18
夜明け前。
昼夜問わず営業を続けているレストランも、この時間帯になれば人の数は限られてくる。
「…………」
そんなレストランにあるカウンターの一席で、キツバは独り静かに酒を呑んでいた。
ザハらとは既に解散し、周囲には顔見知りもいない。
カラン、とグラスの中の氷が小さく音を立てた。
「変わらんな、その姿」
その隣に、一人の男が席についた。
顔には獣に引っかかれたような小さな傷と、刃物で斬られたかのような大きな切り傷のある男は、そう告げると店員に注文を告げる。
「そういうお前も変わらないさ」
キツバはそう告げると、手に持つグラスを小さく揺らす。
「シルラはどうだ?」
「変わらんな。相も変わらず、俺にも口を利かん」
「…………そうか」
注文した酒が届くと、男は一息でそれを呷った。
「『巡らぬ岐路』に行ったらしいな」
「あそこが一番手っ取り早い。手段を選ぶ余裕すら今はない」
「どうせ、裏切者が紛れ込んでるんだろ?」
キツバの言葉に、男は少しだけ驚いたのか小さく笑みを浮かべる。
「そこまで分かっているか」
「これでも長い付き合いだからな。本来のお前なら、そんな名目なんて気にしない。それをするとなれば、それなりの理由があると考えるのが自然だ」
そう告げるキツバの口元にも、やはり小さな笑みがあった。
「三年。長いようで短い時間だった」
「同感だ。否が応でも、景色は変わる。時間ほど残酷なものはありはしない」
「…………思い出すのは同じか」
「…………忘れられると思うか?」
男の言葉に、キツバはふと影を落とす。
思い出すのは最悪の記憶。
あれは、『森林山脈』での宴の帰り道だった。
──────ダンジョン内での酒盛りという常識外れの催しを行った『フェンリル』は、そこから一週間ほどの滞在を経て、地上への帰路についていた。
「やべぇ、腹減った」
「戻ったら腹いっぱい食おうぜ。ステーキとかどうよ?」
「悪くない」
ザハ、テグラ、ヴァ―イの三人は地上に戻った後の食事を想像し。
「キツバちゃんはどうするの?」
「そうですね、特にこれといったものは…………」
「…………」
休日の話をするサオリとキツバの後を、シルラが黙ってついていっていた。
「にしても、あんだけ持ち込んでおいて、まさか食料が足りなくなるとはなぁ」
「まぁ、彼女らしい話ですね」
「カルテラはあの獣に甘すぎる。副隊長であるなら、もう少し厳しく事に当たるべきだ」
ラフェールは酒を運び入れるために、本来よりも多めの食料を運ばせていた。
だが、宴が想像以上に盛り上がってしまった結果、道中で食料が尽きるという事態が発生。
途中で関所を通過するも、大量の食糧を運び入れていたのを目撃されていた手前、誰も足りないとは言えず。
「クソがぁ!敵はまだいねぇのか!」
「…………」
「フフフ、玩具を無くした獣らしく、元気で素晴らしいですね」
空腹で暴れまわるラフェールのお陰で、ダンジョン内の魔獣は悉く駆逐され。
結果的に、他の隊員たちは戦うことなく第三層まで辿り着くことができていた。
そんな光景をニッコニコの笑みで見守る横で、涙目で歩くオルグルの姿を見たテグラがこう呟く。
「なぁザハ、アレどうしたんだ?」
「言うほどのことはねぇよ。いつも通り、酔ったオルグルさんがカルテラさんを口説いただけだ」
「あー…………」
ザハの説明を聞いたテグラはそう言うと、ダンゴムシのように丸くなった背中に合掌を送る。
ただでさえ見境なく口説き、結果的にもめ事を起こすオルグルが、さらりと猛毒を吐くカルテラさんを口説こうとしたのだ。
その結果がどうなったかは、もはや触れるまでもない。
「言っとくけど、お前も相当──────」
呆れた調子で話していたザハの顔が、一瞬にして強張る。
それに気づいたテグラとヴァ―イが眉を顰め、即座にその理由を察した。
「あらあらあらあっら、こぉれはまた楽しそうですねぇ」
どこか鼻に突くような、独特なイントネーション。
なにより、ダンジョンと言う広い空間に、まるで拡音機にでも乗っけたのかと思うほどの轟音。
その一言目で『フェンリル』全員が存在に気づき、アデルナハトを除いた全員が膝をつき頭を下げた。
「んんんぅ、これはこれは流石はぁ私の『フェンリル』ですねぇ。よぉく、躾が行き届いています」
「久しぶりだな、ポポル。相も変わらず元気にしているらしい」
ポポル。
正確な名前はポポル・ムシュル。
ギルド『明星の狼』の長であり、『悪辣王』の異名を持つ冒険者である。
「こぉれはあの『無限卿』ではありませぇんか。例のぉなんでしたか?転送魔術とやらはどうだったのでぇすか?」
「生憎と無駄足だった。根本的に見直す必要があるな」
二回りは小さい修道服は、はち切れんばかりの筋肉で膨張しており。
角ばった顔と髪は、まるで定規で測ったかのように角が立っていた。
アデルナハトはポポルを一瞥すると、顔に出さずにこう思う。
(…………この圧、前よりも更に増えたか。やはり気に喰わん男だ)
その理由が、彼の持つ権能『圧政』である。
「そうですかぁ。なぁら、急いでもらえまぁすかね?これでぇも、お金は無限にはありませぇんから」
「心得た」
『圧政』の権能は、彼に服従する人間が多いほどに、その力を増すというもの。
本来ならばまず発揮されないこの力を、彼は常軌を逸した工程を経て成立させていた。
外道、搦手、反則技、違法、残虐行為。
文字通り手段を全く選ばず、時には『闇夜の牛』と揉めるほどの問題を起こしながら、それ以上に結果を出し続けた為に糾弾されなかった男。
故に、『悪辣王』。
冒険者でなければ、最低最悪の男である。
「カルテラさぁん」
「…………ここに」
そして、ポポルはムシュル家の養子となり。
支配下の家の少女だったカルテラを、運よく養子として引き取った人物でもある。
「私の言いたい事、分かりますよねぇ?」
「無論です。このカルテラ、必ず父上の望む結果をあげてみせましょう。それが私の存在意義ですから」
「…………いいですねぇ。その意気でぇ、頑張ってください」
ポポルはそれで満足したのか、『フェンリル』の何人かの頭を抑えつけるように撫でると。
「あなた、不快でぇすねぇ!!」
「!?」
突如として、ザハを殴り飛ばした。
「…………」
「まぁ、いいでしょう。これでも私は寛容なのでぇすよ」
完全なる八つ当たり。
まるで地面に転がる石ころを蹴り飛ばすような気軽さで、ザハを数十メートルの距離まで殴り飛ばす。
誰も口を開かないのは、標的にされるのを恐れているため。
なによりここで噛みついたところで、状況が好転するわけがないと知っているからだった。
「でぇは、これにて。あの臭ぁい野犬ちゃんが戻る前に、退散しまぁすねぇ」
そして今度こそ、ポポルは『フェンリル』の前からいなくなるのだった。




