第6話 コクハク
俺とアメリアは書斎にいた。今回は、二人きりではなくアメリアの一歩後ろにロートンが控えている。
今、アメリアと一緒にいるのは、アメリアから書斎に行くと連絡を受けたからだ。お互いに挟まれた机には例の手紙が置いてある。
何故、コーサスが結婚を認めたのか俺は何もわかっていない。明らかに、エイールと会った日、俺が抜けた後にアメリアが何かしたのだろう。
まず、口を開いたのはアメリアからだった。いつも、屋敷で何気なく話すときのアメリアではなく、貴族と相手している時のアメリア、そんな声色だった。
「これから、話すことは君の気分を悪くするかもしれない。それでも聞く?」
「もちろんです」
「じゃあ、最後まで聞いてもらう、途中で抜けるのもだめだから」
アメリアの後ろに控えていたロートンが扉の前へ移動した。窓までふさがなかったのは俺が途中で逃げ出さないと信じてもらえているからだろうか————それとも俺に聞かれたくないから、今ここで「やっぱり聞かない」と言わせるよう、圧をかけているのか?
「それでも、リオンあなたは聞くの?」
最後の問いには、俺の代わりに、沈黙が答える。
「分かったわ。逃げ出すとは思わないけど、最後まで聞いてね」
「ああ」
アメリアは緊張が解けてないようで、さっきと声色は変わらないが、何度も自分を落ち着かせようとしているのが分かった。
「まず、エミールのことからはなすわ」
「一昨日、俺が出ていった後の話ですか?」
「ええ、まずはそれから」
アメリアはこれから話すことを再確認するかのように、一度目を閉じてから。おとといの俺が出ていった後の話を始めた。
「エミールが私の結婚をコーサスに伝える条件は、『リオンを私によこせって』ものだったわ」
「俺なんかが代償になるんですか?」
「他の人は分からないけど、エミールはそれで十分だったみたい。だって、彼女欲しいものは何でも手に入る生活していたから、自分が手に入れられなかったものが存在するのが許せないみたい」
「まさか、これとエミールに関係をご存じで?」
「ん?もちろんよ。あなたの事調べたって言ったじゃない」
「どこら辺まで?」
「まさに、尻の毛の数までってところね」
貴族ってやっぱりすごい。なんて感心していたが、そもそもこの領主の親族なのだから、この領地に住んでいる俺のことを詳しく調べるなんて、できて当然なのだろう。
「話を続けるわ」
自分のプライバシーの事よりも、今はこの話が重要だろう。話が終わってから、本当にどこまで知っているのかを聞き出さなければ。
「それで、私はそれを認めたわ」
「認めたんですか?本人はいなかったのに」
「ええ、もともと読めてたことだしね。あ、でも、本当に渡すつもりはないわ」
「そうですか……」
俺はアメリアの話を聞き始めてから、感情の上下が激しい。俺がいないところで、俺の人生を左右するような話をしていたのか。
「私は君を渡す前にと一つ言い加えた。『今の彼は貴女とは釣り合わない。そこで彼をうちの養子として受け入れたことにして、箔を付けますよ』って。そして、彼女に私と君の婚約を書いた紙を封筒に入れて渡した」
「俺、今度は養子になるんですか?」
「いや、それはないわ。リオンはこのまま私と結婚する。コーサスのサインが入っている紙は私とリオンが結婚するって内容でしょ。決して、養子のことではないわ」
テーブルに置かれている手紙を見るが、ちゃんと結婚の内容になっている。
「エミールは気づかなかったんですか?嘘だと」
「気付かなかったと思うわ。中身は養子のことに関する紙だと伝えたし、コーサス以外が開けると無効になってしまうって、言っておいたから。————その前に、彼女の頭は手に入ると分かったあなたのことでいっぱい」
「それで、別れ際がエミールにしてはさっぱりしていたわけですね?」
確かにアメリアの言ったことが成功したなら、エミールはコーサスに封筒を渡し、「アメリアが結婚したいんだって!」と伝えなくもない。でも————
「でも、コーサスさんはサインをするんですか?いくらエミールが頼んでも簡単にはいかなそうですけど」
「それはまあ、コーサスは親バカだから」
「娘が騙されていようが、娘に嫌われるようなことをしたくなかった?」
「雰囲気はあっているけど、内容は違うわね」
ここからは別の話のようで、アメリアは組んでいた足を入れ替えた。まだ、俺が知らないことが残っているようだ。
「コーサスはひとつだけ、エミールで悩み事があったの」
「ひとつ?たくさんありそうですけど」
「ええ、ひとつ。エミールが平民と結婚したがっているってこと。コーサスは娘にはちゃんと貴族に嫁いでもらいたかった。でも、彼女は聞く耳を持たず、コーサスもこれ以上嫌われるようなことはしたくなかった」
「父親がそんな簡単に折れていいんですか?」
「もうパパとは話さない——って、言われてしまったそうよ。それからは言葉にできなかったみたい」
「本当に、家族愛が強いんですね」
想像以上のエピソードが飛び出した。コーサスの家での姿を知ってしまうと、俺の中のイメージが変わった。
「それで、私がエミールに会う前にコーサスへ手紙を送ったの。『私なら娘さんの結婚を取り消すことができます』って」
「それだけですか?」
「ええ、次の日にはこれが届いたわ」
アメリアは新たにもう一枚の他が身を机の上に出した。送り主はコーサスで、『是非ともできるならばやってもらいたい』と書かれている。手紙の最後には、自分が関わっていないようにしてほしいとも書かれていた。
どこまで、この父親は娘に嫌われたくないのだろうか。
「それで、なんとコーサスさんに返したのですか?」
「コータスには手紙は返さなかったけど、エミールに手紙をだしたわ」
「もしかして、俺のことを餌にしました?」
「うそ、よくわかったわね。気付かなかったら、はぐらかして伝えるつもりだったのに」
エミールが呼び出されて、わざわざこちらに足を運ぶ内容が俺以外に見つからなかっただけだ。
「コータスさんはエミールに手紙が来たことで、アメリアが引き受けたとわかった。アメリアが代償を求めるだろうが、頼ることを選んだ。自分だったら、後見人の立場を使って代償をなかったことにすることもたやすい、と理解したうえで」
「最後に私はエミールに『私せっかちだから、早くしないと彼を取っちゃうかも』と伝えた。これで、計画のすべてが終わった」
俺の分からなかったところが全部明白になり、すべてのつじつまが合った。
「そして、帰ってきた娘は平民の男とは別れると言っているが、サインしろと持ってきたのは私たちの結婚の紙だった」
「それは、コータスさんは悩んだでしょうね。息子か娘か」
「コーサスは奥さんを早々に亡くしている。娘を思うのなら、選ぶも何も選択は一つだったわ」
つまり、こうなることは全て計画だったと。俺はアメリアと一緒に戦っているつもりでいたが、俺はアメリアのコマでしかなかったようだ。すべてを知って、自分の無力さを実感する。これは聞かない方がよかったのかもしれない。聞かないでいたらまだ自己満足に浸っていられた、俺はアメリアの力になったぞと。
俺が落ち込んでいる中、アメリアがロートンに部屋から去るように命じた。ロートンは何も言わず部屋から出ていく。書斎は俺とアメリアの二人きりになった。
「ここからが本題よ」
俺は、顔を上げてアメリアと向き合う。
「リオンは今の話を聞いてどう思った?私のことが嫌いになったかしら?」
「そ——」
そんなことない、とその場しのぎのセリフを言おうとしたとき、俺の口にアメリアの人差し指が置かれた。強い力で押さえつけられているわけではない、それなのに俺の口は開かなかった。
「リオン、最後まで話を聞いて?」
今までのアメリアでは見たことのない、絞り出すようなか細い一声だった。
「私はリオンに悪いことをしたのは分かっている。私はリオンのことが好き、それは心からの真実、だけども、リオンと同じくらいここが好き。それはこれからも変わらない」
言葉が震えている。今まで、こういった自分雄気持ちをさらけ出すなんてしたことがないからだろう。それでも、アメリアは言葉を紡いでいく。
「だから、リオンここから出て行ってもいい。もちろん、奨学金を払えなんて言わないし、リオンが出ていったからといって、リオンが不利にならないことはしないって誓う。契約書として紙に書いたっていい」
もう、俺の口にアメリアの指は置かれていない。書斎の扉に鍵はかかっていない。窓からだって、いつでもここから出ていける状況だ。書斎を見渡して、アメリアに視線を戻した。
その時のアメリアの顔を一生忘れられない、そのくらい可愛らしく。
「最後にね、リオン。好きな気な人と結婚したい、これは本当の気持ち」
————だって、私も女の子なんだから。
と、言った。
アメリア様だって16歳の女の子。
次は主人公の決断からです。




