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実際のところ、ラフェールがザハを『八傑』に選んだのにはいくつかの過程があった。
「ザハを褒めてたぁ?」
「みたいですよ。私も本当なのか疑ったんですけど」
とある日。
ラフェールは隊員の一人であるサオリと二人きりで依頼を受けると、その道中でこんな話が出た。
「でも、本当みたいです。メツバちゃんがザハ君を凄く評価してるらしくて、そこから『ワルキューレ』では彼に期待する声が大きいだとか」
「なんだいそれは。また随分と、面倒なことになってるねぇ」
一応だが、ザハとメツバは同時期に冒険者になった経緯があり。
向こうからの申し出で合同での活動をしたこともあった。
元々は『ワルキューレ』に属していたサオリが言うには、その中でメツバがザハを高く買っているらしく、その話を『闇夜の牛』に持ち帰ったらしい。
「でも、私も少しだけ同感です。彼はなんていうか、他の人と少し違う気がします」
「そりゃ、弱っちい癖して人助けが趣味だからじゃないのかい」
「それもあると思いますけど、なんですかね」
サオリはそう言うと、腕を組み天井を見上げながら唸ってから、こう言った。
「助けたい、でも助けられたい。なんていうか、そんな気にさせてくれる人なんですよね」
「…………訳が分からないね」
「アハハ、私もそう思います」
恥ずかしそうに頬を掻くサオリは、ふと真剣な面立ちを浮かべてこう続けた。
「ですがきっと、彼は上に立ちますよ。私の勘がそう言ってるんです」
どこか確信した様子のサオリの顔を見たラフェールは、この時のことを何故か忘れることができないでいた。
そして、また別の日のこと。
「で、何の用だい、アデルナハト?」
「ザハに礼をしににな」
「…………はぁ」
ギルドの一角で事務処理をしていたラフェールは、ふと近づいてきた知人に対し何とも言えない声を発してしまう。
アデルナハトは室内を一瞥すると、小さく息を吐いた。
「居場所は?」
「さてね。なんでアタシが馬鹿弟子の行動を逐一把握しなきゃならないのさ」
「ふむ、それも道理か」
「で?アンタほどの人間が、なんでザハにお礼なんかするのさ?」
ラフェールの問いに対し、アデルナハトは平時と変わらぬ口調でこう答えた。
「ウチのツバキがようやく口を開いたのでな。どうやらザハと話をした後、考えを改めたらしい」
「ツバキっつーと、向こうで拾ってきた孤児だったか?」
「左様。三月も口を開かぬ故に困り果てていたのだが、丁度いい人間を思い出してな。効果は見事にてきめんであった」
「…………へぇ」
アデルナハトが他人に頼るという行為を取る事自体が極めて珍しいことだが。
それ以上に、拾ってきた孤児を養うつもりでいることにラフェールは少なからず驚いていた。
そんな考えが顔に出ていたのか、アデルナハトはらしくなく顔を曇らせる。
「本当はザハに引き渡す予定だったのだが、どうも恩を返すまでは立ち去れないと言い張っておるのだ。放置しても構わぬが、それはそれでどうなのかと思ってな」
「で、結局養うことにしたのか。そりゃまた、随分とご苦労なこった」
ラフェールもザハやヴァ―イを拾って冒険者として育てている手前、他人のことを言える立場にはいないのだが。
それをわざわざ突っ込むほど、アデルナハトも迂闊ではなかった。
「なら、これで失礼する。彼にこの話を伝えておいてくれ」
「りょーかい」
ヒラヒラと手を振ったラフェールは、どこか楽しそうな後ろ姿を眺めると、首を掌で軽く叩きながら作業を再開した。
(誰かに助けてもらいたいと思われる存在。それがアタシがザハを後継者に選んだ本当の理由だが)
時間は戻り。
ラフェールはダンジョンから帰還したザハから話を聞き、おおよその事情を把握した上でダンジョンの封鎖を延長、崩壊した階層の調査を実施することを部下に伝えた。
(そんな理由、話したところで意味がないからね)
一部が破壊されたギルドの本部だが、奇跡的に人的損害はなく、建物の修繕で解決できることが判明した。
本来なら『ワルキューレ』にでも請求してやってもいいが、したところで変に恨みを買うのは望ましくない。
恐らく一連の流れからも、『ワルキューレ』は中立を維持したいはずだ。
だがそれはそれとして、ザハ個人の手助けはしたい。
当代の『韋駄天』の考えとしては、ざっとこんなところだろう。
「ま、好きにやるといいさ。それが冒険者にとっての、唯一の特権だからね」
自由であれ、旺盛であれ。
それがラフェールの考える『フェンリル』の在り方だ。
この先のことは分からずとも、ギルド長としての責務だけはしっかりと果たす。
ラフェールは崩れた瓦礫を掌で砕くと、その場を後にするのだった。
そしてそのころ。
「本当に連れていくのか?」
「あぁ、どっちにしても危ないなら、俺が管理できる範囲にいた方がいいだろ」
街と外を区切る外壁の扉の前で、ザハは隣にいるスーの頭を撫でるとそう答えた。
集まっていたのは、ザハ、スー、キツバ、アヤナ、ニヤハ。
ザハとスーがダンジョンから帰還したのは、行方を眩ませてから一日後。
ラフェールから大目玉を喰らいながらも話を強引に畳み。
ザハはスーを連れて、探し人を見つける旅に出ることを決めたのだ。
「大体、ニヤハが迂闊すぎるからこんなことになったんでしょ」
「それは、その通りですけど!でも、あの小さな窓から脱走されるなんて思わないじゃないですか!?」
ニヤハの言い分はその通りなのだが、その後で泣き喚くだけで何もしていないせいか、はいそうですかとは言う気分にはならなかった。
なんならラフェールへの弁明よりも、ニヤハの面倒を見る方が遥かに重労働だったまである。
そんな厄介な仕事を押し付けたままにするのは、ザハとしても少しだけ悪い気がしたのだ。
「スーも平気か?ザハのことだから、きっと無茶するぞ?」
「しねぇよ、なんだその評価」
ザハの突っ込みの後、スーはぎゅっとザハの手を握った。
「スーは、ざはといっしょがいい」
ピタリと体を寄せるスーの姿を見て、キツバはそうかとだけ告げると。
「留守は任せていい。その代わり、きちんと目的は果たしてこい」
「当然だ。もしなんかあったらすぐ連絡しな」
「しないわよ。アタシたちが総出で対処するし、ザハの出番なんて与えてやらないわ」
自信満々にアヤナが胸を張るが、今の『フェンリル』でのトラブルメーカーは彼女である。
ふとニヤハと目が合うと、肩を落として首を横に振った。
「ざは、ちょっとだけいい?」
「?おう、忘れ物でもしたか?」
しれっと狼を模した装いに変えていたスーは、一歩だけ前に出ると深々と頭を下げた。
「おせわになりました」
その小さな背中を見た三人は、小さく息を呑んでからこう返す。
「気をつけてな」
「そうよ。怪我とかしないようにね」
「なんかあったらザハに言うんですよ」
その言葉を聞いたスーは、顔を上げてこう告げる。
「いってきます、きつば、あやな、それと」
一瞬だけ間をおいて、名前を読んだ。
「にゃーは」
「「「「…………」」」」
その瞬間、まるで時間が止まったかのような沈黙が流れた後。
周囲の人間が振り向くほどの爆笑と、怒りの声が響き渡ることになった。
のちにニヤハは「ニャハニャハしてる」という意味不明な理由であだ名が変わり。
本人の努力も虚しく、ニャハという愛称で呼ばれることになるのだが。
「んじゃ、行くか。スー」
「うん」
世界を見て回ることになる二人には、まだ先の出来事なのだった。




