クリスさんのサーカス2
何も言えなかった事を悔しそうにしているクリスさん。
おそらく、シェンはずっとあの調子なのだろう。
シェンが立っていた場所を見つめるクリスさんの目には、様々な感情が宿っているように思えた。
「あっ、すみません…お見苦しいところを見せてしまいましたね」
はっと我に返ったクリスさんが、ぺこりと頭を下げた。
「その…ちょっと変わった子もいるんですね」
驚いたけれど、何も気にしていないように振舞う。
「…何も話してくれませんけれど、たぶん色々抱えているんだと思います」
クリスさんが悲しそうに笑った。
「なんとなく察していると思いますけれど、子供たちにはここにいる事情があるんです」
ついこの前、ロック様が孤児院にいた話を聞いていたから、もしかしたら似たような境遇の子もいるかもしれないと考えてしまっていた。
全員とお会いしたわけではないけれど、このサーカスには大人の女性が少ない。
仮に全員が誰かのお母さんだったとしても、ちょっと現実的ではない感じ。
「…じゃあ」
声に出してしまってから、私はあわてて口を紡いだ。
「………あっ、僕は自分の意志でここに入ったんですよ」
クリスさんが私の挙動を不思議そうに見た後、その理由がわかって手を振った。
「そ、そうなんですか」
「はい。前にも話しましたが、僕の芸はおじいちゃんから教わったものです。
別におじいちゃんは芸を生業にしていたわけではなかったのですが、僕はもうこれで生きていくと決めちゃいまして」
ちょっとだけ自分語りをしてしまい、クリスさんが恥ずかしそうにする。
「すごいですね」
私はそんなクリスさんを素直に尊敬した。
「えと、何がですか?」
「その…年上のクリスさんに言うことではないかもしれませんけれど、こんなに早く自分の人生を決められるなんて」
「そ、そうですか?僕は別に普通だと思いますけれど…。
お城で働いている人たちや、セツナさんだってあまり歳が変わらないじゃないですか」
た…たしかに、言われてみるとそんな気がする。
マリーも、レオナさんも、アッシュも、ボガードも自らの意志でお城へ来ている。
それでも、クリスさんは特にすごいと思った。
おそらく彼は、もう自分以外のためにも生きている。
団員の人たちとの会話や、子供たちとの触れ合い、シェンへの想い。
クリスさんはこのサーカスの、文字通り支柱の一本だった。
私も早くから働いている方だし、誇りを持ってやっていた方だけれど、みんなのように立派な人間な気がしない。
社会の裏でどんなに活躍していても、私はどこかまだ子供だったのだ。
「もう、褒めているんですから、素直に喜んでもよくないですか?」
今思ったことを言葉にしてもしょうがないので、クリスさんの話に戻す。
「えと、そ…そうですね。ありがとうございます」
言わされている感が強かったが、とりあえず良しとする。
「セツナさん、とりあえず舞台に上がってみますか?」
「みます!」
舞台裏の方へ歩いていく。
組み立て式の階段はそこにしかなくて、それ以外はよじ登るしかない。
舞台へ続く道に立つと、地面とは違った足音になった。
板の上にいるって感じ。舞台裏で何かをするわけではないから、これでいいのだろう。
舞台へと歩き、簡易的にかけられている幕を潜る。
私の目に映ったのは、さきほどまで遊んでいたテントの中。
一度見ているので、どこに何があるかもだいたい把握している。
だけど、なぜか少しだけ特別に見えた。
ここがいつか観客で埋め尽くされ、私の立っている所だけが照らされている光景を想像する。
貴族のパーティーで少し経験しているから、ちょっとだけリアルにイメージできる。
それだけでドキドキしてきた。
みんなの期待を一身に受け、拍手の嵐の中、己の芸を信じて前に立つ。
それがどれだけ凄い事か。
「なんか…様になってますね」
クリスさんがちょっと関心したように言った。
「そうですか?」
「はい。あれだけのメンバーの前で堂々とやりたい事を話せる人だっていうのもあるんですけれど…」
たぶんデート宣言をした時のことを言っているのだろう。
私としてはよく知っている人たちだったので大した事ではなかったけどね。
「…あの、ですね」
クリスさんが、なにやら言葉を選んでいる。
「あーそうだ。華があります」
「華…」
私が思わず復唱すると、クリスさんの顔が赤くなる。
「えと…ですね。あまり深い意味はないと言いますか」
あー、無難な表現を選んだつもりだったのだけれど、クリスさん的には思っていたよりも色気がある表現だったのかな?
「えへへ、ありがとうございます」
まぁ、そう言われて嫌な気分になる人なんていないでしょう。
それに一流パフォーマーに言われたとあればだいぶ価値がある。
「………」
照れ笑いをする私を、クリスさんがじっと見ていることに気が付く。
「セツナさんって、聖なる巫女になる前は何をされていたのですか?
それとも、生まれた時からそうだったのですか?」
「えっ?」
久しぶりにその事に触れられた気がする。
そっか、クリスさんには私の事を何も話していない気がする。
どこまで話していいのだろう?
自分で言うのもなんだが、私の人生は普通じゃないを通り越して異常と言ってもいい。
どうしても嘘っぽくなってしまう。
でも、誤魔化す意味が無いと私は思った。
「私は、ここに来るまで、悪い人達と戦っていました」
「人…人間とですか?魔物ではなく」
「うん、包み隠さず言うと、命を奪うこともあった」
社会を裏から守っている。
それだけなら聞こえはいいが、そのためにはそれ相応の事もしている。
クノイチとはそういう存在。聖なる巫女とは対照的かもしれない。
「そ…そうだったんですか…」
「…軽蔑しましたか?」
流れで尋ねることができたけれど、ちょっとクリスさんの顔を見ることができなかった。
「そんなことはないです。
世の中にはどうしようもない悪人がいるだろうし、それを誰かがなんとかしないといけないのはわかっています。だけど、それがどういうことなのか、ちゃんとわかっていないだけかもしれません」
騎士や傭兵ならともかく、一般人であるクリスさんには想像もできない事だろう。
虫すら殺したことが無い人がいるかもしれない。それが普通の暮らしである。
「うん」
私は頷くことしかできなかった。
「…でも、だからそうなのかもしれません」
クリスさんが二人で舞台に立つように、横に並んだ。
「セツナさんは、僕なんかじゃ想像もできないような人生を歩んでいる。
しかもそれを全部背負った上で、みんなの為に前へ進み続けている。
こ…こんなこと言われても女子はうれしくないと思うけど、とても強い人なんだなと改めて思いました。
その強さが、少なくとも僕には眩しく見えたんです」
クリスさんにそう言われて、ちょっとだけうるりときてしまった。
強いとは散々言われてきたけれど、内面を褒める意味で言われたのはとても新鮮だった。
しかもその強さのおかげで、私自身が良く見えたとも言ってくれている。
なんか、ただの人間としての私を見てくれているような気がして、うれしくなってくる。
「ご、ごめんなさい。急に変なことを言ってしまって…」
「そんなことないです」
「そう…ですか?」
「うれしかったです」
私が笑顔でそう答えると、クリスさんは恥ずかしそうに目を逸らした。
なんかいい感じになったかも。
この少しこそばゆい雰囲気が気に入ってくる。
「あーいたいた」
その余韻に浸っていると、舞台横からおばさんの声がした。
見てみると、私がサーカスを見に行った時に案内してくれた人だった。
「セツナちゃんだっけ?
せっかくだからサーカスのごはんも食べて行ってよって思っているんだけど、どうだい?」
「いいんですか!?」
「もちろん、ここは男くさいからね。女の子はいつでも大歓迎だよ」
若干水を差された感がなかったわけではないが、サーカスのごはんは普通に楽しみだった。




