クリスさんのサーカス3
サーカスの晩ごはんは豪快だった…と表現すればいいのだろうか?
観客を入れるテントとは別のテントの中なのだが、まるで外で食べているような気分だった。
騎士団が移動中のキャンプで食事をしている時に近い。
大きなお皿に献立が全部乗って、それにマグカップのスープが付いてくる。
それを各々好きな場所へ持っていて食べる。
機材に座ったり、地面に座ったり、立ったまま食べたり。
私はお客さんということで、特別に椅子とおぼんを貸してもらった。
観客席を使わないのですか?と聞いてみたら、いちいち片付けるのが面倒くさいとのこと。
みなさんはいい人達なのだろうけれど、なんとなく感じるアウトロー感はこういう習慣の積み重ねなのかもしれないと思った。
服装も私が一番きれいで、女の人や子供はそれを珍しがって集まってきてくれたけれど、逆に男の人達は遠巻きに見ているだけだった。
クリスさんが物好きな金持ちを連れてきた。そんな風に思われているかもしれない。
まぁ、聖なる巫女だとバレて変に気を使われるよりマシかな。
セツナと名乗っているのに、ここでは誤魔化す必要もなかった。
晩ごはんを食べ終わっても、その場に残ってみんなとお話が続いている。
「セツナお姉ちゃんは、いつも何をしているの?」
「えーと…そうねぇ。人に特別な運動の仕方を教えている…って感じかしら?」
魔物と戦っているとは言えないので、とりあえず氣の特訓のことを言ってみる。
「お城にいるんだよねー?誰に教えているの?」
「うーんと、兵士のみんなかな」
すごーいと歓声がわく。
「たしかにすごく運動神経がいいもんね」
「かっこいー」
子供たちが口々に思ったことを言う。
「ねー、もっと遊ぼう!」
「だめだよ。もう夜なんだから、セツナちゃんも自分の家に帰らないと」
私と遊びたかった子供たちが、おばさんに怒られてブーイングをする。
「あの、私は大丈夫ですから、もう少しだけ遊んでもいいですか?」
「まぁ、セツナちゃんがいいって言うなら…」
わーいと喜ぶ子供たち。
「その代わり、クリスがちゃんと送っていくんだよ」
「えっ!?…あっ、はい」
ということで、座りながらできる事に限るけど、また子供たちと遊ぶことになった。
大人達も片付けをしたり、お酒を飲んだりしている。
ほぼ全員がこの中にいるのではないだろうか。
始まったのはジャグリング。
それも複数人で何個も投げ合う複雑なもの。
子供たちは楽しそうに、時にはちょっとふざけながら投げている。
これ…私じゃなかったら混ざれないんじゃない?
玉が一人に集中しないように気を配るのが結構大変なんだけれど?
クリスさんを見てみると、子供たちと同じで、なんなくこの高度な遊びに混ざっている。
サーカスの子供たち、恐るべし…。
「セツナお姉ちゃん、何かやってみせてよ」
子供ならではの無茶ぶりがやってくる。
「おい、あんまり無理を言うなよ」
クリスさんがその子を注意した。
「そうねー…。じゃあ、みんな一斉に私に玉を投げてみて」
試しにそう言ってみると、子供たちが急に真剣になり、タイミングを計り始める。
ひぇ、本当にすごいなこの子たち。
「じゃあいくよ」
年長の子がそう言うと、一斉に玉が放られ、私の上を舞う。
私はそれを両手でキャッチしていく。
ただキャッチするだけじゃなくて、玉を上へ上へと積み上げていく。
すべて受け取った時には、両手に頭よりも高い玉の塔が出来上がっていた。
「すごーい!どうなっているの!?」
ふらふらとしているものの、一向に倒れない玉に子供たちはくぎ付けになる。
氣がなせる技だとわかっているはずのクリスさんも、不思議そうに見ていた。
「ごめんね。いつか教えてあげるから、今はヒミツ」
この人数相手に氣の話をするのは骨が折れそうなので、適当に誤魔化す。
「お姉ちゃんもうちのサーカスに入ればいいのに」
特に女の子たちに気に入ってもらえたようで、私の腕にしがみついてきた。
はぅぅ、かわいい。持って帰りたいかもしれない。
イケメンな男子たちもいいけれど、かわいい女の子もまた癒される。
ガツーーーン…
微かに異様な音が聞こえた。
何か大きな物が落下したような音。
「クリスさん、あっちの大きなテントに誰か行っていましたっけ?」
「いや、この時間にあっちへ行く人はそんなにいないと思うけれど、なんでですか?」
「その…高い所から何か落ちたような音がしたので」
子供たちが、そんなの聞こえた?みたいな話を始める。
クリスさんも聞こえていなかったようで、少し変な顔をした。
「セツナさんってたしかすごく耳がよかったですし、本当に何か落ちていたのなら危ないので見に行ってきます」
クリスさんは立ち上がって、音のした方へ行こうとした。
私も子供たちに腕を離してもらい、クリスさんについていく。
子供たちも面白がって後をついてきた。
舞台のあるテントの中へ入る。
とても静かで、何も聞こえな…ううん、浅い呼吸が聞こえる。
背筋がぞくりとした。
そういえば、食事をしていたテントにシェンがいなかった気がする。
私はみんなを置いて、呼吸音がするところへ駆ける。
「シェン!!」
そこには、思っていた以上に悲惨な状況があった。
舞台の上に張られたネットから、腕や足がだらりと垂れている。
まるで網に引っかかった人形のように動かない。
真下の舞台には血が垂れていて、頭から流れているのがわかった。
近くの高台に目をやる。たぶん、着地に失敗して頭を打ち、下に落ちたようだ。
「セツナさん?」
「クリスさん!子供たちをこれ以上近づけさせないで!
大人と、医者を呼んでもらって!」
危機迫る私の声に全員が足を止めた。
クリスさんも一瞬体を強張らせたが、すぐに状況を理解してくれて、子供たちに大人への伝言を頼んで引き返してもらった。
それから私のもとへやってくる。シェンの状態を見て、クリスさんは茫然とした。
「シェ…シェン?」
クリスさんから血の気が引く。
「まだ息があります。まずは下に降ろしますから、ネットを切ってもいいですか?」
血と、瀕死のシェンを見てクリスさんが停止してしまっている。
「クリスさん!!」
「…あっ、は…はい、お願いします!」
私は飛び上がり、ネットを揺らさないように上に乗る。
だいぶ強く頭を打っている。ネットが邪魔で抱き上げるのは難しい。
私は隠しナイフで周りのネットをほぼ同時に切断する。
シェンと一緒に落下して、シェンの体を支え、頭に手を添える。
着地の瞬間、私がクッションになり、衝撃を極限まで抑える。
血だまりを避け、その場にシェンをゆっくりと寝かせた。
「シェン!しっかりしろ!!」
クリスさんが舞台をよじ登り、駆け寄ってくる。
出血がひどい。早く手当てをしないと脳にダメージがあるかもしれない。
医者は呼んでもらっている。
私ができることは…。
上着を脱いで破り、出血箇所に当てる。
基本的な対処をした後、私は氣をシェンへと送る。
生命活動を促進させ、少しでも止血が早くなるように働きかける。
自分に使ったことはあるけれど、他人にやるのは初めて。うまくできているかわからない。
「セ…セツナさん…、ぼ…ぼく…」
後ろで何もできず、狼狽えているクリスさんの声がする。
「クリスさんは、シェンに呼びかけ続けてください」
「よ、呼びかける…?」
「そうです。少しでも意識をこっちに引き付けてください」
少しずつだけど、シェンの氣が弱くなっているのを感じる。
このままだと…。そう思うとつらくて、それが表情に出てしまいクリスさんに見られる。
「そんな…シェン…」
とても危険な状態であることを改めて感じるクリスさん。
「クリスさん!しっかりしてください!」
私の呼びかけで、ようやく目を覚ましたクリスさんが、シェンに声をかけ始める。
「シェン!しっかりしろ!こんなところで死ぬな!!」
大人達もやってきてくれて、医者が到着した時の準備をしてくれたり、一緒に呼びかけてくれる。
早く…早く…!
出血が少しマシになってきたけれど、氣は小さくなっていく一方。
私も氣を送っているけれど、強すぎると悪影響なので調節が難しい。
一緒に呼びかけたいけれど、こっちに集中せざる負えない。
「シェン…」
クリスさんの声も小さくなっていく。
けれど、懸命に呼びかけ続けていた。
「君には、やりたい事があるんだろう。
それがなんなのか僕にはわからないけれど、だからあんな無茶を続けていたんだろ?
こんなところで死ぬな。戻ってこい。一人だけで頑張るな…」
クリスさんの必死な呼びかけは、お医者様が到着するまで続いた。




