ロック様の師匠3
日が暮れる前から始めていたのに、再開のお祝いは深夜まで続いた。
レナさんの飲みっぷりが良すぎて、いつの間にか別のお客さんとも飲み始めてしまい、まるで貸し切りのパーティーみたいになってしまった。
ロック様も一緒に楽しみそうな雰囲気だったけれど、私の隣にずっといて大人しくしていた。
行かないんですか?と聞いたら、今日はやめておく…とだけ答えた。
たぶん、再開を喜ぶよりも、明日の決闘の方がロック様には大切なのだろう。
強さへの渇望…か。決闘と言うくらいだから、師匠を超えるつもりなんだ。
ただ、レナさんはものすごく強い。
ロック様に勝ち目があるとしたら、氣がどこまで上達しているかにかかっている。
そんなことを考えてしまうと、私もあまり騒ぐ気になれなかった。
翌日の昼過ぎ。
人気の無い広い場所へ私たちは移動した。
ここ最近ずっと天気が悪く、今日はいつ雨が降ってもおかしくない感じ。
ロック様とレナさんが剣を構える。
剣は本物だが、切れないように魔法がかけられている。それでも当たれば怪我に繫がるだろう。
殺し合いに近い緊張感が漂っている。
私は、10メートルくらい離れて二人を見守っている。
「いいねぇ、私と別れてからも剣士として積み重ねてきた重みを感じる。
いい男になったじゃないかロック」
レナさんが構える。
体を正面に向け、手が腰くらいの位置。とてもオーソドックス。
「あぁ、師匠が言っていた通り、ここにはすげぇ奴がたくさんいたぜ」
ロック様も構える。
体を半身にして、剣を上段に持つ。攻めっ気が強いスタイルだ。
合図なんてなかったけれど、決闘はもう始まっている。
じりじりと距離を詰めていくロック様に対して、レナさんはあくまで受ける姿勢。
弟子とはいえ、大柄の男性が大剣を持って迫っているのに、まるで子供を迎え入れる母親のように穏やかだった。
だからこそ恐い。相手が自分を恐れていないというのは、相手の方が強いということを示す。
もちろん、強いからといってかならず勝つわけではない。
が、自分よりも強いかもしれないと思わせた時点で、先手を取ったようなものなのだ。
ロック様にとって相手は師匠。どうしたってそういう流れになってしまう。
しかし、今日のロック様は挑戦者として仕上がっていた。
まったく臆している様子が無い。
そこでようやく今日までの特訓の意味を理解する。
ロック様は、この連日で私に負かされ続けることを望んでいたんだ。
自分はまだまだ弱い。だから勝つためには無いかもしれない隙を見つけるしかない。
その感覚を研いでいた。
誰にでもできることではない。決して折れない強い心が必要である。
ロック様の強さへの渇望は、レナさんが見抜いた通り本物だったのだ。
一粒の雫が私の目の前に振る。雨が降り始めてしまった。
長い膠着状態が解け、ロック様の一振りがレナさんへ向かった。
そのままパワーで押しきれそうな斬撃、それを剣で軽くいなす。
ロック様はそれを力任せで軌道修正すると、攻撃を続ける。
攻めているのはロック様なのに、追い詰めているのはレナさん。
レナさんは最初の位置からまだ一歩も動いていない。素人にもわかる実力差の縮図。
「なんだいそれは?面白いけど、それがお前が目指した強さかい?」
「へっ、そんなわけあるかよ」
レナさんが初めて攻めに転じる。
ロック様はそれを剣で受けると、その剣に氣を集中させた。
今までと違う剣の強度に、レナさんの剣が弾かれる。
すかさずロック様が攻撃をするが、ひらりと後ろに下がられて躱される。
「…ふーん」
自分が動かされた事に関心するレナさん。
「もしかしたら歳で弱くなっているかもしれないからな。それだけはちゃんと確認しないと」
ロック様はそう言うと、全身に氣を循環させる。
それは見事な身体強化だった。
まだ粗さがあるから負担は大きいものの、満遍なく行き渡っている。
本番で一番の成果を見せている。こればっかりはさすがとしか言いようがない。
そして、攻撃的だった構えから、力を抜いた楽な構えに変わっている。
「なるほどね、こいつは本気を出すしかなさそうだ」
レナさんが前のめりになり、打って変わって攻める体勢を取った。
そこからは圧巻の攻防。
大きく長い大剣を持っているロック様が攻撃の主導権を持つが、隙あらば踏み込んでくるレナさんが急所を的確に狙って来る。
それをギリギリで躱したロック様が、蹴りなり拳なりで応戦して距離を取る。
その繰り返し。
いつ決着がついてもおかしくない、手に汗握る対決。
ハラハラしながら見ているだけの私は、無意識の内に両手を強く握っていた。
雨が目に入っても、それを擦る瞬間さえ惜しい、そんな決闘が続いている。
どちらももう何も言わない。剣による会話なんてものでもない。
ただ、相手に勝つために剣が振るわれている。
戦いなんて野蛮だ。
その通りである。争いなんて無いに越したことはないのだから、その認識はしかたない。
だけど、鍛え抜かれた体を、磨かれ続けた技を、相手に勝とうとする強い意志を、美しいと感じてしまう。
そこには性別も年齢も文化も関係無い。生き物としての本能があるだけであった。
だけど、そんな決闘も終わりが近づいている。
ここまで互角に渡り合っているが、氣の力でブーストをかけているロック様の消耗が早い。
片やレナさんにはまだ余裕がある。
氣による身体強化は初めて見るはずなのに、的確にその特性を見抜いている。
消耗戦で勝てる。そう判断しての攻め、体力を削るのが目的だからリスクも最小限に抑えている。
知恵と経験の差。
ひょっとしたら、私でもレナさんに勝てないかもしれない。
決闘が終わろうとしている。
ロック様の氣が尽きかけていて、動きにムラが出ている。
それをレナさんが見逃すはずもなく、ロック様は防戦一方。
まだ諦めてはいないが、いつ決着がついてもおかしくない。
もう見ていられないのに、目が離せない。
ロック様に勝ってほしいという気持ちの強さに気が付く。
ふとした瞬間、ロック様が雨でぬかるんだ地面に足をとられた。
あぶない!
鳥肌が立つような決定的瞬間だった。
あの体制ではもう受けきれない。
私はロック様の敗北を受け入れてしまった。
ロック様は膝をつき、レナさんの一撃を防御する。
あの体制では攻撃できない。腕の力だけでは剣が振れない状態、ここへきて大剣を使っていたことが仇となる。
しかしその時、ロック様が大剣の広い中央部に頭突きを入れる。
その衝撃で雨粒がレナさんの目に飛んでいき視界を奪った。
まったく予想していなかった反撃に、さすがのレナさんも怯む。
あとは剣術なんてものはなくて、ただの力技。
大剣を盾に飛びかかり、体格差を利用して馬乗りになる。
刃の部分をレナさんの当て、二人とも動かなくなった。
雨音だけが静かに聞こえる。
決着がついたのに、どちらも動こうとしない。
「………まいった」
口元を緩めて、レナさんがそう言った。
「いい技だ」
「…おぉ」
「強くなったな」
「おぉ」
「どうだ、今の気分は?」
「わかんねぇ」
涙が出てきた。
なぜか感情が込み上げてくる。
なんで、こんなに切ないのだろう…。
最後にロック様がやったのは、氣による大剣の強化と、それと連動させた雨水の操作。
ロック様は、土壇場でまだ教えていない氣の操作を使ったのだ。
教えた私ですら予期できない選択、それをレナさんが反応できるわけがない。
まさに九死に一生の一撃。ロック様の努力と才能が掴んだ勝利。
レナさんはロック様の成長を喜んでいるようだったが、ロック様はいったい何を思っているのだろうか。
今ここに、一つの師弟関係が分岐点を迎える。




