲み干した。
「じゃからまぁ、好きにするといい。ちょうど二週間ほど前に、あの者もここを去っておる」
「…………道理で、場違いな絵が飾ってあると思ったわ」
「うむ。吾輩は芸術の価値は分からぬが、それでも心なしか部屋の雰囲気が明るくなっておる。やはり『綺羅星』の異名は伊達じゃないの」
綺羅星。
その通り名は、ナシェが持つ冒険者としての異名だった。
由来こそいくつかあるが、その行動から取られたものでもあったが。
(何遍見ても、凄まじい絵だな)
たった一枚の絵。
それがポツンとあるだけで、空間の質を一段階上げるほどの影響力。
文字通り、ふと見つけ魅了される様から、ナシェは人からそう呼ばれるようになっていた。
ザハの『鑑定』の権能で分かる限りでも、広い宴会会場の奥の壁に飾られたその絵のおかげで、間違いなくこの宴会会場の価値そのものが大きく飛躍していた。
それだけの影響力を持っていながら、本人はその絵を他人に無償で譲り、時には完成した時点で焼却することもある。
あまりにも刹那的な芸術活動からも、『綺羅星』という異名は見事に本人を表していると言える。
「でも、本当にいいのかよ?ちょうど少し前に『闇夜の牛』と喧嘩したばかりで、相当に疲弊してるだろ?」
ザハが驚いたのは、何も簡単に許可が下りたことではない。
『晨明の羊』は事実上『闇夜の牛』を引き下がらせたとはいえ、その被害は決して大きくない。
この艦船都市にしても、本来であれば三倍近くの規模を誇る、それこそ都市とも言える規模の代物だ。
それが街程度にまで縮小しているのは、『闇夜の牛』に攻撃をされたことの証拠。
しかもあの『ワルキューレ』が総出で出張っていたとなれば、むしろ船が残っているだけでも奇跡的だと言っていい。
宴を愉しむ連中の中には、どう見ても安静にした方がいいレベルの怪我を負っている者もいる。
そんな中で、部外者であるザハの申し出を受ける必要はないと、ザハは考えていた。
するとシスネは、空になった樽を放り投げると。
「侮るでないわ」
コツン、と。
ザハの額を指で弾いた。
「これくらいの喧嘩、吾輩らにとっては日常茶飯事じゃ。それに、人はいつか死ぬ。ザハに手を貸すことで命を落とす者がおるかもしれぬが、だがそれは、死ぬ日が一日短くなっただけのこと」
シスネの言葉に、心なしか宴の喧騒は小さくなりつつある。
女衆に撫でまわされていたスーもまた、その異変に気づきザハの方を見ていた。
「吾輩らの挑むダンジョンは、それこそ生きて帰る可能性の方が遥かに低い。それに挑む行為を人は愚行だと嘲笑うかもしれんが、だからこそ、その輝きは何物にも代えがないほどに眩く、尊い。平凡な毎日よりも、劇的な一日を過ごせる者を、吾輩は誰よりも愛し、尊敬しておる」
「…………」
そしてシスネは、傍においてあった別の酒を煽り、こう締めくくった。
「そしてそんな馬鹿をできる男の背中を、押さぬ理由を探す方が遥かに難しい。それこそが『晨明の羊』が在る理由もであり、命を賭す意味でもあるのじゃ」
これこそが、シスネが長である所以。
彼女の築き上げた功績は、確かに『八傑』に選ばれるだけの価値があるだろう。
だが、それ以上に。
認められたい、崇め奉りたいと思わせるほどの、圧倒的なカリスマこそがシスネの真価。
故に、見栄っ張りで強情で、時には情けない姿を見せる彼女の背中を支え。
その隣を共に歩かんとする者たちが、自然と一つにならんと集まる。
(これが、『晨明の羊』。七つあるギルドで唯一、個別のチームを持たない集合体か…………)
だからこそザハは。
挑める可能性の低いと知っていも、わざわざここに足を運ぶことを決めていた。
それは、スーのためではなく。
次の『八傑』と為るために必要だと感じたから。
そしてそれを理解したからこそ。
シスネは何も聞かず、即答で承諾したのだ。
「さて、縁もたけなわ、宴も佳境。そろそろ仕舞いの刻とするときじゃな」
シスネが三つ掌を叩くと、張り詰めた糸のように空気が変化する。
「それでは、支度をしよう。人生は短いからの」




