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「あった!」
テグラの号令に、カルテラは頷き残りの二人に視線を送った。
彼らが挑もうとしていた『果てなき骸』は、予測地点から大きく外れた位置にあった。
ザハの『鑑定』の権能で場所そのものは方向までは把握できていたが、肝心の距離までは掴めていなかった。
「ギリギリだったね」
「本当です」
現に七度。
テグラの操る鎖を使ってなんとか距離を稼ぎつつ空中を移動し、やっと視認できる位置にまで移動することができた。
射出の計算が狂うと言われ半分近くを没収されたテグラの鎖も、その殆どを道中で消費している。
「頼むぜザハ!今回だけはお前が頼りなんだ!」
「分かってるっての!」
テグラの『操鎖』の権能は、縄や紐では発動しないという欠点を有していた。
本来なら魔術などで補強したいが、権能を持つ人間は魔術の適性がない。
極めつけに、鎖は円状の金具を繋ぎ合わせて構成される道具だ。
魔器を作ろうにも、鎖全てに適応させるには全ての金具に同一の魔術陣を刻む必要がある。
そういった背景もあり、今回のテグラは殆ど丸腰でダンジョンへと挑まざるを得なかった。
「大体、俺らだけで行かせるとか頭おかしいだろあのパツパツゴリラ!なーにが「あなたたちぃの約束なんて、気にする価値がありませんから」だよ!信じらんねぇ!」
「仕方ないでしょ。シスネさんとの約束を反故にするわけにいかないんだから」
文句を垂れるテグラに向けて、サオリは鋭くそう告げる。
そしてそのまま、意識を『果てなき骸』へと向けて叫んだ。
「カルテラ!」
「いくら魔獣とて、警戒心だけは一人前ですね」
迫りくるのは、蜂の大群を連想するような数の魚の群れだった。
ウツボに類似する見た目をしているが、一番異なるのが全ての個体が目を閉じている点だ。
代わりに嗅覚と聴覚が発達しているらしく、単純な陽動では騙されないほどの知性を有している。
ユウギョ。
十メートルほどの体躯のそれが、まるで地面を這いずるように四人へと迫った。
「ザハ!援護を!」
「分かってますって!」
既に滑空用の道具から手を離したサオリに續く形で、ザハも勢いよく両手を開いた。
場所は高度一万メートルの上空。
しかも目的地の島まで、四百メートルほど離れている。
「はぁぁぁぁぁぁぁあ!」
サオリの右拳から放たれた一撃で、ユウギョの一匹が縦に潰れる。
弾け飛んだ肉片を足蹴にしながら、サオリは次々とユウギョを攻撃しつつ、島までの距離を詰めにかかった。
「なろっ!」
大きな口を開き迫るユウギョをギリギリで回避したザハは、その側面に『虹の剣』を突き刺すと、滑らかな皮膚を滑りながら縦に切り裂き、塵になる前に脱出。
「サオリさん!」
「──────了解!」
ザハの呼びかけに応じたサオリは、進行方向を素早く変えることで死角から迫っていたユウギョを回避。
そのまま別のユウギョに飛び移ると、足場のユウギョを爆散させながら更に一匹を粉々にした。
「ひゅー、流石はサオリさんだわ。すげぇもんだ」
「テグラ。呑気にしていられるほど暇ではないですよ」
「分かってますって」
テグラは先ほど回収したザハとサオリが使っていた滑空用の器具を上空に投げると、その勢いで下降した位置に近いユウギョに狙いを定める。
「っしょらぁ!!」
ユウギョの背中に飛び乗った瞬間に腰に備えていた短刀で頭部を斬りつけ、それを足場にして勢いよく跳躍。
「カルテラさん、は…………」
先ほど投擲した滑空器具に結び付けておいた鎖を掴み、カルテラを確保しようとして視線を運ばせる。
だが。
「『咲け、白銀の華よ』」
そう呟いた瞬間、周辺にいた数十匹のユウギョが途端に動きを止め、まるで糸に絡めとられたかのように微動だにしなくなる。
そうしてできた足場に着地したカルテラは、まるで自宅の庭を散歩するかのような気軽さで島へと歩き出した。
「…………作戦、意味なかったじゃねぇか」
今回のダンジョンへの突入方法は、大きく分けて二つの選択肢があった。
一つは空中機動が可能なサオリとザハの両名でユウギョを掃討し、遅れる形でテグラとカルテラが通過する案。
もう一つが、テグラとサオリで高度を稼ぎつつ、魔獣が気づかれない範囲でかつ島の上空にまで移動し、一気に降下する案。
そのどちらにも対応できるようテグラは三人分の滑空用の器具を飛ばしつつ、魔獣のテリトリーから離脱できるように高度を上げていたのだが。
(マジですんげぇわ。ただでさえ滑るユウギョの上を歩きながら、しかも足場にできるように完璧な位置で捕縛するとか。本当に神業だろ…………)
A級遺物『白銀花』は、対象の動きを鈍化させ、凝固させることができる。
その効果は広く絶大である一方、使用者を判別し効果を適応させない機能は備わっていない。
それを使いながら足場を作る行為は、容器から水を溢しながら凍らせて、階段を作り登るのと同じ。
一歩間違えれば、自らも動きを封じられ、そのまま落下する恐れだってある。
(遺物の扱いだけで見れば、間違いなく歴代最強だよな)
テグラはのんびりとそんなことを考えていると、島の手前から何かが光るのを見た。
「っと、ボケっとしてる暇もないか」
光の正体は、サオリが魔術で発生させた合図である。
その奥ではザハが数体のソウギョと戦っており、光が小さく動いた後、ソウギョが一気に四散した。
「ザハのやつ、存外苦戦してんな」
距離にして二百メートルもないが、それでも目標地点が定まっていると安心感はある。
テグラはサオリに感謝の念を送りつつ、投擲した滑空用の器具を鎖の操作で畳み、落ちてくるそれを片手で受け止め急いで背負う。
(…………っ、これギリギリか?)
本来の予定とは異なる動作をしたためか、思いのほかに高さが足りない。
滑空用の器具に上昇する機能などはなく、文字通り緩やかに落ちるための道具でしかない。
目算では辛うじて届きそうには見えるものの、最悪の事態を想定してしまい背中に汗が流れる。
「大丈夫ですよ」
声が聞こえた途端、テグラの体がガクン!と動きを停止した。
それは動いている物体を無理やり止めた行為とは程遠い、文字通り前触れの無い停止であった。
「鎖を。私が引き上げます」
「…………」
見ると、すぐ横にカルテラの姿があり、近くにはダーツの矢のようにピンと張られたユウギョの姿がいた。
なにをどうやったのかは定かではないが、カルテラはユウギョを槍のように扱い、島の側面に突き刺したのだ。
因みにテグラの右腕は動くものの、他の全てが『白銀花』の効果を受けているため、指どころか口すらもまともに動かすことができないでいる。
それに全く気付いていないカルテラは、「よいしょ」などと呑気な声を上げて島へと上陸し、テグラを引き上げた。
「…………カルテラさん。マジで勘弁してください」
「はて?普通はありがとう、だと思いますが?」
「いやそっちもですけど、作戦立案した本人が真っ先に作戦を放棄しないでくれませんか!?ぶっちゃけ今の場面だって、本来の作戦通りなら起きてないですからね!?」
抗議したテグラは、しておきながら即座に思う。
この人に抗議したところで、絶対に聞いてくれることはない、と。




