アッシュの里帰り3
一通り農園を見学させてもらい、家に戻って昔アッシュが遊んでいたゲームで遊んでみる。
日が暮れたらお父さんとクリムくんが返って来て、みんなで晩ごはんを食べた。
初めて食べる料理ばかりだったけれど、不思議と懐かしい気持ちになった。
家族との食卓。転生した私にはもう戻ってこないもの。
穏やかで、温かい時間だった。
その後はお風呂に入らせてもらい、お風呂あがりにまたジュースをいただいた。
今度はキンキンに冷やしておいてくれていて、火照った体に気持ちいい。
お城の生活にはすっかり馴染んでいるけれど、まだ私にはこういう暮らしが普通に感じる。
ひさしぶり…というか、クノイチの私には初めての当たり前の生活。
お父さんはすぐに自分の部屋へ戻ってしまったが、残った私たちは寝る時間までお話しをした。
主に子供の頃のアッシュとクリムくん。
笑い話がいくつかあれど、至って普通の男の子だったようだ。
ただ、なんでもできるアッシュと、それに食らいついていくクリムくんという構図はあった。
アッシュってモテたんじゃないですか?と聞いてみた。
クリムくんが言うには女友達は多かったみたいだけれど、彼女を作ったようには見えなかったらしい。
意外なような、年齢を考えれば別におかしくないような…。なんとも言えない感想。
それとは逆に、クリムくんにはもう婚約者がいるらしい。
これには驚いた。この歳で年下に先を越されるとは思ってもみなかった。
相手は少し年上の女性だとか。
ここには娯楽が無いから、自分の家族を作るしかない。なんて自虐めいたことを言っていたけれど、私は素敵なことだなと思った。
そっか、家族って自分で作れるものだったな。
なんて考えてしまったのが迂闊だった。
イケメンナイツたちの顔が浮かぶ浮かぶ。私はどこへ行き、どうなってしまうのか?
そんな事を考え始めてしまった私を、お母さんが疲れていると思ったようで、今日はもう寝ることになった。
私はお母さんの部屋へ一緒に行くと、ベッドが二つ並んでいる。
好きな方を使ってね。と言ってお母さんはそれ以上は何も言わずに眠ってしまった。
寝息が聞こえてくる。お母さんも色々と忙しくしていて疲れていたのだろう。
30分くらい様子を見た後、私は物音ひとつ立てずに部屋が抜け出す。
さっと普段着に着替えて、農園へと向かった。
外は街灯が無くて真っ暗。月と星の光だけが頼りである。
さてと、アッシュはどこに………、あそこか。
わずかな音を頼りに、私はアッシュを見つけ出す。
今晩、果実泥棒が来そうな場所に目途を立てていたようで、身を隠して待ち構えている。
私はアッシュにだけ聞こえるように少し離れた場所から声をかけ、ふっと隣に並んだ。
「びっくりしたよ。急に耳元でセツナちゃんの囁く声がするんだもん」
「ごめん、でも本当に果実泥棒を捕まえるつもりなんだね」
「まあね。ここで王国へ行った成果を見せとかないと。
それに、正直セツナちゃんも手伝ってくれると期待していたんだよね」
なんて、あっけらかんと笑う。
ここはかっこつけてほしいような、頼りにされてうれしいような。
でも、こんな広い農園を一人で見るのは無理があるか。
「それになんかあるんでしょ?そういうのを見つける技が」
「…まあね」
そこまでアテにされているとなんか違う気がしてくる。
やってあげるけどさ。
「土遁の術:踏音伝可」
地面に私の氣を広げることで、何かが踏み込んできたら検知できる忍術。
なんでもかんでも拾ってしまうから使いにくいけれど、こういう所では効果がある。
「それで本当にわかるの?」
「心配なら確認してみたら?自分の氣を使って」
「うへぇ」
それからしばらくは、静かに二人で果実泥棒が来るのを待つ。
無音で真っ暗な中、息を殺して相手を待ち伏せる。
少し前まで普通の生活の中にいたのに、あっと言う間に私の日常に戻った気分だった。
なんとなくその気分を変えたくて、小声でアッシュに話かける。
「…ねぇ」
「ん?」
「なんでデートが里帰りなの?」
「………はは、やっと聞いたね」
その軽いリアクションに、若干イラっとする。
だって、最初の一人だから緊張していたし、理由を聞くってなんか遠回しに嫌がっているみたいな気がしちゃったから…。
でもたしかに、初デートで実家はないだろう。それはどの世界でも共通なはず。
辺りを警戒したまま、アッシュが静かに教えてくれた。
「なんかさ、セツナちゃんって不思議なんだよね。
普段はかっこつけたくなるような普通の女の子なのに、いざこういう機会を設けられると、逆にありのままの自分を見てほしくなるんだ。
最初はあーしようこーしようって考えてあるのに、一緒にいるといつの間にかノープラン。
俺ってこんな奴だったんだ。なんて知ることもあった」
「ふ、ふーん…」
それが具体的にどういうことなのかわからなかったけれど、ものすごく褒められている気がした。
ただ、どんなリアクションをとっていいのかわからず、素っ気ない返事しかできない。
「それで?それがなんで里帰りになったの?」
「俺もあんまり良くわかってないんだよねー」
「えー、なにそれ?」
「無理やり言葉にするなら、かっこつけるためにはまず、自分の原点を晒す必要があったからかな。
自分に言い訳できなくするために」
「よくわからない。どういうことか聞いてもいい?」
それからアッシュが少し昔話をしてくれた。
なんでもできる代わりに何者にもなれない、それが自分だと言った。
それでもいいかなと思っていたけれど、お父さんにそれを見抜かれていたのがつらかったそうだ。
ある日キョウヤ様がこの村にやって来た。
憧れの的である騎士団長でありながら、平然と泥仕事もする気持ちのいい青年。
あれは完全に自分と上位互換だったとアッシュは言った。
だから、自分もそうなれるように王国の騎士を目指した。
自分は放っておかれているところがあったから、反対されないと思っていたし、成功すれば見返せると思っていた。
だけど、相変わらずいい所まで来ているのだけれど、そこから抜け出せないまま…。
「いつの間にか、それが俺って奴じゃん?って思うようになっていてさ。
だからセツナちゃんとも程よい距離を保っていたのに、ボガードみたいな奴が突然出てくるから…」
あの時は私もびっくりしたけど、アッシュ自身もあんな事を言い出したことに驚いていたのか。
「やっちまった…って思ったよ。あの時は。
でもね、俺が石化から戻った時、泣いて喜びながら俺に謝っているセツナちゃんを見ていたら、なんいていうか…その…」
アッシュの声がわずかに震える。
「かわいいなって思ったと同時に、かっこいいなって思ったんだ。
あんな風に自分をさらけ出せることが。
だから、デートってやつにはならなかったかもしれないけれど、まずはそれに近づきたかったっていうか…。あー…ダメだ、うまく説明できない」
「ふふ」
「おかしいだろ?」
「ううん、そういうんじゃないよ」
なんだろう?
気のせいかもしれないけれど、初めてアッシュの素の部分を聞いている気がした。
それがちょっと心地よくて、一生懸命説明しているアッシュがかわいくて、つい笑みが零れてしまった。
ずいぶん回りくどいデートになったけれど、アッシュが一歩前へ進もうとしている、そんな瞬間に立ち会っているような感覚。
微かにときめいている自分がいる。
私に認めてもらえる自分になろうと頑張っている男子が横にいる。
もし、もしも…このまま迫られた私…。
「セツナちゃん」
ドキリと心臓が跳ねる。
だだ…だめよアッシュ、私はまだまだデートを控えているんだから、そんなに急がれたら…。
「誰かいる」
「………へっ?」
農園の奥を凝視するアッシュの視線の先を見てみる。
そこには、本当にいつの間にか誰かいた。それも二人。
「なんで?なんで何も反応しなかったの?」
色々と気が散っていたとはいえ、この私の忍術を潜り抜けてこられるとは、いったい何者?
「どうするのアッシュ?」
「たぶんこちらには気が付いていない。盗みを働くまで待機して、現行犯で捕まえる」




