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ここ『連れなる社』では、モンスターパニックと呼ばれる現象がある。
無数の魔獣が出現し、まるで慌てふためく様に暴れることからついた名称であり。
多くの冒険者を死に追いやってきた、忌避すべきイベントとされている。
発生条件は、主に二つ。
一つは、モンスターパニックの起動するために仕掛けられた罠に引っかかった時。
そしてもう一つが、ダンジョンそのものを破壊した時だ。
(ざっと三百ってとこか。こりゃ、向こうも本気らしい)
罠の場合は回避そのものは難しくない。
大抵の場合、財宝や珍しい遺物と結びつかれているので、避難経路を確保してから、イベントが発生するかどうかを確認するだけで回避できる。
だが、ダンジョンを破壊した際に発生する場合。
これに関して言えば、回避どころか脱出することすらほぼ不可能の、必殺の罠へと変異する。
(ダンジョンそのものが持つ、ある種の防衛機構らしいが。傍迷惑なことには変わりねぇな)
地面が抉れる程度であれば、この現象はまず起こらない。
それでも、意図的に誰かがダンジョンを破壊しようと試みた時。
ダンジョンの階層ごと崩落させた場合、話は根底から覆る。
「さーて、と。謝って許してもらえそうな気配ではねぇか」
『ツガイガシラ』の群れは嘶きながら、既に臨戦態勢に移行している。
あとは小さなきっかけ一つで、濁流の如き突進が迫るだろう。
スーも異常事態に気付いたのか、ザハに抱き着いたまま『ツガイガシラ』へと視線を向けた。
「…………ざは」
「心配すんな。お前のせいじゃねぇよ」
今一度服を強く握るスーの体を抱え直しながら、ザハはゆるりと遺物を構える。
S級遺物『虹の剣』
効果は所有者の身体能力を向上させ、あらゆる魔術耐性を付与させるもの。
スーの魔眼を防げたのは、紛れもなくこの遺物のおかげだったのだろう。
ザハは胸の内で相棒に感謝を伝えると、その柄を強く握りしめた。
「帰るぞ、スー。説教はその後だ」
直後、『ツガイガシラ』の群れが一斉にスタートを切る。
迫りくる巨体を前に、ザハは小さく舌なめずりをした。
一方で。
「キツバ。説明しな」
「一言で言えば、ザハがメツバさんを頼った結果です」
地上で炎上していた建物を、キツバの精霊の力で鎮火することに成功していた。
ギルド長であるラフェールは瓦礫と化した気球空挺と建物の一部を見て、心底呆れた様子でため息を吐く。
「この、クソほど金のない時期に、こんな面倒を起こしやがって」
「それについては、申し訳ございません」
一切の弁明をしないキツバの態度を見て、ラフェールは面倒そうに頭を掻いた。
「アンタのせいじゃないんだ。話はあの馬鹿弟子から、じっっっっくりと聞くよ」
「…………そう、ですか」
恐らくそこそこ本気で怒っているのだろうが、完全に向ける相手を決めてしまっているらしい。
いくらキツバが言葉を並べても、恐らくラフェールは聞く耳を持たないだろう。
(まぁ、これに関しては後で弁明しよう)
元はと言えば、キツバらの監督不届きが原因なので、全容が分かれば怒られるのは明確である。
だが、その当事者がいない中で話をしても、ラフェールは納得しないだろう。
些か頑なではあるが、決して個人の感情に振り回されない判断。
キツバにはその真意が、痛いほど理解できた。
「ザハにつけた加護を見るに、恐らく第二十五層の辺りにいるかと」
「二十五層だぁ?あんなガキ一人が、独りでそこまで行けたってのかい?」
本心から驚くラフェールに対し、キツバは「恐らくは」と付け加える。
精霊の力で既にダンジョンの崩落を把握しているキツバは、二人が置かれている状況をほぼ正確に想像できていた。
(あの魔眼は恐らく、相手を弱らせ殺すためのもの。条件は分からないが、精神的な不調が原因だと分類するのが正しいだろうな)
子供でなくても、丸腰の素人が単独で降りれるほどダンジョンの魔獣は弱くない。
それができてかつ、ダンジョンそのものを壊すだけの力となれば、こちらの想定できる範疇で収まる力ではないだろう。
なにより、凄まじい数の『ツガイガシラ』の群れが襲い掛かる仕掛けの罠を。
他でもないあのザハが、見抜けないわけがない。
「一つ、お尋ねしても?」
「あぁ?なんだいこんな時に」
修復費用の概算でもしていたのか、参った様子のラフェールがそう聞き返す。
キツバは少し間を置くと、意を決してこう尋ねた。
「なぜ、ザハなんですか?」
「…………その様子じゃ、ヴァ―イと会ったようだね」
一言でこちらの意図を全て悟られ、キツバは思わず言葉を失ってしまう。
ラフェールはくだらなそうに鼻を鳴らすと、使い物にならなそうな瓦礫をどかしながらこう続けた。
「二週間くらい前に、ヴァ―イがアタシのところに来たのさ。訳は言わなくても分かるだろ」
「宣戦布告、ですか?」
「あぁそうさ。自分たちの方が強いことを証明するんだと。ったく、しょうもない理由だよ」
そもそも『ヴィシュヌ』という名前は、『フェンリル』と呼ばれた狼を殺した男とされている。
『フェンリル』の名の由来は、ある男と一匹の狼の物語からきている。
なんでもその男は、飢えて死にかけてた際に、一匹の狼に命を救われたらしい。
その男は命の恩人である狼を『フェンリル』と名付け、長い生涯を共に過ごしたとされている。
だがある時、狼は『ヴィシュヌ』と名乗った人物に殺されてしまい。
男はその死を嘆き、のちに創立した組織に、その名前を遺したそうだ。
「ザハを推したのはアタシじゃないよ」
「…………カルテラさん、ですか?」
かつての副隊長の名前を出すと、ラフェールは懐かしむような笑みを浮かべた。
「あぁそうだ。なんでかは知らないが、アイツはザハを高く評価していた。結局、その訳までは教えてくれなかったが、なんで推薦するのかだけは教えてくれた」
「聞いても?」
するとラフェールは、どこか真似をするかのようにこう答えた。
「単純な武力では未熟もいいところ。だけど、彼にはそれを補って余りあるほどに優れた点があるんだと」
「優れた点ですか?」
「誰かを愛し、許せること。人の醜さを知りながら、それでも人を慈しめる心だそうだ」
その言葉に、キツバは思わず目を見開く。
なにしろそれは、カルテラへの尊敬の念を抱く、最大の理由だからだ。
「ついでに言っとくが、別にアタシはカルテラの言葉を真に受けて選んだわけじゃないよ」
「え」
ラフェールはニヤリと、まるで見透かすような笑みを浮かべる。
「ザハは天才さ。アタシらがどう足掻いても絶対に勝てない武器が、今




