クリスさんのサーカス1
街のはずれの広場には、最近大きなテントが建てられた。
お城から直々の申請がり、カザンガという街からサーカス団がやって来たからだ。
近々、王国での初公演を控えていて、その話はお城にいる私の耳も届いた。
お城があるのでとても栄えた街ではあるのだが、若干娯楽に欠けるところがあるようで、サーカスは期待の的になっている。
私は今、そんなサーカスのテントの中にいる。
観客席は無く、そこには色んな機材や荷物が並べられていて、ものによっては2メートルくらいの高さがある物まである。
ちょっとしたアスレチックのようになっていて、そこから子供たちの笑い声と走り回る音がする。
「おりゃー」
男の子が私に向かってボールを投げる。
「なんの」
ちゃんと私の動きを読んで投げられたボールが飛んでくる。
私はそれをスライディングで躱し、側転しながら体制を立て直す。
「もー!なんで当たんないんだよ!?」
最初はボールを投げ合う鬼ごっこをしていたのだが、いくらやっても私を鬼にすることができないので、いつの間にか私を集中攻撃する遊びに変わっていた。
サーカスで日々訓練しているだけあって、子供といえど侮れない運動能力を持っている。
子供と遊ぶのが楽しい上に、そこそこスリルがあって私自身も楽しんでいた。
「クリス!そのお姉ちゃんを連れてきた責任として捕まえて!」
ちょっとませた性格の女の子が大きな声で指示を出す。
「そ、そんなー…」
と言いつつ、私の前に立ちはだかるクリスさん。
「よし、そのまま抱きつけ!」
「えぇ!!」
当然そんなことはできないが、顔を赤らめながら両肩を掴もうとしてきた。
私は身を屈めてそれを避け、後ろ向きになってクリスさんのお腹に背中を当てる。
私の肩を掴むはずだった両手は空を切り、クリスさんの懐に潜り込んだ私に、覆いかぶさるような形になる。
「わっ、ご…ごめんなさい」
クリスさんがあわてて両手を上へあげる。
そのせいで一瞬クリスさんの重心が私の上に乗った。それを利用して、私は腰だけでクリスさんを背負い投げのように放る。
「ぐはっ」
少し声が出ていたが、受け身をしっかりとるクリスさん。
「なにやっているんだよ」
子供からの非難と笑い声が聞こえる。
横たわっているクリスさんを見て、どんなもんだと私は笑ってみせる。
クリスさんも困り顔で笑っていた。
こんな感じでしばらく遊び、子供たちはこれから勉強ということで、私とクリスは飲み物をもらって少し休憩をする。
「すみませんでした。その…急にあんな遊びに付き合わせてしまって…」
「いいんですよ。私もすごく楽しかったですから」
イケメンナイツ三人目のお相手はクリスさんだった。
デートについて結構頑張って考えてくれたみたいだったけれど、クリスさんには難しかったようだ。
王国に来て間もないっていうのもあるし、そもそも人付き合いが得意なタイプでもない。
そこで、デートというのを一旦忘れ、お互いをよく知るという事に焦点が当たった。
発想的にはアッシュの里帰りに近い。
サーカスの許可を得て、クリスさんの日常を案内してくれている。
最初は設備を見せてくれたり、団員さんたちと挨拶をしていたところ、子供たちと出くわして一緒に遊んだというのが今までの流れ。
思わぬ展開ではあったけれど、普通に楽しかったし、クリスさんの新しい一面を見ることにもなった。
当たり前と言われれば当たり前なんだけど、団員の人たちや子供たち相手の時はあのおどおどした感じは無い。
気が弱そうな素の部分は出ていたけれど、やさしい若者、親しみやすいお兄ちゃんだった。
「クリスさん、みんなのいいお兄ちゃんって感じですね」
「そうですか?あまり威厳が無いだけだと思いますけれど」
まぁ、それもあるだろうけれど、子供だけで遊んでいた時よりも笑い声が大きかった気がする。
それはなつかれている証拠に違いない。
それに、クリスさんの芸は一流である。
サーカスの一員であるなら、絶対にリスペクトしていると思う。
照れ笑いを浮かべるクリスさんを観察する。
ゲームでは仮面を付けているとっつきにくいキャラだったけれど、現実はどこにでもいそうな年上の男子。
ちょっぴり頼りないかわいさと、芸事に情熱を燃やすかっこよさの二面性を持つ。
イケメンナイツということもあり綺麗な顔をしている。
なんだろう。ありがとうの一言が聞きたくて、せっせと世話を焼きたくなるような雰囲気がある。
売れないミュージシャンを支える恋人って、こんな気持ちなのだろうか?なんて考えてしまう。
「ど、どうかしましたか?」
「まだ始まったばかりですけれど、早くもクリスさんのいい一面が知れたなって思いまして」
「えっ、そ…そうですか」
不思議だ。
他の人とだったら、軽い気持ちでこんな事を言わない気がする。
人のリアクションを楽しんでしまっているのだろうか?
自分自身にも新しい一面を見つけた。
「次はどんな所を見せてくれるんですか?」
「そうですねー…、ちょうど舞台に誰もいないので上がってみますか?」
面白そう。
ジャンルに関係無く、舞台というものは特別な場所だと認識しているところがある。
たとえ観客がいなくても、そこから見える景色には興味があった。
「あっ、でも上の方に一人いるみたいですよ?」
私は舞台の両サイドに設置されている高台の一方を指さした。
「本当ですか…?」
クリスさんは目を凝らしているが、誰がいるのか確認できずにいる。
私も気配を感じているだけなので、どんな人かまではわからない。
とりあえず二人で、その高台の下までやってくる。
何やら物音が聞こえた。
「何か作業をしているみたいですね」
「えっ?セツナさん、なんでわかるんですか?」
「ま、まぁ、音が聞こえてくるって言いますか…」
「へぇー、耳がいいんですね」
普通に関心された。
ちょっと新鮮な反応だったので、なんだか照れる。
しばらくすると、少し不穏な足音に変わる。
まるであの高さから飛び出そうとしているような。
音の感じからして、舞台の方へ向かおうとしている。私はそちらに目をやった。
すると、一人の少年が本当に飛び出した。
「えー!!」
体には何も付けていない。下にはネットが張ってあるがかなりの高さがある。
危ないと思いすぐに助けに向かおうとする。
が、少年は天井から吊るされている棒やロープを掴み、次々と渡り飛んでいった。
まるで飛んでいるような速度。アクション映画でも観ているような感覚だった。
空中ブランコのような種目の一つなのだろうか?
少年はなんなく反対側の高台へ辿り着く。
思わず拍手をしそうになると、クリスさんがその少年の方へと走り出す。
「シェン!!」
少年のことだと思われる名前を叫んだ。
「勝手に練習するなって、団長がいつも言っているじゃないか!」
クリスさんが言っているとは思えない、焦りと怒りが混じった大きな声。
シェンと呼ばれた少年は顔を出し、クリスさんであることを確認すると、するすると高台から降りてくる。
髪を切っていないのか、ボサボサしていて前髪で目が隠れている。
ちょっと体が細い、その分身軽そうな体格。
表情は暗く、先ほどまでの子供たちとは対照的だった。
「なんだ、いたのか…」
怒られている事なんてまったく気にせず、めんどくさそうにシェンはそう言った。
「そ、そんなことをしているから、舞台に上げてもらえないんだよ。
安全を考えられないようじゃ、仲間のことはおろか自分のことも守れない」
同じサーカスの先輩として、後輩を心配しているクリスさん。
また新しい一面を見つける。
「俺のは俺一人でやるんだ。仮に失敗しても誰も巻き込まない」
「そうじゃなくて、サーカスは失敗しちゃダメなんだよ」
「仮に…の話だよ。俺は失敗なんてしない」
「そんな人はいないよシェン。僕は君のことを心配しているんだよ」
「心配しているのは俺じゃなくてサーカスでしょ?
本番で失敗したら大事故だからね。誰も見てくれなくなっちゃう」
「そんなこと…」
クリスさんは本当にシェンのことを心配して言っているのに、サーカス全体のことも考慮していたので、うまく想いを伝えられない。
「別に団長に報告してもいいよ。どうせ俺は出れないんだから」
そう言い残してシェンはどこかへ行ってしまった。
サーカスのみんなはやさしくて、大家族みたいなものだと思っていたけれど、あんな感じの子もいるのだと驚いた。




