まずは知るところから
クリスさんは私にどのくらい必要とされているのか?
また、どんな風に役に立てるのか?
守護者だと言われても、その重要性は人によって違うかもしれない。
こういった質問をしてくれるあたり、前向きに考えてくれているのだろうと思うけれど、なんて伝えたらよいか難しい。
なぜかと言うと、私はゲームでのクリスさんをほとんど攻略していないので、現実と同様に曲芸師であること以外あまり知らない。
「クリスさんが守護者で、かならず必要になる人物であることは確実なんです。
具体的にどうってところは私もわからないんですけれど、クリスさんの曲芸師としての技術は何かしらみんなのプラスになると思っています」
「曲芸師としての…技術…」
少し悲しそうな顔をしたクリスさんを見て、私は自分の迂闊な発言に気が付く。
人を楽しませるための技を、易々と戦いに使えると言うべきではなかった。
死んでほしくないと思っているのに、戦士でない人を戦わせようとしている。
なまじ戦うことに慣れているから、強くなった方が助かるなんて考え方をしてしまう。
フォローをするつもりでいるのに、今のところ勧誘しているような感じにしかなっていない。
「ごめんなさい!クリスさんをただの戦力と思っているわけじゃないんですけれど…」
「いえ、セツナさんがそんな風に考えているなんて思っていませんから」
クリスさんはお菓子を一つ摘まみ、少し見つめる。
それをゆっくり噛んで食べた。
「本当だ、おいしい」
さらにもう一つ食べて、紅茶を一口飲んだ。
意外なタイミングで手を付けたように思ったけれど、今の雰囲気を少しでも変えようとしてくれたのかもしれない。
「ずるい言い方をしますが…」
とクリスさんが話を続ける。
「魔物が攻めてこない限り、しばらくは氣の特訓をするんですよね?」
「そうですね。クリスさんも含めてほとんどの人が氣を身につけていますが、実戦レベルでまだ使えないので、そうなると思います」
「でしたら…その…とりあえず、その特訓には加わるというだけ…ではダメでしょうか?」
体を少し丸め、申し訳なさそうにクリスさんは言った。
「王国が危機的状況になっていることは知っているのですが、正直、僕はまともに魔物を見たことも無いんです。だから、怖いとか以前に実感が湧かないんです。
本当に僕なんかがやる必要があるのか?って…」
私は黙って耳を傾ける。
「だから、まずはそれを知りたいと思います。
おじいさんの言っていた事はこのことだったのか?
僕にいったい、何ができるのか?
もし僕が魔物と戦わなかったら、サーカスはどうなってしまうのか?」
まずは知るところから。それで十分だと私は思った。
「私は、それでいいと思います」
だけど、それが本心なのかはやっぱり気になる。
「あの…、私がこんな事を言うのもなんなんですが、その、魔物との闘いが終わるまではクリスさんがサーカスの舞台に立てることはほとんど無くなると思います。
だから、えと…本当に大丈夫ですか?」
極端な話、クリスさんは私と出会わなければ今もカザンガでサーカスをしているはずである。
王国のため、仲間のためとはいえ、それを奪ってしまった負い目がどうしてもあった。
クリスさんは困ったような難しい顔をした。
「まぁ、これも実感が湧いていないと言ってしまえばそれまでなのですが…。
あれからずっとセツナさんに興味があったから、悪いことばかりでもないかなって思っているです」
「………えっ?」
えと、私に興味が…ある?
真面目な顔でいきなり過ぎる大胆発言に、私の顔がどんどん火照っていく。
固まって動かなくなった私を、クリスさんが不思議をそうに見てくる。
その澄んだ瞳とやさしそうな顔がきれいで、さらに顔が赤くなる。
「あの、クリスさん?今のって?」
あわあわしている私と目を合わせながら、クリスさんが先ほどの発言を思い返す。
「…あっ」
自分が何を言ったのかようやく気が付いて、クリスさんも負けじと頬を染める。
「ちち…違います。決して、あの、そういう意味ではなくてですね…。
セツナさんの技にって事でして、その、すみません言葉足らずで…」
手振り身振りで誤解であることを表現した後、空気が抜けたようにしぼんでいった。
クリスさんのことだからちょっと考えれば気づけそうな事だったけれど、最近ちょっとそういうことが続いたから、つい真に受けてしまった。
「あ、あぁそうですよね。ごめんなさい、ちょっと自意識過剰なところがありまして…」
言っていてちょっと悲しい気持ちになったが、笑って誤魔化した。
それに合わせてクリスさんもぎこちなく笑う。
あんなに開いてしまっていた距離が少し縮まった気がする。
私の立場からじゃなかなか言えないけれど、こうして普通にお話しできる方がいいな。
しばらく笑った後、クリスさんは少し考えこみ始め、おもむろに席を立つ。
「ちょっとだけ、新しい技を見てもらえませんか?」
そう言うと腰のあたりから円月輪を取り出す。
よく見るとそれはゴムのような素材でできていて、練習用に危なくないようになっていた。
クリスさんは少し足を開き腰を落として、安定した体制をとる。
右手の人差し指を真上に向けて円月輪をかけると、それをくるくると回し始める。
だんだんスピードが速くなってきて、よーく見ないと指から離れて浮いているように見えてくる。
…なんて思ったのも束の間、円月輪は高速で回転しながら指を中心に本当に浮いていた。
そこでようやく気付く、指を伝って円月輪に氣が流れていることを。
「クリスさん!?」
たしか、クリスさんに教えた時が今まで一番手ごたえが無かった気がするのに、いつの間にか基礎をほぼマスターしているではないか。
「ど、どうでしたか…?」
回っていた円月輪を止める。
あれだけ大きなリアクションをとったのに、クリスさんはちょっと不安そうに聞いてきる。
「びっくりしました。どうやってここまでできるようになったんですか?」
「えっ?どうやって…。僕としては、言われた通り毎日練習したとしか…」
それが本当だとしたら、大変な練習と勉強だったと思われる。
正直に言って、ロック様やボガードのようなセンスがあるようには見えなかった。
にも関わらずこのレベルに辿り着いている。
それはもう、努力なんて一言で片づけるのはおこがましく思えるほど。
この人の芸事に関する意気込みは半端ない。
「真剣に王国のことを考えているみなさんには申し訳ないですが、僕は僕で…この通り得るものがあると思っています。
だから心配しないでください…ていうのもやっぱり変かもしれませんが、今はちゃんと考えて、自分の意志で参加しようと考えています。
ただ、やっぱりセツナさんに少しでもいいから後押ししてほしかったと言いますか…、すみません、ちょっと甘えすぎでしたね」
魔物と戦う事に不安がある。わからない事も多い。
でも、だからと言って見て見ぬフリをしたいわけじゃない。
自分なりに、ここに残る意味も持っている。
どんなに追い詰められても、最後まで戦うことができない人もいる。
私はそれを知っているから、クリスさんの勇気と気遣いに感動した。
「へへへ」
なんか、逆に私がフォローされているみたい。
うれしいやら、申し訳ないやら、不思議な感覚。
「クリスさんって、けっこうかっこよかったんですね」
なんか、ちょうど憧れやすい近所のお兄ちゃんって感じ。
私にそう言われて照れているクリスさんを見て、私もちょっと照れくさくなる。
「セツナさんも!」
クリスさんが今日一番の声を出す。
「セツナさんも…かっこいいと思っています。
僕よりも年下なのに…みんなの中心に立って魔物と戦うなんて…。
しかも、こうやって僕なんかにも気を使ってくれる」
きっと人を褒める事に慣れていなかったのだろう。
声がそこそこ震えていた。
だけどその分、気持ちが本物だということが伝わってくる。
「ありがとうございます」
結局私は何も言ってあげられなかったけれど、無理強いになっていなかったことがわかってうれしかった。
「これからよろしくお願いします。クリスさん」
「こちらこそ、よろしくお願い致します。セツナさん」
こうして、本当の意味でイケメンナイツが私の所に揃うことになった。




