第8話 アメリアとお義姉さん
姉と名乗る人物が部屋の扉を勢いよく開けた。彼女は今扉から顔を出し、俺とアメリアの体勢を見て、一瞬硬直し、直ぐに扉を閉じた。
「待って!これには理由が——」
すぐさま声を上げたのは、アメリアだった。姉は呼び戻されるように今度は少しだけ扉を開け、顔ものぞかせる。俺とアメリアはとりあえず今の姿勢を直して、恐る恐る入ってきた姉を連れて書斎の方に移動をした。
「お姉さんがいるなんて知りませんでしたよ」
「そうだろうね、私の事知ってるのはごく一部の人だけだから」
「私のお姉様はほんとに頭がいいのよ!」
「そうですか」
アメリアは姉の横に座っているのだが、姉に椅子をすすめると間髪入れず横に彼女は腰を下ろした。心なしか、今も体が姉の方ににじり寄って行っている。
「アメリア、お姉さんのまず説明をしてもらっていいですか?俺は名前も知らない状態なので」
「そうだったわね、そう、私の横に座っているのがお姉さまよ」
「アメリアそれでは、彼への説明になっていないと思うなぁ」
「そう?」
「自分のことだし、私から説明させてもらうよ」
アメリアは姉が来てから、人が変わったようだった。いつもは杖に考えて行動しているような冷静さがあるのに、姉の前ではその姿がひとかけらも見えなかった。話す内容は思いついたことをすぐさま口に出しているような感じだった。なので、アメリアではなく、本人が自己紹介をしてくれることはありがたかった。
「私の名前はアズライール・ルミアート。歳は21、性別は女だよ」
「アメリアのお姉さんというのは?」
「それは、ほんとだね。戸籍上もそうなっているよ」
目の前の座る彼女は名をアズライールといい、アメリアの姉であることはほんとのようだ。アズライールが姉だと言ったとき、隣のアメリは力強くうなづいていた。
二人が姉妹というのは間違っていないようだが、お世辞にも似ているとは言えなかった。アメリアが、銀髪に平均から少し置いて行かれた体格をしているのに対し、アズライールは銀髪とは対照的な黒髪、それにグラマーな大人の身体をしている。顔もどちらも整っているが、可愛い系とキレイ系で雰囲気も違っていた。
そして、ここの地区主の娘であるのに、俺は初めてアズライールの存在を知った。彼女の言った、『私の事知ってるのはごく一部の人だけだから』とも関係があるのだろうか。
「ごめんね、リオン君、アメリアといいところだったのに邪魔しちゃって」
「いえ、特に気にしてません」
「だから、お姉さま!あれは違うと言っているでしょう」
アメリアは姉に何とか言い訳をしようとしているが、実際何も違わないのだから言い訳する文句も思いつかないようだ。俺はあのタイミングでアズライールが入ってきてくれたことはとても助かった。
「それで、リオン君は私に何か聞いておきたいことある?ほとんどの事なら答えられるよ」
「えーっと、質問ですか?——では、一ついいですか?」
「うん」
「貴女はアメリアの御姉さんなんですよね?」
「さっきも説明したけど、間違ってないよ」
「ならなぜ、妹のアメリアがここを引きつごうとしているのですか?貴女の方が適任では?」
「あー、それはね——」
「お姉さま!」
切羽詰まっているかのような口調で、アメリアが唐突に口をはさんできた。それに、さっきまでの緊張感のない表情と違って、今は曇った顔つきだ。
「これは答えられない質問だった見たいだ、ごめんね」
アズライールは少し残念そうに答えた。
アズライールは答えようとしていたのに、なぜアメリアが割り込んできたのか。多分、アメリアが割り込んできたということは、まだ俺には知るに達していないとアメリアが判断したからだろう。
「他にはあるかい?」
「いえ、今はないですね」
「うん、わかったよ。またいつでも聞いて大丈夫だから」
それから、少ししんみりした空気に変わった。アズライールが来てから、止まることなく吐き出されていたアメリアの姉自慢すら止まっている。それでも、この中で口を開いたのはアメリアだった。
「そうだ、リオン」
「はい、なんですか?」
「私がここの地区主を取り戻す計画、すべて考えたの、お姉様よ」
いきなり話が飛躍した。
「え?てっきりアメリアが考えたものだと」
「いいえ、私はお姉さまの台本のとおりに動いていただけよ」
「ほんとですか?」
「そうよ!」
話始めとは違って、アメリアの口調にだんだんと熱がこもってきた。最後の『そうだ!』なんて、机に乗り出す勢いだった。アメリアはそのままの得意げそうな顔で話を続けた。
「お姉さまって本当に頭がいいのよ!だって、論文だって書いたことあるのよ?」
「論文ですか?」
「題名は確か——」
「『魔法を使用できる一般兵の価値と実現に向けた方法』、アメリアには少し長かったね」
タイトルが出てこず困っているアメリアに代わって、アズライールが答える。
「長くないわっ、私だって読んだことあるもん」
「冒頭のところで、寝てしまっていたけどね」
「その論文、読みました!」
アメリアと立場が代わるかのように今度は俺が高揚した。
アズライールが言った論文は学校にいたころに読んだことがあった。図書館の隅っこに置かれていたのをたまたま見つけたのだ。手に取り軽くページをめくったところで、内容に惹かれ、それからはしばらくそれを読み込んでいた。平民の俺が貴族であるロートンと戦うことができたのは、実はこの論文があったからだ。
「そうなの?ただの夢物語だったでしょ」
「いえ、とても大きな可能性が詰まっていたと思います」
「そう言ってもらえるのは嬉しいね」
「あの……さっき、質問はないと言ったんですけど、質問いいですか?」
「もちろん」
そこからは、前に論文を読んで分からなかったところや、自分の考えなんかもアズライールにぶつけた。それらすべてに彼女は返答してくれた。最初はなるべく言葉を選び簡単な言葉で返してくれていたが、彼女も調子が乗ってきたようで専門用語がだんだんと増えた。
話して分かったがアズライールの知識量はすさまじく、俺を超越していた。だからこそ最初の疑問は大きくなる。ここまですごい人が、この地区にはいるというのに俺は一切名前を聞いたことがなかった。彼女はいったい誰なのだろう?——と。
ふと、彼女の隣に座っているアメリアに目をやると、搔きらかにご機嫌の悪いアメリアがいた。俺とアズライールが話始めたときは必死に話についてこようとはしていたが、アズライールの増えていく専門用語に追いつけなくなったのだろう。大好きなお姉さんが自分以外と楽しそうに話していたら、それは不機嫌にならざるを得ない。
「あの、アメリア」
「なによ、お姉さまと楽しく話してればいいじゃない」
「ごめん、アメリア。私もつい楽しくなってしまって」
「いいえ、お姉さまは間違っていないわ」
姉を正しいと言葉では言っているが、アメリアの気持ちは別のことを訴えているようで言葉がはっきりとしなかった。
「アメリア、俺はお姉さんを取りはしませんから、安心してください」
「ほんとに?」
「本当ですよ、だって俺は貴女の旦那なんですから」
「そうだったわね」
そうだったわねとアメリアは言ったが、今日結婚したことを忘れていたのか。今までのアメリアのイメージも姉の前の姿を見てしまうと総崩れだ。ほんとに結婚をしたのは間違っていなかったのか、つい考えこんでしまう。
そこに、コツコツと扉をノックする音が聞こえた。
「メイドのサラです」
「入っていいよ」
名乗ったメイドに入室の許可を出したのはアズライールだった。
「失礼します。夜遅くに申し訳ありません、リオン様、アメリア様」
丁寧なしぐさで部屋に入ってきたのは、今日の結婚式で一人だけ参列していたメイドだった。彼女の名前はサラというらしい。
サラは年長者ようなの落ち着きに似た雰囲気を持っているが、見た目はそれよりも若い印象を受けた。彼女は扉を閉め、こちらに向きなおす。
「やはり、ここにいたんですね。アズ。早くしないと夕食が冷めてしまいます」
「ごめん、リオン君との会話が盛り上がってしまって」
サラはアズライールに夕食のことを知らせに来たらしい。アズライールはソファから立ち上がった。
「お邪魔したね。リオン君、また気が向いたらまた話そうか」
「はい、もちろん」
アズライールの誘いにすぐさま俺は乗ったが、アメリアはあまりそれが面白くないようだ。
「アメリア、そんな顔をしなくても」
「そうだよ、アメリア。リオン君と結婚すると決めたのは自分でしょ?今、優先するのは私じゃなくて旦那様だよ」
「はい、お姉さま!」
アメリアの返事を聞くと、アズライールは楽しそうに部屋を出ていった。アメリアも姉の言葉は届いたらしく、さっきよりも機嫌は改善されていた。
「ああ、メイドがお部屋でお待ちでしたよ。アメリア様」
「そう、ありがと」
サラも、アメリアにメイドが部屋で持っていることを伝えて、部屋を出ていった。
「私、部屋でメイドが用事あるみたいだし、今夜は自分の部屋で寝るね」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみ、リオン」
アメリアが部屋を出ていくと、書斎は俺一人きりになった。明日は特に用事はないが、眠気が来たのでもう寝てしまうことにした。今日は早めにアメリアと話し合わないといけないことがいくつか見つかった。もしかすると夫婦になるってことは大変なことなのかもしれない。
そうです、アメリアはシスコンです。
次はさしでアズライールとお話しします。




