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「スーです。よろしくおねがいします」
「か、可愛い…………!」
「なんで猫?」
ペコリとお辞儀をした後、スーは改めて周囲を確認した。
場所はレストラン。
暖色系の照明で照らされた店内には、活気に満ちた男女で溢れかえっていた。
ちょこんと置かれた椅子に腰かける姿を見て、アヤナはワナワナと震え、ニヤハは彼女の服装についてそう呟く。
「うるせぇな。ナンナさんの自信作なんだと」
「あぁ、そうなんですね…………ってまだ煩くないですよね!?」
ニヤハが着ている服装、オレンジ色の球体を繋ぎ合わせたような奇怪な服もナンナの作品である。
ニヤハとしては全身を覆えてかつ、どこからでも目立てば何でもいいと話したのだが、要望通り街中にいるだけでも無駄に目を惹く。
ある意味ではニヤハの願った通りではあるものの、それはそれとして居心地はよくないのが本心だった。
「で、だ。まぁ言うまでもねぇと思うが」
「『ヴィシュヌ』と喧嘩するんでしょ?」
アヤナの言葉に、ザハはニヤリと笑みを浮かべる。
「流石はお前らだ。話が早くて助かる」
「ヴァ―イの奴が色々話してたのよ。ここ最近の噂が本当なら、そうなるのも分かるしね」
「はぁ、嫌ですね。僕だけ不参加ってことは──────」
「はっ倒すぞ」
「ですよねはい」
既に逃げ腰のニヤハの尻をキツバが無言で殴ると、自身の声が『隠匿』されていることに気づき、大人しく席に座った。
「どうせあの馬鹿のことだ。十中八九、俺らとやりあうつもりでいる。いつになるかは知らんが、鍵になるのはコイツだろな」
当の本人であるスーは、いつの間にか用意されていたオムライスを黙々と食べていた。
この店には子供向けのメニューはメニュー表には存在しないが、裏メニューとしてはいくつかある。
言うほどの違いはないが、料理の上にギルドの紋章が描かれた小さな旗が刺さっていたりと。
年相応の子供なら喜んでいたのだろう。
(まぁ、コイツは興味ないみたいだけどな)
スーは出されたスプーンを手に取ると、刺さっていた旗を即座に抜いて更に置き、すぐさまに食事を始めていた。
恐らく、何が描かれているのかすら分かっていないだろう。
ザハはスーの口についたケチャップを指で拭うと、話を続けた。
「これは俺の推測だが、今回の件は三大貴族が絡んでいる」
三大貴族、という単語が出た途端、テーブルの空気が一気に凍り付いた。
その変化ぶりは、思わずスーが手を止めるほどのものだった。
「…………本当か?」
「あくまで憶測の域を出てないけどな。とにかく、用心するに越したことはないだろ」
「まーた厄介なのが出てくるわね」
「…………」
口を噤むニヤハの顔を、スーがジッと見つめていた。
三大貴族とは、エルフィン王国で最も権力を有している三つの家のことだ。
エルフィン王国の国民は、基本的にセカンドネームを有していない。
直系の王家である一族、バシレイア家を筆頭に三大貴族にのみその名前が与えられている。
三大貴族が権利を独占しているのは、『四賽』による襲撃の後、復興に尽力した家だとされているため。
そのため例外として、彼らにはセカンドネームを与えたのだ。
「なら、ヴァ―イは既に接触を?」
「逆だな。向こうからヴァ―イに接触するはずだ」
物流と交易で多額の富を有する家、ザル―ド家。
魔術師の頂点『導師』を輩出した家、ドラグニル家。
多数の領土を治め貴族一の臣下を持つ家、ムシュル家。
彼らの存在はエルフィン王国では王様以上の意味を持ち、ギルトとて無下にできないほどの力を有している。
なにより、『フェンリル』にとっては、切っても切れない存在なのだ。
「まさか、あの男が?」
キツバの問いに、アヤナとニヤハの顔が引きつる。
それを見たザハが、カラカラと笑みを浮かべた。
「それはねぇだろ。いくらあの馬鹿でもあの男には頼らないはずだ。だが、それとは別に手を結ぶ可能性は低くねぇ。それだけの話だ」
ザハはどこか茶化すようにそう言いくるめると、チラリとスーの方を見る。
「…………美味しかったか?」
「うん。わたしはまんぞくです」
「そりゃよかった」
少しだけお腹を膨らませてそう答えるスーの姿を見ていると、何故だか無性に腹が減ってきた。
そして同じことを思ったのか、アヤナと目が合う。
「どうする?」
「どうするもなにも、これしかないだろ」
ザハが意味深にそう告げると、右腕を回しながら店の一角へと移動する。
それを見たアヤナが大きく舌なめずりをしながら後に続いた。
「ざは、といれ?」
「いや違うな。というか、食事中にトイレは言うな」
「…………ごめんなさい」
やんわりとキツバが注意すると、どこか仕方なさそうにスーの頭を撫でた。
「少し強く言い過ぎたな。あの二人は気にしなくても、直に戻ってくる」
「なんか、キツバさん優しくないですか?」
ニヤハの問いを無視すると、キツバはくだらなそうに息を吐く。
視線の先では、既に人混みができていた。
「言っとくけど、負けてあげるつもりはないから」
「おうよ。かかってきな」
二人はわざとらしく関節を鳴らすと、樽の上で右手を組み肘を置いた。
「お!なんだなんだ!」
「『明星の狼』名物、『フェンリル』の賭け腕相撲か!」
「どっちに賭ける?」
「俺はザハだな」
「んじゃ、俺はアヤナで」
『フェンリル』は基本的に、食事代を折半する習慣がない。
というよりも、基本的に所属歴が長い人間が短い人間に払うのが通例だからだ。
だが、ある時誰かが提案した。
「アタシに腕相撲で勝ったら、ここにいる全員の飯代を払う」
ギルドのレストランにたむろする連中は、基本的に腕自慢が多い。
その人物が女性だったこともあり、挑戦者の列が長く伸びた。
『フェンリル』の名物という通称で察する部分はあるだろうが。
生身で数十メートルの高さまで飛び、数百メートルの距離を一息で走り抜ける人間に勝てる相手はいるわけがなかった。
「んじゃ、俺が審判をしてやろう!」
レストランの給仕員の一人が人混みを割って入ってくると、組まれた二人の手をぐっと掴んだ。
「準備はいいか?」
「もちろん」
「俺もだ」
その刹那、しいんと音が止む。
「始めっ!」
『フェンリル』名物、賭け腕相撲。
勝者は敗者の食事代を払い、負けたのが年長者の場合は店全体の食事代を払う。
このレストランにおける、名物企画の一つである。




