11
「つ、疲れた…………」
ザハが着火させたナンナの芸術魂は凄まじいもので、着せられているスーですら疲弊するほどの熱量を発した。
様々な服を見せられはしたが、最終的には猫を模した服を一番気に入ったらしく、それに加えて数着だけ購入すると、ギルドへと送るように頼み店を後にした。
「ご、ごめんなさい」
「気にすんな。あの人はいつもあんな感じだからよ」
どこか申し訳なさそうにするスーの頭を、ザハはわしゃわしゃと撫でる。
その折に見える瞳を見て、ザハは再度こう思った。
(色はそのまんま、か。ナンナさんと会ってた時もそうだったが、これといって何か起きたわけじゃねぇ。もしかすれば、ババァの勘が外れたか?)
じっと見ていることに気づいたのか、スーが撫でられながらザハの顔を覗き込む。
ザハは一つ謝罪して手を離すと、伸ばされた手をそっと握った。
「ねー、ざは」
「なんだ?」
「ざはって、つよいの?」
「…………ナンナさんに言われたか」
ザハは苦笑すると、僅かに目尻を細めてこう答えた。
「分からないな。強いってのは、少しだけ難しいんだ」
「ざはでも、とけない?」
「答えがないからな」
そしてザハは、ある時のことを思い出す。
あれはそう、まだ『フェンリル』が歴代でも類を見ないほどに充実していた時期。
第四十層『森林山脈』へと向かう、その道中のことだった。
──────第三十一層で集結した『フェンリル』は、第四十層『森林山脈』への進行を決定した。
合計で百人を超える集団は、大量の食糧を積み込んだ荷車を護衛する形で進みながら、一つずつ階段を降りていく。
「…………ババァ!」
「分かってる。また厄介のがいやがるな」
合流してから数日後。
ザハの呼びかけにラフェールがそう返事をすると、忌々しそうに舌打ちをした。
「『ツガイガシラ』か。こりゃまた珍しい相手だ」
ツガイガシラとは、体長十メートル程度の巨大な猪に似た魔獣である。
二匹で一つの魔獣に分類され、基本的に互いが離れることはない。
どちらも体色は赤く、泥に汚れたようなまだら模様に、大きく湾曲した角を武器として攻撃をしてくる。
性格は獰猛で、かつ縄張り意識が強い。
ほかの生物を見つけると、猛スピードで突っ込んでくる性質に加え、一度加速すると壁に激突するまで決して曲がろうとしない危険性から、B級冒険者ですら戦うのを避けるほど。
『ツガイガシラ』は基本的に四十三層に多く生成されるが、『フェンリル』が今いるのは三十四層。
偶然ではあるのだろうが、あまりに運がない。
「どうします?」
「幸いにもこちらに気づいていません。このまま先手を取り、仕留めましょう」
斥候を担っていたサオリが静かに近づきそう尋ねると、カルテラがそう指示を出す。
幸いにも、ザハの『鑑定』の権能のお陰で向こうはこちらの存在に気づいていない。
であれば、被害を受ける前に討伐しよう、というのがカルテラの考えだった。
「ザハ、オルグルと一緒に距離を取りな」
「チッ、俺も戦いたかったぜ」
「うん!では行こうか!」
オルグルの持つ権能は『注目』。
文字通り、人や動物の視線を集めやすい体質を持っている。
普段はその権能を使うことで魔獣などの脅威の探知や囮を担うのだが、今回に限れば邪魔でしかない。
今回はザハを護衛につけて、万が一の際に敵を誘導する役目を担う。
「キツバ、アンタはここで待機」
「はい」
「テグラとヴァ―イ、サオリとシルラで『ツガイガシラ』を討伐。タイミングはそっちで合わせな」
「了解」
言われることなく、他の隊員たちが周囲に展開し防御陣形を築き始める。
この階層になれば、ツガイガシラの他にも危険を及ぼす魔獣は存在する。
キツバの精霊で存在を隠すことはできるだろうが、それでも警戒するに越したことはないという判断からだった。
「さーて、いっちょやるかぁ」
「油断するなよ、テグラ」
「それじゃあ、こっちも行こっか」
「…………」
ズカズカと。
四人は姿を隠すことなく一直線に『ツガイガシラ』へと近づく。
あまりに無防備な姿だが、四人の足取りに変化はない。
「────────────ッッ!!」
気づいた。
その瞬間、サオリとテグラが同時に動いた。
「任せた!」
「はいよっと!」
テグラが返事をした直後、サオリの体が一瞬で消える。
そして『ツガイガシラ』の間に割って入ると、八度、全くの同時に打撃を叩きこんだ。
「ピィィィィィィィィィィィィイ!?」
完全に想定外だったのか、『ツガイガシラ』は情けない悲鳴を上げよろめいた。
『ワルキューレ』秘伝の体術は、一撃で鋼鉄の鎧をも粉砕する。
『ツガイガシラ』の皮膚も生物にしては硬くはあったが、サオリの連撃の前には食肉と変わらない。
「っしゃあ!」
「ピ!?」
次の瞬間、『ツガイガシラ』は体の違和感に小さく悲鳴を上げる。
気が付けば、魔獣の体には鎖が巻き付けられており、十本のクナイで地面に固定させられていた。
「おっせぇっての!!」
身動きが取れない。
そう思った時には、既にテグラの操る鎖は完璧に動きを封じていた。
『操鎖』の権能。
それはあらゆる材質の鎖を、自在に操ることのできる力である。
片手で蛇のように操るのは勿論、束縛した相手の動きを制することもできる。
事実、鎖の根元を握るテグラによって、『ツガイガシラ』は動くことすらできない。
「ウウウウウゥゥゥゥゥゥゥ」
「…………」
そして。
ヴァ―イは三つに分けて担いでいた槍を素早く組み立て。
シルラの体は、光の粒子に包まれ姿を変える。
「ガァァァァァアアアアアアアアアアア!!!!」
獣化魔術。
それは己の体を別の動物へと変化させる魔術である。
基本的には実在する動物へと変化させることで、身体能力を著しく高める魔術で、どの動物に変化させられるかは本人の素養に左右される。
シルラのそれは、担い手の少ない獣化魔術の中でも更に希少。
空想の世界に住む、幻獣種と呼ばれる動物へと姿を変えるものだった。
「『深きから湧き、悉く満ちろ』」
そして隣で槍を構えたヴァ―イが、小さく唱えると片手で槍を引いた。
それは槍投げに近い構えだが、最も異質だったのはその槍の穂先。
まるで湧き出るように、黒色の液体が刃物全体を覆いこむ。
その正体は、土と水、そして闇の魔力を組み合わせた物質。
基本的に魔術の属性には得手不得手はあるが、使えないということはない。
だが、異なる魔力を掛け合わせることで、性質そのものを変化させる。
そういった体質を持つ人間は極めて少ない。
黒泥。
現時点において、ヴァ―イにしか使えないオリジナルの魔術である。
「──────『黒穿』!」
「…………ッァア!」
バネのように全身を半分程度まで縮めた直後、シルラの体は流星となり。
ヴァ―イの槍は、魔獣に匹敵する大きさの打突となって魔獣を呑み込んだ。
サオリの打撃のダメージが残り、更にテグラの鎖で動きを封じられていた『ツガイガシラ』は、文字通り何もさせてもらえずに塵となって消える。
「上出来だ」
一切の損害も被らず、相手に反撃も許さない。
まさに完勝といえる結果に、ラフェールは静かにそう嘯くのだった。




