戸惑いのクリスさん
イケメンナイツ全員、私に惚れてもらいます。
そんなとんでもない事を胸に、全員とのデートを宣言してから二日後。
私とマリーは城下町の喫茶店へとやって来た。
目立たないように普通の服装をして、お城から歩いて来ている。
変装とは違うけれど、誰にも気づかれないようにするのはクノイチの得意分野だ。
店内へ入り、マリーが店員さんに予約していることを伝える。
私たちがお城から来た者であることに驚き、店員さんが私の顔を見る。
ちょっと対応が固くなってしまったが、普段通りの接客で私たちを二階テラスへと案内してくれた。
テラスにはテーブルが3つあり、使われていたのは1つだけ。
理由は、聖なる巫女がここへ来ていることをできる限り隠すため。
お城の方から喫茶店にお金を払ってもらい、テラスを貸し切ってもらっている。
じゃあ、いっそのこと二階を貸し切った方がいいのでは?テラスだと外から見えるじゃん。
とは思ったのだけれど、それはそれで目立つということで。
外からの視線は日よけを設置することで誤魔化すことになった。
先にお店に来ていたのは、クリスさん。
直立不動で椅子に座っていて、私たちが到着したことに気が付くと、ガタンと音をたてて立ち上がった。
「あっ…セ、セツナ…さん、おはよう…ございます」
私への反応が、初めて会った時に戻ってしまっている。
おどおどしていて、挨拶が終わると視線を下げてしまった。
「おはようございますクリスさん、またこんな風に来てもらう形になってしまってごめんなさい」
「い、いえ…、僕は全然…」
まぁ無理もなかった。
お城にたった一人で呼ばれたと思ったら、騎士団長などすごい面々と顔を連ね、その中心で堂々と話をしている私。
初めて私の正体を知った時はまだ半信半疑だったけれど、今は私が本当に聖なる巫女であることを実感している。
やっぱり、そんな人を相手に友達面はできない。たぶんそんな心境。
おまけに言いたい事だけ言って、イケメンナイツの中に取り残していく始末。
私も自分のことで精いっぱいになってしまっていたとはいえ、あれは失敗だったと反省している。
こうなってしまうことはある程度わかった上で実行したのだが、私としてもこうして目の前で恐縮してしまっているクリスさんを見ていると、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
だからこそ、こうして真っ先にフォローしようといているのだが、私にどこまでできるかな?
マリーに席を引いてもらい、クリスさんと同席する。
「何かほしい物はありますか?なんでも言ってください」
私は飲み物のメニューを広げてクリスさんに見せる。
「えっ、あ…はい」
クリスさんは言われるがままメニューを見てくれるが、文字が読めているのかわからない様子。
「えっと、このセットが人気があるみたいですよ。
よかったら、同じものを頼みませんか?」
「そうなんですか…、じゃあ、僕もそれで」
マリーは注文を伝えるために店内へ入って行き、テラスには私とクリスさんだけになった。
「ここへ来るまで、けっこう長旅だったんじゃないですか?」
「はい…、でも、お城から何人も手伝いが来てくれて、そんなに大変ではなかったです…」
「どうですかこの街は?」
「いい街だと…思います。お城の近くというだけあって、どこも賑やかで…」
「………」
「………」
うーん…、お話してくれようとしている姿勢は感じるが、厚い壁が間に入っている。
どうしたものか?
いくらイケメンナイツとしての運命があるとはいえ、このままではかわいそう。
「…あの」
話題に頭を悩ませていると、クリスさんの方から話かけてくれた。
「なんですか?」
「昨日の話って、どこまで信じていいんですか?」
クリスさんはテーブルの下で拳を握り、恐る恐る聞いている。
「あの後、オズワルドさんという方から改めて聖なる巫女やその守護者、魔物との闘いのことを聞きました。カザンガの美術館でそれなりに知っていましたし、魔物の被害が大きくなっていることも知っています。ただ…」
その追い詰められているような姿に、私の胸が締め付けられる。
「僕が、その中の一人だなんて…とても信じられないです」
クリスさんは唯一、戦士でもなければ、お城の関係者でもない。いわゆるただの一般人だ。
それがある日突然、選ばれし守護者と言われても悪い冗談にしか聞こえないだろう。
男子だったら燃える展開のように思えなくもないが、これが現実であり当然の反応である。
それでも、クリスさんには立ち上がってもらわなくてはならない。
「その気持ちは…わかります。私も、こんなやり方でよかったのか、今でも悩んでいます。
だから、まずは謝らせてください。いきなりこんな事になってしまって、本当にごめんなさい」
「いえ!僕は別にセツナさんを責めているわけでは…」
頭を下げる私に気が付き、クリスさんがようやく私の方を見てくれた。
そして、思い悩むようにおでこを掻く。
「………信じられないのは本当なのですが、実は、こうなるようなことを小さい頃に言われたことがあるんです」
そう言って、クリスさんが少し昔話をしてくれる。
クリスさんの芸は、元々戦うための技術だったらしい。
私が円月輪に似ていると思ったのは間違いではなかったようだ。
円月輪を曲芸に仕上げ、クリスさんに伝授したのは、クリスさんのおじいさんらしい。
おじいさんも円月輪をある女性から教えてもらったようで、その事を亡くなる少し前に教えてもらったとのこと。
「そして、こんなことも言っていました。
僕の芸が、人を楽しませるだけでなく、人を助けることにもなる。
だから芸の腕を磨き続けろと…」
クリスさんの話は、たしかにこの事を予言したように聞こえなくもない。
まるで、こうなることを知っていたような…。
おじいさんは誰かにその事を聞いたのだろうか?
その人は、もしかして美術館の石像を作った人と関係があるのだろうか?
とても興味深く、色々なことを考えてしまう。
だけど、今はクリスさんの事が最優先なので一旦保留にする。
「クリスさんはそれを聞いて、どう思っていたのですか?」
「正直に言いますと、なんとも思っていなかったです。
おじいさんはよく人助けをしている人でしたから、僕の芸が何かの役に立つことがあるだろうくらいにしか思っていませんでした」
クリスさんは、円月輪を握る真似をして、その手をじっと見つめる。
「だけど、ずっとその言葉を覚えているあたり、おじいさんは真剣にこの事を言っていたのかな?って、今は思うんです」
クリスさんは、自分の気持ちと現実の出来事をすり合わせている最中なのかもしれない。
「クリスさんは、どうしたいとか…ありますか?」
この質問は早すぎたかもと思ったが、今の素直な気持ちが知りたかった。
「僕は…」
テラスと店内を繋ぐドアが開く。
マリーがキャスターを押してテストに戻ってきた。
ケーキやお菓子、紅茶が並んでいてなんともおいしそう。
「お待たせしました」
マリーが手際よくそれらをテーブルに並べていく。
最後に紅茶をカップに注いで、マリーは私の斜め後ろに立つ。
こういう時、マリーが横に座って一緒に食べてくれないのが少しさみしい。
私の部屋ではそうしてくれるようになっただけいいんだけどね。
クリスさんは、目の前に並べられたものを見ずに、私の質問の答えを考えている。
「クリスさん、ゆっくりでいいですから、ケーキとか食べてください。おいしそうですよ」
そう言って私は、紅茶を飲み、ケーキを一口食べてみる。
評判通りおいしかったと思うけれど、今はそれを楽しめる余裕がちょっとなかった。
クリスさんはもっとそうで、紅茶を少し飲んだだけで、両手をすぐに下ろしてしまう。
「…質問を、質問で返すようで悪いのですが」
クリスさんが私に尋ねる。
「セツナさんは、魔物との闘いに僕が必要だと、どこまで思っているのですか?」




