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スーの処遇を決めてから二週間後。
ザハは一人、アイワス国へと赴いていた。
「急で悪いな」
そこは『ワルキューレ』の支部の建物。
どこか役所に似た構造の建物には、制服を着た数人の職員と、この国に住まう魔術師の姿があった。
「そう思うのなら、文の一つでも寄越せ」
そう告げた女性の名はメツバ。
ギルド『闇夜の牛』に属するチーム『ワルキューレ』の一人であり、歴代の隊長が襲名してきた『韋駄天』という異名を継承した、次の八傑候補である。
年齢はザハとそう変わらないが、既にギルドの中枢を担うほどの秀才であり。
ここアイワス国において、治安維持の任務についていた。
「で、要件は?」
メツバの問いに、ザハは申し訳なさそうにこう尋ねた。
「ナシェの居場所、知ってないか?」
「…………」
その名前が出た途端、メツバの表情が一気に硬くなる。
概ね想像通りの反応だったため、ザハは両手を合わせて懇願することにした。
「頼むよ!今度面倒な依頼があったら引き受けるからさ!なんとかならねぇか?」
「…………その言葉、取り下げるなよ」
「マジ!?知ってんの!?」
冒険者といっても、その役目は多岐に渡る。
例えばザハであればダンジョン内での討伐依頼や、魔獣から落ちる素材を集めることが主な仕事に対し、メツバは特定地域の治安維持が主な役目だ。
ナシェはその中でも異質で、表向きの肩書は画家。
それも、自ら体験したことを作品に昇華させることを生業とする、活動派の芸術家だった。
その行動範囲は極めて広く、不規則。
時には身分を偽り、流浪の画家としてあちこちを彷徨っているため、彼の属するギルドですら所在を掴めていない人物もである。
「知ってるも何も、あの男は『晨明の羊』に身を寄せている」
「……………………マジかよ」
ギルド『晨明の羊』
魔霧の漂う海を越えた向こう、北の大陸に存在するダンジョン『果てなき骸』を管理するギルドである。
メツバが顔を顰めるのは無理もない。
なにしろつい最近まで、『ワルキューレ』と島一つを消し飛ばすほどの喧嘩をした、その相手なのだからだ。
しかも、騒動の当事者はメツバの姉。
当然、メツバからしても面白くもない話である。
「理由とかは?」
「知るか。どいつもこいつも、少しは周りの事情も考えてほしいくらいだ」
メキャメキャメキャメキャ!!
メツバが力を籠めたせいで、二人の間にあったテーブルが粉々に砕ける。
「…………と、とにかく、それなら一度行ってみるわ。どっちみち、他にもやることあるし」
「『ヴィシュヌ』の件か」
「さすが、話が早いな」
怒りが収まり切れていないため、食い殺しかねないほどの殺気を纏うメツバに、ザハは少しだけ引きながらもそう告げる。
『ヴィシュヌ』との件は、まさに『闇夜の牛』と『晨明の羊』の対立の再来になる可能性が極めて高い。
そうなったとき、どちらの側に立つべきか。
次の『ワルキューレ』を担うメツバにとっても、他人事では済まない話である。
「首魁は『黒狼』と聞いたが?」
「ここに来る前に、向こうから接触してきたわ。律儀な奴だよ」
ヴァ―イの異名は『黒狼』。
『灰狼』と呼ばれたラフェールの弟子にして、その実力を最も色濃く継承した人物。
故に多くの冒険者が、彼が『明星の狼』の八傑に選ばれるのだと思っていた。
「決定を不服に思っての行動だとすれば、妥当性はあるか」
「だろうな。俺だって、色々思うことはあるし」
ザハから見ても、ラフェールの後継者はヴァ―イだと思っていた。
その実力もそうだが、周囲を従え組織を運営するという点では、紛れもなく彼の方がずっと優れている。
一方ザハは、未だに人助けの癖が抜けきれておらず。
背中に担いだ剣を、使わされている状態に近い。
「あまりこういうことは言わないが、貴様とて実力者なのは相違ない。八傑という立場は純粋な力のみで決まるものでもないだろ」
「…………そりゃ、お前は強いからな」
メツバの強さは、ザハは誰よりも知っている。
なにしろ冒険者として駆け出しのころ、接近戦の指導を受けた相手だ。
そして今もなお、ザハはメツバに戦いで勝てたことはない。
(…………クソ)
誰よりも強くなりたいなんて、そんな執着は持ち合わせていない。
それでも、『八傑』に選ばれた人間は皆等しく強いのだ。
それなりの強さしかないザハにとっては、拭いきれない劣等感でしかないし。
選ばれたからには、それに足るだけの強さが欲しかった。
「…………私から言えることはない。生憎と、強さに関しては人並みではないからな」
「あっそーかよ」
なんて嫌味な奴なんだと、ザハは内心でそう悪態をつくと。
「だが、貴様の強さはそこではないだろう」
「?それ、どういう──────」
「ザハ様!至急の文が!」
メツバの属する『闇夜の牛』は気球空挺と呼ばれる、空を飛ぶ飛行船をいくつか管理している。
その多くが荷物を運ぶ業務についているが、中には急を要する文書を扱う専門の飛行船も所有していた。
積載量こそ従来の代物に劣るものの、出せる速度は砲弾に並走できるほどに速い。
二週間ほどかけて移動した距離を、その船は一日程度で走破できる。
「至急の文?それ、着払いとかになってない?」
「いえ、既に代金は頂いていますので!」
配達員は息を乱したままそう伝えると、小さな手紙をザハへと差し出す。
それを受け取ると、配達員は敬礼をしてその場を去った。
「アヤナがまた何かしたか?」
「いや、そんなことはねぇと思うぜ」
そもそも、『フェンリル』には一月程度の休暇を与えている。
スーの世話があるとはいえ、数人がかりで行うほど手がかかる子供でもない。
なによりキツバがいるのなら、その点の心配はないと踏んでいたのだ。
「……………………」
「どうかしたか?」
様子が変なことに気づいたのか、メツバが訝しそうにザハの顔を覗き込む。
ザハは、わなわなと両手を震わせながら、書いてあったことをそのまま伝えた。
「…………スーが、いなくなったらしい」
「?聞いたことのない名前だな。新たな隊員か?」
メツバの疑問を無視して、ザハは思わず建物の外へと飛び出そうとする。
その肩を、メツバが強く掴んだ。
「邪魔すんじゃ──────」
「落ち着け。貴様の足でも、帰るのに三日はかかる。様子を見れば、急を要するのは理解した」
メツバはそう告げると、近くにいた他の隊員に声をかける。
二言ほど伝えると、メツバはザハの腹を軽く殴った。
「ってぇ!」
「空いている船を用意させた。十分後になればここを出れる」
体を折り曲げるザハの腰を強く叩くと、メツバは緩んでいたネクタイを締め直した。
「日頃の礼だ。最短最速で、私が貴様を届けてやろう」




