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ギルド『明星の狼』の長であるポポルの登場で凍り付いた空気は。
「…………いったか?」
「はい。大丈夫ですよ、ラフェール」
蜃気楼のように虚空から姿を現したラフェールによって、一気に融解された。
「ありがとね。助かった」
「いえ。当然のことです」
ラフェールの礼にキツバがそう返すと、チラリとある方向を見る。
「仕方ねぇ。俺が行ってきますよ」
「それじゃ、私も」
「…………」
テグラ、サオリ、シルラの三人がそう告げると、先ほど吹き飛ばされた男の元へと向かった。
その背中を眼で追いかけつつ、アデルナハトが口を開く。
「急ぐべきだな。あの調子だと、取り返しのつかぬことになるぞ」
「んなのは分かってんだよ」
どこかやるせないような態度でそう答える、ラフェールは全体に向けてこう告げた。
「すまないね。これも全て、私の責任さ」
「…………隊長が謝るべきことではないかと」
「同感です。それに、謝罪をするべきなのは私のほうでしょう。父の暴走を諫められない責任は、娘である私にあります」
ヴァ―イとカルテラの言葉に他の隊員たちが頷き肯定しかけるも、どこかバツの悪そうな顔を浮かべる。
そもそも、本来であれば八傑であるラフェールがポポルから業務の引継ぎを受けないといけない立場にある。
だが、ポポルはそれを一方的に拒否し、自らの娘であるカルテラを後継者に任命した。
当然、八傑という立場の意義を喪失しかねない行為であるため、他六つのギルドはこれを大きく非難しており、ポポルと管理下にある『フェンリル』に対し一定の処罰が下されている。
それでも体制を保てているのは、他でもないラフェールとカルテラの根回しが理由だった。
「なんにせよだ。我々の意思は一つにある。それは違いないと思うがね。うん!」
オルグルがそれっぽく話をまとめてしまったが為に、却って言及する者はいなくなってしまった。
それに気付いたのか、オルグルもまた普段通りの笑顔が崩れつつある。
「もう少し、待ってくれますか?」
提案したのは、カルテラだった。
カルテラはアデルナハトに向けて、改める形で頭を下げる。
「これは私たち『フェンリル』の問題ではなく、私個人の問題です。我が儘なのは重々承知していますが、それでもどうか」
「…………そうか。なら、口を出す道理はないな」
深々と下げられた頭を見てアデルナハトはそう告げると、どこか砕けた様子でこう尋ねた。
「で、あの小僧は平気なのか?見た限り、直撃していたと思うが」
「それに関しては問題ないでしょう。あぁ見えて、彼は危機回避に関してはラフェールよりも上ですから」
「なんだい?言っとくけど、アタシだってやろうと思えば」
「あら?キツバの手を借りてまで姿を消していたのは、どこの誰でしたっけ?」
「…………それは」
「フフフ、それでは皆さん、地上へと帰還しましょう。並行して行った依頼を清算し、報酬を山分けして解散。それでよろしいでしょうか?」
話がまとまると、隊員たちはどこか疲れた笑みを浮かべながら、それぞれの荷物を抱えて移動を開始する。
それを見ていたヴァ―イは、チラリと同僚が吹き飛んだ方向を見て、そのまま地上への帰路につくのだった。
「…………ってぇなぁ!!」
一方で。
ポポルの一撃をもろに受けたザハは、地面を六度バウンドしてから、ようやく壁へと激突していた。
壁面には鉄球でも落としたかのような亀裂が走っているが、肝心のザハには傷一つない。
「あのクソ七三パツパツゴリラが!こっちが殊勝にしてっからって調子に乗りやがって!今度会ったらボコボコにしてやる!!」
「あれ?思ってたより元気そう」
「だから言ったでしょ。この馬鹿は殴られても平気なんすよ」
苛立ちながら壁を殴るザハの元にサオリらが辿り着くと、割と元気にしてる彼の姿を見てため息をついた。
「別に平気じゃねぇよ!言っとくけど、毎度毎度殴られんのマジで痛ぇんだからな!」
「そりゃお前、俺らでも分かるくらいの殺気出してたらそうなるわな。むしろわざとかと思ってたぜ」
「そりゃ、まぁ、あれだ!臆してやる必要もねぇだろ!」
「はいはい。とりあえず体を確かめるから。じっとしてて」
いきり立つザハの額をサオリが指で弾くと、大きく上下する肩を眺めながら体を確認する。
簡単な目視をし、その後で軽く体に触れると、サオリは納得した様子で頷いた。
「うん。やっぱり平気そう。流石はザハだね」
「…………どっちかつーと、この剣のお陰っすね」
「あーそれか。結局何なのか分かったのか?」
S級遺物『虹の剣』
この当時はまだその名前もなかった武器だが、少し前に偶然ザハがこれを回収し、そのまま彼が所有することになっていた。
遺物に詳しいカルテラは「なるべき他人に触らせないように」とだけ言われたが、この四人の中ではどういう理由があるのかは知らないでいた。
「分かってたら苦労しねぇだろ」
「そりゃそうか。んじゃ、帰ろうぜ。いい加減腹減ったし」
「…………」
「シルラちゃんも警戒してくれてありがとね。この後、一緒にご飯食べようか」
既に周囲の魔獣は駆逐されており、他に危険なものはない。
ポポルという歩く疫病神とは会ってしまったが、いなくなればそれで終わる話だ。
「それにしても、相変わらずあのパツパツ野郎はカルテラさんに執着してますよね」
「親子なんだからそういうもんだろ?」
両手を頭の上で組むテグラの発言に、ザハは不思議そうにそう尋ねる。
するとサオリが、どこか寂しそうな表情を浮かべた。
「そんな感情が少しでもあればいいんだけどね…………」
「まぁ、あったらあんなことしねぇわな」
「?どういうことだ?」
意味ありげにそう呟くテグラは、理解できていない様子のザハを鬱陶しそうに手で払う。
「分かんねぇならいいよ。つーか、マジで腹減ったしさっさと出ようぜ。しばらくはゆっくりしたい」
「シルラちゃんはどうするの?私とで良ければどこか行かない?」
「…………」
「あ、じゃあ飯奢ってくださいよ」
「ザハは隊長から奢ってもらえばいいでしょ」
「いやっすよ、あの婆さん基本的にケチだし」
「それは違いない」
「…………」
そうして『フェンリル』は第四十層に中継基地の設営を成功させ、更なる深層への挑戦を可能にすることができた。
そしてこれが、崩壊の始まりだったことを。
この時は誰も想像していないのだった。




