ロック様の師匠5
決闘の翌日は、レナさんとロック様は二日酔いで一日寝潰し、その次の日にレナさんはまた旅立たれた。
もしまた会いたくなったら、今度はお前から来い。でないとこれが最後になるかもしれない。
レナさんはロック様にそう言った。きっともう王国には来ないという意味だろう。
なんか寂しい事を言うなと私が思っていると、ロック様がにやりと笑う。
いつか追いつく。それまで長生きしてろよ。
ロック様がレナさんにそう返した。それはかならず自分も旅に出るという意味だろうか?
それを聞いて、レナさんがうれしそうに笑う。
こんな一つの約束だけで、この二人はずっと今の関係を続けられる。
絆の尊さを、私はたしかに感じた。
私たちはレナさんが遠く小さくなるまで見送った。
「なんか…すごい人でしたね」
「あぁ…。でもまっ、俺としてはそんなに珍しくもなくなったかな。なんて」
「それ、まさか私のことを言ってます?」
「さて?」
じろりとロック様を見ると、にこにこ笑っている。
「さてと、じゃあ行きますか」
「どこにですか?」
「俺の行きつけだよ。約束しただろ」
そう言って、ロック様がすたすたと歩き始める。
私はそれに付いて行った。
「ロック様の行きつけって、こんな早い時間にやっているんですか?」
「やっているけど…、あぁそうか、酒場だと思っていたな?
違うよ。それに、しばらくはこりごりだろ?」
私が呆れていた事に気が付いていて、それでも悪びれないところに呆れる。
大人って、みんなあれを許し合っているの?
散歩感覚で長い道を歩き、城下町付近まで戻ってくる。
「こっちだ」
路地裏のような所に入っていき、人がまばらになっていく。
ついて歩いて行くと、一軒の年季が入ったお店に案内された。
「ここなんですか?」
「そうだよ。ちょっと許可を取ってくるから、待っていてくれ」
許可?
疑問に思った私を置いて、ロック様がお店に入ってしまう。
すぐに出てきてくれて、手招きされたので中に入った。
外見の印象通り、昔からある隠れた名店といった雰囲気。
静かで少し重い空気感があったけれど、席はほぼ満席だった。
奥の方の隠れたような席に案内される。
その間、何やら視線を感じ、店内を改めて見渡すとその理由がわかった。
このお店、獣耳を持った人しかいない。
「気づいたか?」
私の様子を見て、ロック様が聞いてきた。
「あの、よかったのですか?」
「あんまり良くないが、今日だけの特別だ」
席に着くと、ロック様がメニューを見ずにいくつか注文を済ませる。
特別だと言われても、なんとも言えない気分になってくる。
入ってはいけないところに迷い込んでしまったような…。
ロック様って強引なところがあるから、無理を言ったんじゃないかと不安になってくる。
「そんな顔すんなよ。嬢ちゃんだから連れてきたんだぜ?」
「私だからですか?」
「そっ、だから大丈夫だって」
大丈夫な理由がわからないので訪ねてみると、飲み物がきたらなとお預けをくらった。
少し待っていると、注文の品がやってくる。
お酒と、ジュースと、お城では見慣れない料理。
良く言えばワイルド、悪く言えば見栄えがちょっと悪い。
「んじゃ、とりあえずデートに乾杯」
無邪気にそんな事を言われ、私だけ恥ずかしくなる。
それを誤魔化すために、さっきの理由を聞いてみる。
「なんていうか、嬢ちゃんって誰に対しても区別無く接するよな」
「そうですか?」
それを言ったらロック様の方がそうだと思うが?
「いや、ちょっと違うか。なんて言ったらいいのかなー…」
ロック様が腕を組んで頭を傾げる。
「こんなこと言うつもりはなかったんだが、嬢ちゃんってさ、俺の耳をよく見てるよな」
ドキリとした。いやらしい事がバレたみたいな気持ちになる。
たしかに頻繁に見てしまっていたけれど、まさか気づかれていたとは…。
男子の視線が胸にいっている事に気が付くことがあるけれど、それをやり返された気分。
「ごご…ごめんなさい、別に変な気持ちは無いんですけれど…」
「くく、わかっているよ。
俺が言いたかったのは、その目に悪い気がしなかったから、信用できると思ったってこと」
ロック様が言っていることがまだわからず、今度は私が首を傾げる。
「ここは差別が無い良い王国だ。だから色んな種族が特技を活かして生きていける」
声のトーンを落とし、いつになくゆっくりと語り始めるロック様。
少し暗い店内がムードを高め、私が同席しているのは大人の男性であることを思い出させる。
「でもな、やっぱり区別ってのは必要なんだよ。男と女に超えてほしくない一線があるように。
だからこういうお店が必要だったりする。
だがな、そのせいでなかなか超えてくれない一線ってのもあるんだわ」
「超えてくれない…?」
「あー…、こんな話をしたのを、他の奴には黙っていてほしいんだが…」
そう前置きしながら、ロック様がかなり照れくさそうにする。
「…仲間にはなれても…そのよ、友達にはなかなかななれないんだわ」
失礼な話、あまり似つかわしくない単語に思わずキョトンとしてしまう。
照れ隠しからか、ロック様が料理にがっつく。
「なんつーか、時間をかけて腹を割って話せるようにならないと、微妙に感覚や価値観が違うから会話がかみ合わない時があるんだ」
ロック様とレナさんの出会いを思い出す。
差別は無い。悪気も無い。だけど、"違う"というのは子供には大きな隔たりだったのだろう。
そしてそれは、大人になると表面上からは消えるが、裏側には残っている。
「だけどそんな一線、嬢ちゃんには最初から無かった。そんなのは初めてだったよ。
なんだったらこの耳を羨ましそうな目で見ているくらいだった」
ロック様が獣耳をひくひくと動かしてみせる。
そこまでバレていたのか…。恥ずかしい。
「こっちは敵意むき出しだったのに、そっちのけ。あれにはまいったよ」
あぁ、そんな時期も私たちにはありましたね。
「王族、貴族、騎士、魔術師、神官、侍女、その他もろもろ。
相手によって対応は変えているが、いつだって興味津々な態度だった」
褒められているようでうれしかった。
けど、私は異世界から来ているという事情がある。私からしたら、私以外はみんな特別なのだ。
誰に対しても興味関心が同じようになるのは、自然なことだったりする。
だからロック様が言っているのは過剰評価なんだけど、否定するのも違う気がして難しい。
「おまけに自分自身についても包み隠さず晒していく。正直、敵わないと思ったよ色んな意味で」
ロック様のやさしい目が私に向けられる。
ふいに、また頭を撫でられるような気がして顔が赤くなってしまった。
普段子供っぽいくせに、こういう時だけちゃんと大人に見えるから、ずるいな…なんか。
「それを言うんだったら、ロック様だってすごいじゃないですか」
「ん?なんでだよ」
「超えてくれない一線があるとか言いいながら、みんなロック様を信頼しているじゃないですか。
アッシュとかレオナさんとか、ロック様とお酒を飲むのを楽しみしているじゃないですか。
それって、全部ロック様がその一線を超えていったからじゃないんですか?」
ロック様ばかり相手を褒めていてずるい。なんて変な感覚が芽生え、まるで反論するように今思ったロック様の凄いところを伝える。
「いや、俺は別に、そんなつもりは無かったっていうか、誰がそんなこと言っていた?」
「誰も何も言っていないですよ。でもわかります。
だって、ロック様の師匠であるレナさんが、そういう人じゃないですか」
何も言えず、ただ固まるロック様。
次第に私が言いたかったニュアンスが伝わってきたようで、静かに笑った。
やりたいからやる。恩なんて気にしない。たぶん、それがレナさんの生き方なんだ。
「まったく、師匠といい、嬢ちゃんといい、敵わなねぇなー…」
ロック様がちらりと私を見る。
「あ、あのよ…」
「なんです?」
「その…前に俺がお前のことを、相方に…とか言ったの…」
「?」
「…なんでもねぇよ。ほら、食えよ。冷めちまう」
ロック様がずいっと料理を私の前に並べる。
私はそれをいただく。
見た目通りのストレートな味付け、だけどそれがいい。
料理が豪快だと、つい豪快に食べたくなるもの。
しかし、ロック様はさっき何を言おうとしたのだろう?
相方とか言っていたけどー………。
あっ。
も…もしかして、あの時のこと?
私の手が思わず止まる。
「どうした?」
「なんでもないです」
はわー…、いったい何を言おうとしたんだろう?
余計気になってしまった。
なんか恥ずかしくって、ロック様のことをまともに見れない…。
私はそれがずっと気になってしまい、食べる事で誤魔化していたら、ロック様から大食いの称号をいただくことになってしまいました。
不名誉なものが付いてしまったけれど、ロック様の原点を垣間見た、そんな出来事でした。




