第2話 執事がダンディー
「見えてきたわ、君がこれから一緒に住む家」
アメリアが指を指す方角の丘に屋敷が聳え立っていた。
今離れているところからちらっと見ただけだが、ここから見てもはっきり見えるのだから、ほんとに大きな建物だろう。やはり、地区主でもちゃんと貴族なんだな。
「あの、俺は貴女をなんて呼べばいいんですか?」
「呼び方決めてなかったわね」
「やはり、アメリア様ですか」
「まあ、夫婦な訳だし。呼び捨てでいいんじゃない?私はリオンって呼ぶから……あ、それとも旦那様がよかった?それとも、だ、ダーリン?」
アメリアは俺をからかっているつもりだろうが、自分の方が顔が赤くなってしまっている。恥ずかしいなら言わなければいいのに。
「分かりました、俺もアメリアと、呼びます。他の方々は」
「何でも、いいんじゃない?」
「わ、わかりました……」
こういうところもしっかり考えておいてくれたらいいのに。とりあえず敬語だけ意識することにして、あとはその場に合わせればいいのだろう。何とかぼろを出さないようにしなければ。
「おかえりなさいませ、アメリア様」
馬車の外側から、ハスキーな男性の声が届く。馬車は屋敷の前についていた。ということは今の声は屋敷に働いている執事が言ったところだろう。
「ただいま、ロートン」
扉を開けたのは、背の高い初老の男性だった。アメリアはロートンと呼ばれているその執事の手を取り馬車から降りる。
それにしても、ロートンは背が高い。アメリアの二倍はあるんじゃないかという高身長に執事服の上からもわかる引き締まった肉体。白髪の混ざった髪はびしっとオールバックでそろえられて、身動き一つ一つが洗練されている。それであのハスキーボイス、男の俺でも惹かれてしまう。
「で、そちらが。アメリア様のおっしゃられていた、結婚相手の方ですかな?」
「ええ、そうよ。リオン、挨拶してもらっていい?」
自分の名前を呼ばれ急いで馬車から降りて、あいさつをする。
「リオン・ミルテインです。よろしくお願いします」
頭を下げていて顔が見えていないが、これは見ていなくてもわかる、あまり歓迎されていないようだ。
「そういうことで、よろしくねみんな。さ、お屋敷に入りましょうか」
「あ、はい」
アメリアに促されて、屋敷に足を向ける。俺の気持ちは帰りたいの一心だが、ついていくしかなかった。
「アメリア様、本当にその方と結婚なさるつもりなのですか?」
「ええ、いたってふざけてはいないわ」
「そ、そうですよね!こんな農民がアメリア様となんて!ねえ?」
主人と執事の間に不穏な空気が流れる。
ここだ、このタイミングをうまく利用したら、アメリアも気を変えるかも!と、話に混ざってみる。
「貴様、アメリア様の検討違いとでもいうのか?」
「え?いやそんなことは……」
「ふん、その曲がった根性たたき直してやる」
完全に裏目ってしまった。俺の考えではここで、家に帰ることができているはずなのだが。このままでは土にかえることになったしまいそうだ。助けを求めアメリアに目を向けるが、さっきの俺の行動が気に食わなかったらしい。こちらを見ようともしない。
そんな俺がロートンに連れて行かれたのは、屋敷の裏手にある開けた庭だった。周りは草木が整えられて、季節の花々が風に揺れているが、ここだけ何もなく広く開けている。
ここに連れてくるまで抵抗を試みたが、実行する前につぶされていった。
「ほら、受け取れ。剣くらいは貸してやろう」
ロートンが投げた剣が俺の足元に突き刺さる。本日二回目の突き刺さった剣だ。それに、一回目同様、本物の切れてしまう方で。しぶしぶ柄に手を伸ばして、剣を引き抜く。
「なにを突っ立ている、早く来なさい」
「え、でも、あなた何も持ってませんが?」
「そんな気にしている暇があるのかな?」
どうしても、一戦やらなければいけないらしい。
俺たちについてきたアメリアを見るが、彼女は急増された観戦席で優雅にティータイム中だ。旦那様が窮地なのになんとのんきなことか。
仕方ない、ここで俺の本気見せちゃうか。相手は体がでかいからと言って年寄りだ。勝算は——ある!
剣を上段で構えて、駆け寄っていく。そのあいだ、ロートンは何も動かなかった。
剣の間合いに入ったところで振り下ろす、こう見えても、少しは剣術の心得がある。致命傷になる前に剣は止めてやろう。
「そんな、剣が当たるとでも?」
今まで棒立ちだったはずのロートンは、背中をかがめるようにして、低い姿勢を取っていた。
危険を感じて、すぐさま足を引く。これは、やばそう。
「そのまま突っ込んできてら、死んでいたぞ……」
「え?」
腑抜けた声が漏れた。剣を持っていないと侮っていた相手が、水が手のひらの上で滞留し水球をつくっている。見る見るうちに水球内の流れが激しくなっていた。
これは本物の魔法!?
「しねええええ!」
激しい雄たけびと共にロートンの繰り出した水球が俺に迫ってくる。近づいてくるたびに大きさが一回り二回りと大きくなっていく。あ、ほんとに死んだかも。これに巻き込まれたら人の体では耐えられなさそうだ——まだ、死にたくないのは変わらない。力を足に込めて横に地面をけった。
水球はよけることができたが、勢い余って花壇の中に突っ込んだ。よけられたことにロートンは驚いた顔をしている。突っ込んだ花壇の横に立っていた、庭師のおじさんはもっと悲惨な顔をしていた。
「おい!アメリア!魔法なんて聞いてないぞ」
「言ってないんだから、聞いてるはずないじゃん」
「旦那が死んでもいいのかよ?」
「大丈夫、あなたがそれくらいで死なないのは知っているから」
「おい、お前アメリア様にその口の利き方は何だ?」
あっ、やばい敬語を忘れてた。これは、ロートンもお怒りだ。さっきの何倍もの水球をつくっている。これは、マジで地面がえぐれるレベル。
「ま、関係ないけど」
さっきよける時は足だけだったが、今回は全身に力を回す。ロートンに向かって全力疾走で近づき、剣の柄で首うらをたたく——ここでロートンは顔からその場に倒れた。
魔法は強いが、実戦で使えるほどではない。とにかく効率が悪すぎるのだ、それに制御も難しい。なので、剣や火薬を使った武装を使った方が強いというのが今の主流だ。それでも、ロートンは魔法がうまかった、戦えるレベルで使えていたのだから。でも、ラグができてしまうのは変わらなかった。ラグ無しで魔法が使えるのはこの国でも数人ほどしかいない。
と、今の戦闘を振り返っているところで、戦闘中の俺の口調が素に戻っていたことの重大さに気付く。やばい、と思って周りを見渡す。そもそもこの戦闘を見ていたのはアメリアだけだった。
「えっと、アメリア、さっきの言葉遣い忘れてもらえたりします?」
「え、忘れないけど」
「そこを何とか、知られたりしたら何が起こるか、」
「忘れることはないけど、告げ口なんてしないわ。安心していいわよ」
「ほんとですか!? アメリア様!」
やはり、頼れるのは奥さんだけだ!今の瞬間だけはアメリアでも女神さまに見える。
「さっき、庭師も見ていたけれどね」
そうだった、さっき俺の近くで絶望に浸っている人がいたじゃないか。誤解を解くために急いで、庭師のところに向かった。
庭師は俺のことを気にしている場合ではなかったらしく、花壇に突っ込んできたあとは何も来ていなかったらしい。花壇をめちゃくちゃにしたのは主に俺のせいでもあるので、今度手伝いに来ると伝えた。
何とか不安因子を解消できたところでアメリアのところに戻った。
さっき俺が寝かせたはずのロートンが起き上がって、服のヨレを直している。見た目道理に体は頑丈のようだ。
「あのー、お怪我ありませんでした?」
「いや、大丈夫だ。あんなにも強いなど、しょせん一般市民と見ていた無礼許してほしい」
ロートンは素直に謝罪の言葉を言って頭を下げた。
「い、いえ、気にしないでください」
俺はロートンに頭を上げてもらうように促した。なんだかんだで優しい人なのかもしれない。
「私にはそんな言葉づかいをしないでくれ、こちらもリオンと呼んでもいいかね」
「あ、ぜひ。言葉遣いはこっちのほうが自分は好きなので……すみません」
「そうか——、分かった」
借りていた剣をロートンに返す。ロートンは俺のことを認めてくれたらしい。本当は帰れと追い出してもらうのがよかったが、この結果になったのも仕方ない。
「アメリア様、いつ頃ご結婚のサインをもらうのでしょうか?」
「結婚のサイン?」
「そう、私たちお父様が亡くなってから、後見人としてついてくれてる人がいるの。その人から認めてもらって、サインをもらえたら晴れて本物の夫婦よ」
馬車に乗った時点で結婚していると思ったが、ちゃんとサインを踏むとかの手順はあるのか。
「それで、その方はといつ頃会うんですか?」
恐る恐る質問を投げかける。俺の家に来たのも唐突だったが、せめて身内は余裕を持った計画を立ててくれていると信じたい。
でも、そんな願いはあっさりとかき消された。ほら、あの時と同じ笑顔だ。
「明日よ、明日うちに来ることになってるから!」
俺は驚いたが、ロートンはまたかと呆れた顔をしている。俺もアメリアと暮らしていくうちにロートンのようになってしまうのだろうか。この笑顔を見たときに、またかと思うように。
かっこいい主人公を目指した結果です。
次は後見人と対面します。




