第3話 サイン下さい!
大きく開いた窓から、日差しが差し込む。
日差しが届いているわけでもなく、部屋の気温が高いわけでもない。それであっても、さっきから喉が渇いている。喉を潤そうにも何かを飲もうなんて思える状況ではなかった。俺はただ笑みを顔に張り付け、その場に座り続ける。
俺以外の人、アメリアと後見人コーサス・ルミアートは俺の隣で向かい合って座っている。俺側にアメリア、テーブルをはさんで向こう側にコーサスといった感じだ。
俺にとって身動きをとるのも大変な圧迫感だが、二人は談笑をしていた。お互い飲み物にも手が伸びているようだ。二人が話している会話を黙って横で聞く。もちろん、顔は崩すことはなく。質問が飛んできた時だけ、台本のとおりに返答をする。
俺は何もせず、ただ横にいるだけ。そんな台本が決まったのは昨日の夜だった。
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「どう?うちのシェフの料理は?」
「美味しかったです」
「それは良かったわ」
個々での料理はものすごい贅沢というわけではないが、品数も多く味は言うことなしだった。そんな料理を俺は食べて満足感に浸っていた。
「じゃあ、移動するよ」
「はい」
広いダイニングルームから出て、アメリアが向かったのは二階への階段を上がった直ぐ目の前の部屋に入った。あれもアメリアの後ろをついていき、その部屋に入る。
「ここが、今日からあなたの書斎ね。とりあえず、仕事はここでやってもらうわ」
書斎と呼んだ部屋は、名前のふさわしく、両脇の壁には天井まである本棚が並べられ、本棚の中にも本がぎっしりだ。窓側には本棚は置かれてないが、重厚そうな仕事机が窓から少し離れておかれている。部屋の真ん中には、ローテーブルを挟むように1セットのソファが置かれている。
「部屋はあとでいくらでも見ていいから、今はひとまず座ってくれないかしら」
「あ、はい」
俺が部屋を見入ってしまってたことに、アメリアの言葉で気づいた。ここが俺の部屋だと思うとどうも口角が吊り上がってしまう。アメリアに促されたように真ん中のソファに腰を掛けた。
「それで、明日の話なんだけど」
明日来る人によってサインをもらえるか決まるのだから、絶対に成功しなければならない。脅されているといっても承認は自分でしてしまっているので、仕方ない。姿勢を正して自分に活を入れる。
「明日は——リオン、あなた何もしなくていいわ」
「え?」
アメリアの口から出たのはいきなりの戦力外通知だった。やる気を出したというのにいきなりのことで、ガクッと体の力が抜ける。
「なにもしなくていいとは言ったけど、最低限のことはやった上で何もしないでほしいの」
「というと?」
「ずーっと、笑顔を張り付けた状態で、聞かれた質問に答えるだけでいいの」
アメリアも俺のことを気遣ってくれたのだろう。俺は話すだけでボロを出すことはしない。だけども、ここは彼女の優しさを受け取ろう。
「分かった」
「質問には、この台本に書いてあることで答えてね。堪えられないのが来たら、私がフォローするわ」
アメリアから渡された、紙の束を手に取る。紙に詰め込まれるようにして書かれている文字をざっと目で追う。台本もあるならもう明日に向けての不安はなかった。
明日は余裕だな!——とその時は思っていた。
「それで、後見人の説明をするわね」
「親族の方ですか?」
「うん、名前はコーサス・ルミアート、お父様の弟にあたる人で、私から見たら叔父にあたる方ね」
「もしかして、怖い方?」
「いえ、そんなことはないわ。ルミアート家では比較的人ができたほうよ。まあ、お父様ほどではないけどね」
「そうなんですね!」
なんだ、家を取られたくないとか言っていたから、無理やりここ、サウスレイン地区を奪おうとしている悪人を想像してしまっていた。
「ただ——」
「ただ?」
「ものすごい、子煩悩」
「え?」
俺は「そんなことか」と思ったが、それを口にしたときのアメリアは本当に嫌そうな顔をした。
「明日は私がなるべく、勧めていくからそれに合わせてね」
「分かりました」
その後は軽く明日の流れを確認して話は終わった。
話終えたアメリアはソファから立ち上がって、部屋から出ていった。その、出ていく直前
「おやすみなさい、リオン」
と言い残して、扉を閉めた。やっぱり、顔はいいんだよなアメリアは。
「おやすみなさい、アメリア」
もう、聞こえていないだろうけど俺も返した。俺の寝室もこの部屋の隣にあって、書斎からの扉でも移動できた。寝室に置かれているベットに飛び込んで、このまま寝てしまおうかと思った。こんなにふかふかなベットは久しぶりだ。すぐに寝れてしまうだろう。
でも、あともう少し台本を読み込むことにした。明日は失敗させたくない。
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朝食はアメリアとは別だった。ダイニングルームで、むさやむしゃと食事をとる。朝も変わらず美味しかった。
着替えにはロートンが手伝ってくれた。一張羅は身に着けたことはあるが、その時とは比べ物にならないくらい高級な素材を使っているようだった。その後、ロートンから作法の軽い注意を受ける。どれも、学校の時の時と変わらなかったので簡単に頭に入った。
軽く、台本を見直した後、コーサスが到着する予定時間よりも余裕をもってエントランスに向かった。
そこで、今日初めてアメリアと目を合わせた。アメリアは昨日の動きやすい服装とは違いって正装って感じだ。昨日よりもドレスには布が増え、髪の束を右肩から前に流している。髪の色に合わせただろうドレスを着るアメリアは、まさに本物のお嬢様と言った風格だ。
「リオン、似合っているわ」
「ありがとうございます、アメリアもお嬢様みたいです」
「何言ってるの、本物のお嬢様よ」
「そうでした」
アメリアもクスッと笑みをこぼした。さっきまでの表情が少し柔らかくなったような気がする。きっと俺の笑顔も自然なものに近づいただろう。
そとで、二匹の馬の足音と馬車の車輪が車体と擦れる音が近づいてくる。
「さあ、行きましょうか。ちゃんと笑顔で」
召使がエントランスの扉をあける。俺とエミリアは外へ客人を出迎えに行った。客人を招き入れると、裏庭と接したところにある応接室へ移動し、今に至る。
三人がそれぞれソファにおろし、アメリアとコーサスは定型の挨拶を交わし、今は特になんともない談笑をしている。
コーサスは身長が高いわりに横の幅がなくひょろっとした感じを受けた。いかにも貴族という風格ではなく、作業服を着ていた方が似合いそうだ。
しゃべり始めててすぐは仲がよさそうに見えた二人だが、俺は二人の間に少しづつ違和感を感じ始めた。お互い、相手と仲良くはしようとしている。でも、たまに相手を探ろうとしている感じが出ているのだ。それが、アメリアだけでもなくコーサスからも。
「そろそろ、本題に入りましょうか」
先手を打ったのはアメリアの方だった。このまま話していても、頭がついていけないと思ったのだろう。
「アメリア、本題というのは、そこの方と結婚するということでしたな」
「はい、そうです。なので、結婚するために後見人であるコーサス叔父様のサインが欲しいのです」
「ほう」
本題に入ってから、さらにこの部屋に圧迫感が加わった。俺は、もう口を開く気も出なくなった。昨日は余裕だとか思っていたが、アメリアの判断は正しかった。質問に答えるだけであっても台本が無ければミスをしていただろう。それに、コーサスは俺のミスを逃さない、見つけたらそれをうまく利用するだろう。結婚の挨拶の場は商談や交渉のような空気に近かった。
「アメリア、結婚と言いましたが、あなたには少し早いのでは?」
「いえ、私も学校を卒業して16になりました。法律では結婚もできます」
「法律がどうのではなくてね」
「この家のためにも私は早く結婚しなければならないのです」
「いくら家の為にといっても、相手は平民だろう?それはほんとに家の為になるのかね?」
「いえ、彼は——」
結婚を認めてもらいたいアメリアとそれを認めようとしないコーサス、話は平行線だった。コーサスはなぜこんなにも結婚をよく思ってイなのだろうか。確かに俺は平民だし、アメリアは学校を卒業したばかりで結婚は早い年齢である。コーサスの言っていることは正しい。でも、これは本心ではないような気がする。どうしてもアメリアを結婚に結婚をしてほしくない理由が他にあるようだ。
そのあとも、話に変化が来ることもなく。最後までコーサスのサインをもらえることはなかった。
コーサス見送ったあと、アメリアは俺に何を言うわけでもなく自室に戻ってしまった。顔は見えなかったがとても落ち込んでいるようだった。——俺が貴族で力があったのなら何か変わったのだろうか。
貴族はせっかち(偏見)
次は反省会です。




