第4話 二人っきりだね
夕食後、書斎の扉をコンコンと三回ノックする音が聞こえる。俺は書斎の本棚で目に付いた本を読んでいるときだった。
「どうぞ、入っても大丈夫です」
「邪魔するわ」
ノックの仕方からロートンでないことは分かったが、想像外の来客が訪れた。アメリアは書斎に入って扉を閉める。俺は慌てて、今いる仕事机からソファへ移動した。アメリアにも座るように勧める。
「ありがとう」
アメリアは勧められたところに座った。彼女は昼間のドレスから着替えていて、寝巻のようにゆったりとした服を着ている。でも、髪は昼間のままで肩から髪を前に流していた。
何かお茶でも用意した方がいいかと思ったが、俺が一人の時に書斎に来たのはロートンしかおらず、何をするのが正解かも分からなかった。
そんなことで悩んでいる中、また扉をノックする音がする。次に来たのはロートンで、彼はお茶のセットを持ってきてくれた。アメリアが頼んだものらしく、俺らの前に配膳してくれた。そして、そのまま置いといてくれたら明日片づけに来ます、と言い残して書斎を出ていった。
「アメリア、どうされたんですか?」
来てから何も話さないアメリアに俺の率直な言葉をかけた。変な気遣いは今はいらないような気がした。
「用事があったのでは?」
「そうね、あなたにしっかり説明をしなければって思ってきたの」
「説明と言うと?」
「コーサスの事とか、家の事とか、とりあえず一から説明するわ」
「はい、俺も気になっていたところです」
昨日連れてこられて、の今日だったので仕方ないことはあるが、俺の知っている情報は授業で知っているくらいしかない。アメリアが来る前に本を読んでいたのはその少ない知識を補おうとしたことだった。
「まず、私たちの今治めているところは、ミールテイン国のルミアート領サウスレイン地区ね」
「それはもちろん知ってます」
「そして、ルミアート領は私のファミリーネームでもあり、私の親族が領主よ。そして、その中のいくつかに分かれた地区をその親族内で配分して地区主になっている」
ここサウスレイン地区は農業や牧畜、それに景色を売りにした観光業で成り立っている。他の地区でも様々な特色があり、中央地区では王都のレベルで発展している。ルミアート領もこの国では大きい方の領にカウントされていたはずだ。
「それで、今日あったコーサスも他の地区主をやっている。だから、忙しくてうちに来れるのは月一回——」
「それが、今日だったんですね」
「そう」
「でも、忙しいって理由のほかにも、隠しごとがあるように感じましたよ。コーサスさん」
「私がここに来た理由はそれよ」
ここでアメリアは一回お茶を口にして、まず——と話始めた。
「率直に言うと、コーサスはこの地区を欲しがっている、だから引継ぎ期間が終わる前に私が結婚されてしまうと困るわけなの」
あらかた、予想どおりだった。どの時代も金と土地で貴族は動いている。今回もその一例ってことだろう。
「でもそれって、土地が広がる分収入も増えますけど、土地が広がった分仕事も増えて大変だと思いますが」
「確かに他の人ならそうなるだろうけど、コーサスは違うの」
「違う?」
「彼はとても親バカなのよ」
「はい?それが何かと関係が?」
「普通は親の土地を継ぐのは長男だけなの。でも、コーサスは次男にも土地を譲ってあげたいと思ってる。そしたら、たまたま手の入りそうな土地があった」
「その思惑があったから、あそこまで結婚に反対していたんですね」
「コーサスは自分の兄の土地だろうが、奪い取るやつよ」
そんな思惑が混ざっていたからこその昼間の緊張感だったのか。それに子煩悩と言った時の表情が、苦虫を噛み潰したような顔をしていたのは、これが原因だろう。
「それでは、結婚のサインもらうのとか無謀では……」
「そうね、でも貰わなければいけないのよ」
「俺が農民なのが原因じゃないですか?」
コーサスがいくらこの土地を息子のためにと思っていたとしても、俺が貴族だったら何かが変わったかもしない。その証拠にさっきの話の中でコーサスは俺が平民であることを気にしていた。
「だから、そんなことは気にしていないって言ったでしょ」
「でも、」
「でもじゃない、リオンが貴族だったとしても何も変わらないわ」
吐き捨てるような言い草だ、アメリアはバリバリとお茶請けのクッキーを食べた。アメリアは俺が平民なことは気にしていないと言っているが、周りの人たちは気にするのだろう。ここの生活はとても良いものだ。ご飯は美味しいし、ベットはふかふか、俺もこれを体験してしまっては家に帰るのも逃げるまではないと思い始めていた。
それと同時にアメリアがここを好きなのはよくわかった。だから、別に俺との結婚をここで『やっぱり無し』、と消してもらっても構わない。アメリアがしたいことができるなら、追い出されたとしても契約がどうのだとか、アメリアが不利になることは絶対に口外しない。——でも、奨学金は払いたくないかも。
「リオンのことは、結婚すると決めてから細かく調べた」
「ろくでもない事ばっかりでしょうね」
「ええ、生まれはサウスレイン地区のミルライン家。子供時代から頭がいいのは周りも知っていたが、さぼりやいたずらの常習犯。学校は周囲の勧めもあって、奨学金を借りて領内随一の貴族も通う領立学園に途中編入。成績は毎度の試験で学年首位。卒業後は、王都の中枢機関に就職、エリートコースをまっしぐら」
我ながら、輝かしいな。俺はこう見えても、領内で一番頭のいい学校で一番頭がよかった。「がり勉でもしていたのか?」っていつも聞かれたが、勉強はあまり好きではなかった。むしろ体を動かす方が好きだった。それでも、やっていることと言ったら本を読むことだったと思う。体を動かすくらい本は好きだった。それもジャンルは関係なく読めるものは手当たり次第に読みふけった。
「そして、就職した機関を一年で辞めた。理由は『お前らがきらい』の一言。それからは実家に戻って家業の手伝い」
「そんな。人生だったかな?」
「かなって、あなたのものよ」
「やっぱり。俺はアメリアと釣り合わない。仕事を一年で辞めたせいで学歴もおじゃんです」
「やめたのは正しい判断よ、そこの人達私も嫌いだもの」
俺が中枢機関なんて名前はいいが簡単に言うと貴族の使い走り機関だった。でも、貴族との接点ができるから、乗り越えた後のリターンは大きく平民から見たらあこがれの機関だったと思う。
この、アメリアの嫌いとはどちらのことを言っているのか、貴族にごまをする機関の人か、それとも貴族の方にか。
「どっちもよ」
「え?」
「あら違った?リオンの疑問に答えられたはずだけど」
驚きで口を開けない。アメリアのいった言葉はまさしく俺の頭に浮かんだ疑問への答えだった。偶然だろうと俺は思ったが、彼女の表情を見るには狙ったことのようだ。
「でも、これを他の誰にも言ったらだめ、私には一つ夢がある。そのためには君が必要」
「はい……分かりました」
「では、どうやって結婚のサインをもらうのですか?」
「それを話すために、ここに来たの」
回り道を始まってしまったが、アメリアにはまだサインをもらう方法があるらしい。俺はサインが無かろうか、結婚してしまえばいいと思った。だが、それだと正式な夫婦とは認められないらしく、土地もこのままコーサスに渡ってしまう。
よって、アメリアは何が何でもサインをしてもらわなければならない。
「でも、どうやってです?コーサスさんの説得は無理そうですよ」
「さっき私、コーサスは親バカと言ったわね。それを、逆手にとってコーサスの子供に協力をしてもらうの」
「確かに、それならできそうですが。そんな簡単に協力してくれる人なんていますか?」
「それは、大丈夫。腐ってもいとこ同士で面識が全くないわけではないし、私が協力をしてもらおうって考えているのは、貴族も平民も特に気にしないって人だから。きっと話を分かってくれるはずだわ」
アメリアの考えはこのままコーサスを説得するよりは現実的だろう。
「その方はいつ来るんですか?」
「えっと、これから誘うところだから。一週間はかかると思うわ——そうしたの?リオン安堵したような顔して、そんなに私の計画って不安?」
今回も、いきなり明日だからと言ってくるのではと懸念があった。今回は急ではないことに俺は安堵した。俺も、今日の反省を次に生かすためにも時間が欲しい。
「それじゃあ、伝えることも伝えたし部屋に戻るわ」
アメリアがソファを立ち上がり、扉に向かう。俺も一緒に立ち上がって部屋の扉を開けた。
「ありがと」
「いえ、俺を言われることでは」
「最後にリオン、あなたを選んだ理由はただ学歴とか平民とかだけじゃないから……」
「え?」
聞き返す前にアメリアは扉を無理やり閉めて、部屋を出ていった。これは、俺も力に立てるように頑張らないと。
三日後、俺が書斎で本を読んでいると、ノックなしに入ってきたアメリアが「今、あっちから返事が届いて、明日の昼にはうちに来てくれるそうだから!」と言ってきた。その時の彼女はご機嫌な笑みをしていた。
あっけにとられた俺は無視で、アメリアは言うことを言い終わったときには、もう扉が閉まっていた。やっぱり、アメリアにゆとりを持つという考えはないらしい。
夜に個室で男女二人っきりなんて、やることは一つですよね(反省会)。
次は娘さんと会います。




