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アッシュの里帰り2

内装はシンプルだけど、広くて落ち着きがある空間だった。

ここでアッシュは育ったのか。なんて考えてしまう。

食卓に案内してもらい、椅子に座らせてもらうとあのジュースを振舞ってもらった。

うん、おいしい。あれからちょっと恋しかったんだよねこれ。


「ねぇ、父さんとクリムは?」


「まだ農園だよ。今日は日が暮れるまで帰って来ないんじゃないかな」


クリムって弟のことだよねきっと。

家業は弟に任せた。みたいなことを言っていたし。


「そっか、じゃあセツナちゃん、ちょっと休んだらそっちに行ってみる?ここにいても何にもないし」


「こらアッシュ、来たばかりなんだから、セツナちゃんは疲れているに決まっているでしょ」


「いえ、私は大丈夫ですし、体力には自信がありますから」


「そうそう、こう見えて俺なんかよりよっぽど強いから」


「はぁ、女の子をそんな風に言うものじゃないよアッシュ」


はわー…、すごく男の子の家に来たって感じ。

アッシュはいつも通りだけど、お母さんが少しだけ浮足立っているというか…。

なんか、自分が女子であることをすごく意識させられてこそばゆい。


それからちょっとだけ、アッシュとお母さんの押し問答を聞きながらジュースをいただいた。


「ごちそうさまでした。とてもおいしかったです」


「それはよかった。お土産でもあげるから、好きなだけ持っていってね」


「ありがとうございます」


「よし、じゃあ行ってみようか」


アッシュが席を立つ。


「まったく、この子は昔から落ち着きが無いねぇ。うるさかったらちゃんというんだよセツナちゃん」


はいはいと言いながら去っていくアッシュと、やれやれと見送るお母さんが微笑ましかった。


外へ出ると、アッシュがこっちだよと先導してくれる。


「なんか、アッシュのお母さんって感じだったよ」


「そう?別に普通だと思うけどな」


ちょっと照れくさそうにしたアッシュがかわいくて、少しだけしてやったり感があった。


来た道を少しだけ戻ると、農園の入り口があって、そこから中へと入っていく。

間隔を開けて何本も木が植えてあり、テレビで観た梨狩りなんかを思わせる光景。

木々と土の香りが濃くなり、自然の豊かさを感じる。


「クレイバだっけ?どんな風に実るの?見当たらないけど、収穫の時期じゃない?」


「実る?あぁそうか、セツナちゃんは初めて見るのか。

じゃあ、もしかしたら驚くかもよ?」


そういうだけでアッシュは何も教えてくれなかった。

でも、口ぶりからして見せてくれるようで、悔しいけど楽しみもあった。


「いたいた、おーい!帰ったぞー!」


作業中の人を遠くに見つけると、アッシュは大声を出した。

奥にいる二人組は一本の木を覗き込むような姿勢から、上体を起こしてこちらへ振り返る。

その顔を見てすぐにわかった。あれはアッシュのお父さんと弟だ。


「おー!兄ちゃん、帰って来たんだ」


弟のクリムが大声で返事をする。

私とアッシュは歩いて近づいていき、普通に話せる距離までやって来る。


クリムくんは短髪にしていて、アッシュを少し幼くした感じ。

お父さんは髪色こそ同じだが、気難しそうな顔をしていて、正直あまり似ていないと思った。


「兄ちゃん、その人は?まさか彼女?」


初対面の人を前にそういうことを聞けるあたり、アッシュの弟といった感じ。

ただ、家業を継ぐ使命も持っているためか、アッシュよりもどこか落ち着いた雰囲気があった。


「残念ながら違うんだ。そうなってもらえるように頑張っている最中」


アッシュは堂々とそう言ってのける。

それを聞いたクリムくんは少し驚いていた。


「そ、そうなんだ。兄ちゃん、ちょっと変わったね」


「そう?」


そんなやり取りの後、私が紹介される。


「セツナ=モリアスちゃんです。うちのジュースを大変気に入ってくれたみたいで、見学に来てくれました」


「あの、突然でお邪魔かもしれませんが、よろしくお願いします」


私は深々と頭を下げた。

別に怖い顔をしているわけではないのだけれど、お父さんがずっと黙っているのが気になる。

どうしてもそれが気になってかしこまってしまった。


「んで、何していたの?」


アッシュが二人が覗いていた木を眺めながら訪ねる。


「あぁ、それなんだけど…」


クリムくんがそれについて説明してくれる。


「えぇ?果実泥棒?」


「だと思うんだけど、痕跡がまったくなくて困っているんだ」


どうやら、三日ほど前から収穫前の果実が消えてしまう所があるらしい。

まだ被害が小さいので他の所の作業を優先してきたが、こうも続くと見過ごせなくなってきていたところだとのこと。


「母さんは知っているのか?」


「まだ言ってない。このことを知ったら夜見回りをするとか言いそうだし」


たしかに正義感が強そうな人だったかもしれない。


「なるほどね」


そう言ってアッシュが少し考えこむ。


「よし、じゃあ俺がその犯人を捕まえてやろう」


「兄ちゃんが?」


「おうよ、これでも出世間近な王国の騎士なんだぜ?

せっかく帰って来たんだ。このくらい役に立っていくよ」


すると、お父さんがよくやく口を開く。


「できるのか?本当に?」


なんか、淡々と事実だけを確認するような言い方だった。

アッシュは真面目な顔つきでお父さんと少しの間視線を合わせた後、いつもの笑顔に戻って答える。


「あぁ、なんとかしてみせるよ」


「…そうか」


お父さんはそう言うと、クリムくんに私たちの案内を頼み、お父さんだけ別の場所へ行ってしまった。


「はは、相変わらずだな」


その後ろ姿を見ながら、アッシュはそう呟く。

昔を懐かしむようで、ちょっとだけ寂しそうな目だった。


なんとなく、そっとしておいた方がいいかなと思い、適当にあたりを見渡す。

木はたくさんあるのに、やっぱり実が見当たらない。


「あの、クリムくん…」


「なんですか?」


「本当に被害って小さいの?見たところ、一個も見当たらないけど」


「…えっと」


クリムくんが少し困った顔をした。


「クリム、何も言わずに収穫を見せてやってくれないか」


アッシュが何かを企むような顔で言った。

驚くとか言っていたな、絶対に動じたりしないでいてやる。


クリムくんは少し離れた所へ私たちを連れて行ってくれると、一本の木を少し撫でる。


「じゃあセツナさん、これがクレイバです」


クリムくんが木の隙間に手を突っ込むと、木の皮をメリメリとめくり始める。

中は枯れ木のように空洞になっていて、蔓のような長いものが張り巡らされている。

それに丸い果実のようなものがぶら下がっていた。


「この丸いのが実?」


「そうですね。でも僕らにとっては実なのですが、木にとっては栄養をため込んだ胃といったところでしょうか」


「胃?お腹の?」


「果実ってさ、種の肥料だったり、動物とかに食べられるのが前提だったりするじゃん?

こいつはちょっと変わっていて、自分で作ったクレイバを少しずつ吸って冬を越すのさ。

だから実るじゃなくて、蓄えるって表現するんだ」


か…変わっている。

もしかしたら地球にもそんな植物があるのかもしれないけれど、私はこんな生態を初めて見た。


「驚いたでしょ?」


「ま、まぁね」


悔しいけど、めずらし過ぎてまじまじと見てしまった。


それから色々とクリムくんから話を聞いた。

一本の木からどのくらい収穫できるのか。

どうやって種を付けて、どうやって増えるのか。

こんな空っぽだと強風で折れたりしないのか。


いつの間にか本当に農園に興味がある人みたいにあれこれ質問もしてしまった。


体験でクレイバを一つ収穫させてもらう。

想像していたより軽くて脆そう。簡単に握りつぶせてしまいそうだ。

ついでに木の中を見上げる。真っ暗かと思ったら、結構隙間が多くて見通せた。


「あの、セツナさん」


クリムくんに話しかけられ、私は木から顔を出す。

いつの間にか近くにいるのはクリムくんだけで、アッシュは一人で別の木を見ていた。


「なに?」


「セツナさんって、その…失礼ですが本当に兄ちゃんの彼女じゃないんですか?」


二度も聞いてすみませんといった様子で尋ねられた。


「う、うん。そうだけれど…」


なんだろう?

そうだったらうれしいとか?

もしくは、アカシア様みたいに相応しくないと思っているとか?

ちょっとドキドキしてくる。


「別に深い意味は無いんです。…ですけど」


クリムくんがアッシュの方を見る。


「兄ちゃんの雰囲気がちょっと変わったのって、セツナさんがきっかけなのかなって…」


王国に来る前と来た後で、アッシュは少し変わったらしい。


「おーいセツナちゃん、こっち来てみなよー」


アッシュがそう言いながらこちらに戻ってきたので、今の会話はこれっきりで終わってしまった。


昔のアッシュか…。何が変わったんだろう?

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