キョウヤ様からのお誘い
クリスさんと喫茶店で会ってから翌日。
お城の屋上へと続く階段の前。
「では、いってらっしゃいませセツナ様」
私が階段を登る心の準備をしていると、マリーが一歩下がってお辞儀をした。
「えっ?なんで?一緒に行ってくれないの?」
てっきり二人で行ってくれると思っていたので、せっかくの準備が台無しになる。
「はい。今回はお二人だけの方がよいかと思いまして」
たんたんと事務的にしゃべっているようで、マリーの口元は少し笑っていた。
そうした方が私のためだと考えてくれているのだろう。
たしかに、緊張こそしているが、シチュエーションとしては良い。
しかし、いざそうなると頭が真っ白になりそうで、マリーの何気ないサポートがほしくなる。
少しの間、無言でマリーを見つめてみるが、マリーは今の姿勢を崩さない。
「わかった。一人で行ってくるよ」
これからの事を考えれば、このくらい難なくこなせていないと身が持たないかもしれない。
私は一人階段を登っていく。
一番上まで上がりドアを開けると、少しだけ風が吹き抜ける。
目の前には青い空と白い雲、それと、凛々しい騎士の後ろ姿。
「セツナ様。すみません、お迎えに行ければよかったのですが…」
キョウヤ様が私の到着を歓迎してくれる。
「いえいえ、キョウヤ様は忙しそうですから、こうして本当に時間をもらえただけでもうれしいです」
そう、ドワーフの村へ向かう直前の約束を、キョウヤ様がこうして守ってくれたのだ。
「いい眺めですね」
王国だけでなく、遠くの山や森まで見渡せる。
普段は風が強そうだが、今日はそうでもなくて清々しい。
「えぇ、実は私のお気に入りでして、たまに一人で来ていたりするんです。
本来ならお茶でも飲みながらなのでしょうが、セツナ様だったらこういうのもいいかなと思いまして」
この人は本当に私のことをわかろうとしてくれていて感激する。
お茶とお菓子で優雅にするのも好きだけど、少し前まで女子高生兼クノイチをやっていた身としては、昼休みの屋上みたいなノリでとても和む。
それに、二人きりでキョウヤ様のお気に入りの場所だなんて…。
なんか、本当に乙女ゲームみたいな状況だなー…。
なんて思えるくらいにはまだ冷静さを持っていた。
だけど、何からお話ししたらいいやら。
最後にちゃんとお話しできたのは、最初の魔物討伐の時?
それからも会う機会はいっぱいあったけれど、二人でゆっくりお話しできることはなかった。
だから、少々強引でもこんな約束をしたのだが、いざこうなると…ねぇ…。
あーだこーだ考えていると、キョウヤ様の方から話しかけてくれる。
「すみません、椅子くらいは用意しておけばよかったですね」
「大丈夫です。立っていても疲れないコツみたいなものもあるんですよ」
まだ緊張はしているが、普段通りにできていると思う。
この前、キョウヤ様の本音を少し聞けたからこそだろう。
どう振舞ったらいいか悩んでいた最初の頃とは違っている。
「さすがですね。もし機会があったら私に教えていただけませんか?
見張りの者にも伝授してやりたいと思います」
「もちろんです。ただ、やっぱり氣が関係してきますよ?」
「やっぱりそうでしたか」
二人で少し笑い合った。
なんだ、ちゃんと普通にお話しできるじゃん。私は何を心配していたのだろう?
イケメンのお手本のようなキョウヤ様を、近くに置いておきたかったみたいな?
なんてことを考えながらキョウヤ様をちらりと見てみる。
…なんの偽りもなく、かっこいい。
かっこよすぎて近寄りがたいのに、胸に飛び込んでいきたくなるような引力もある。
キョウヤ様の洗礼された容姿だけで、私の理性と本能は揺さぶられる。
そんなキョウヤ様に、手を握ってもらったり、お姫様だっこしてもらったりしているんだよなー…。
その時のことを思い出して急に恥ずかしくなってくる。
あの時は異世界に転生したということで、はしゃいでいたな。
「その…実はなのですが…」
キョウヤ様が少し照れくさそうにする。
「私も、少しセツナ様とお話ししたいなと思っていたところだったんです」
そんなことをイケメンに言われて、ドキリとしない女子が果たして何人いるだろうか?
なんの意図も無くったって、そのセリフだけで数日楽しめるだけの威力があった。
「そ、そうだったんですか?」
完全に照れてしまっている私は間の抜けた反応しかできていない。
「と言いますか、私がただセツナ様に伝えたかっただけと言いますか…」
キョウヤ様は、風景を見ながら私に語り掛ける。
「イケメンナイツの話をしてくださった時、セツナ様は本当にすごい人なんだなと感じました」
褒めてくれているようでうれしかったが、イケメンナイツという単語がキョウヤ様から発せられた違和感が邪魔をする。
「強いだけでなく、我々の信頼を得て、常に未来を見据えている。
別の世界から来たというのに、今は誰よりも率先して王国のために戦おうとしてくれている」
お…おぉ、なんか褒められている内容が思っていたより壮大だ。
「私よりも、よっぽど騎士団長に向いていると思います」
「そ、そんなことないですよ。私は別に、自分のやりたい事のために、みんなに協力してもらっているだけですから。私なんかが騎士団長じゃ、みんな苦労しますよ」
「そんなことありませんよ。セツナ様のやりたい事は、結果みんなの為になるじゃないですか」
まぁ、そう言われてしまえばそうかもしれないけれど…。
そんな風に考えたことはなかったかも。
そうかなー?なんて照れていると、キョウヤ様がじっと私の事を見つめている事に気が付く。
「本当に…すごい人です」
囁きかけるようなその声が、私の耳の奥まで震わせる。
それになんか…、顔が近づいているような…。
こんな積極的な感じ…初めてじゃない?
「…あっ、す、すみません。私としたことが…」
急に我に返ったキョウヤ様は、一歩下がってしまった。
ちょっと残念な気がしたが、ドキドキしすぎてホッとしている自分もいる。
キョウヤ様って二人きりになると距離を詰めてくるところがあるよね。
無意識にそうなってしまっているような感じ?
お姉さんがいるから、女の人といるのに慣れているからとか?
あっ、そうそう。
そうだ。私はキョウヤ様に聞いてみたいことがあったのだった。
「キョウヤ様って、たしかお姉さんがいらっしゃいますよね?」
「はい、たしかに私には姉が一人いますが」
「お姉さんって、よくお城に来ているんですか?
少し前、たまたまお姉さんらしき人と歩いているキョウヤ様を見かけたことがあったので」
「あぁ、それならきっと姉ですね。ここへ来るのはたまになのですが、恥ずかしいところを見られてしまいましたね」
そっか、あれはやっぱりお姉さんだったのか。
まぁ、キョウヤ様にそういう人がいるなんてゲームでは無かったけどね。
「そうだ。その姉がセツナ様に会いたいと言っていました」
「えっ?お姉さんがですか?」
「はい。…そうだ、もしよろしかったら、私と姉の三人で夕食でもいかがですか?
ここへは来ていませんが、今日は近くにはいるはずなので」
「きょ・今日…?」
「もちろん急な申し出ですから、難しければまた別の日でも。
姉も都合が悪いかもしれませんし」
予定は何も無いから大丈夫…だけれど、美男美女と共にお食事?
しかもキョウヤ様のお姉さん。
なんか、家族を紹介されるみたいな流れで、想像しただけで緊張できるが…。
「大丈夫です。私もキョウヤ様のお姉さんに会えるのが楽しみです」
せっかくの申し出、断る理由が無い。
「よかった。それでは後で姉に聞いてみます」
ちょっと不安だけれど、これでまたキョウヤ様に一歩お近づきになれる気がする。
私も後でマリーに伝えておかないと。
その後は、なんでもない普通のお話をした。
最近あった事とか、この街のお店の事とか、本当になんでもない、楽しい時間だった。




