乙女ゲームのヒロイン
ほっぺたにやわらかいものが軽く触れる。
アッシュの顔が真横にあって、息遣いが聞こえてくる。
コツンとおでこがぶつかる。
アッシュの感触が直に伝わってきた。
最初、何が起きたのかわからず茫然としていまう。
目の前のアッシュと目が合うと、にっといつものように笑っていた。
そこでようやく私はとんでもない事をされたことに気が付く。
気持ちが高揚したかと思えば、途端に恥ずかしくなってくる。
顔がどんどん熱くなって、言いたい事が山ほどあるはずなのに一言も出てこない。
「あっ…あわわ…へっ?」
今、アッシュにキスされた。
「よかった。嫌がられたらどうしようかとひやひやしちゃったよ」
なんて言いながら、再び顔を近づけてくる。
えっ?なに?またキスされるの?
それはさすがに…みんなが見ているのに!?
と考えるのだけれど、体が動かない。
「おいちょっと待て!」
ボガードがアッシュの肩を掴んで強引に私から引き離す。
「お前さっきから何をしてやがる」
「あれ、やっぱりダメだった?」
怒り心頭のボガードに、あっけらかんと答えるアッシュ。
「もしかして嫉妬しちゃった?」
そう聞かれたボガードの顔が赤くなる。ついでに私もひそかに照れる。
わなわなと反応に困っていたが、ボガードが意を決して言い返す。
「こ…こいつは俺が目を付けた女だ。お前なんかに譲る気は…ねぇ」
あ…あわわ…、私がそんなことを言ってもらえる日が来るとは思ってもみなかった。
すごくうれしくて夢のような気分な反面、本当に私でいいの?と不思議と申し訳ない気持ちにもなる。
二人は譲る気は無いようで向かい合ったまま動かない。
私もどうしたらいいかわからず固まったまま。
「おー…マジかこれ?」
ロック様が予想外の事態に唸る。
「嬢ちゃん、そんなにモテるやつだったのか」
やめてー、そんな普通に感想を言わないでー。
「そっか、そっか」
と言いながら、ロック様が二人に近づいて肩に腕をかける。
「お前らとはちょっと違うかもしれないが、それ、俺も参加していいか?」
………はい?
「はあ?!」
「えっ?なんでロックさんが?」
衝撃の発言にアッシュとボガードが声を上げる。
「なんでって?お前らに嬢ちゃんを取られたら氣の特訓の時間が減るかもしれないだろ。
そんなの黙って見ていられるか」
なんだ、そういうこと。
「…でもま」
コホンと咳払いをして、ロック様が少し照れくさそうにこう続けた。
「いずれ決める相方が嬢ちゃんなら、悪くないかもな」
場が静まり返り、ちょっとした緊張が走る。
「な…なんだよ」
冗談混じりで言ったつもりだったのだろうが、ロック様以外は真面目にその言葉を受け取っていた。
まぁ、この流れではしかたのないこと。
だってそれ、恋人を通り越して結婚相手のことを言ってません?
し…しかし、ロック様までそんなことを言い出すなんて。
ど、どうしたの三人とも?
アッシュ復活がうれしすぎてテンションがおかしくなっちゃったのかな?
今の空気に耐えられなくなったロック様が吠える。
「だー!なんだよお前ら、俺を変な目で見やがって…。
そうだ、ジル、お前はどうなんだ?」
疲労困憊で部下の肩を借りているジル様を指をさす。
「自分の研究室に呼んだり、晴れ舞台に招待しているのは知っているんだぞ」
言っている事もやっている事も子供のそれである。
照れているところはかわいくもないが、見ているこっちが恥ずかしくなる。
この話題が自分に振られたことに、ジル様はため息をついて目を逸らす。
そのまま何も答えない。
「お、おい…なんとかいえよ」
無視された事で余計追い込まれるロック様。
このまま無言を貫くのかと思ったら、ジル様はロック様に向き直るとこう言った。
「…そうだな。あいつを研究する時間が減るかもしれないという点では、お前に同意してやる」
ニヒルに、でもちょっとだけ楽しそうに笑うジル様がいた。
わからない所が多い魔術師としてではなく、ごく普通の男性として答えたような気がした。
そんな親しみを感じた雰囲気に思わずときめいてしまう。
あ…あれ?ジル様も私のこと、ちょっとは良く思ってくれていた?
「お…おう」
意外な反応に、ロック様が面食らう。
このままジル様を矢面に立たせようとした思惑がはずれた。
「ひゃー…マジで?」
アッシュがこの状況に驚く。
ボガードの事は知っていたとして、まさか本当にロック様とジル様もまんざらでもないとは。
ボガードも想像以上のライバル出現に呆気に取られている。
となると、視線は自ずと残る一人に向けられる。
それに気が付き、目を泳がせるキョウヤ様。
「こうなった以上、お前にも何かしゃべってもらうぞキョウヤ」
こうなったのはロック様のほぼ自爆だが、この大きな流れに誰も逆らえなくなっている。
「わ、私ですか?」
みんなの圧に、キョウヤ様が思わず後退する。
「そうっすよ。一応この中じゃキョウヤさんが一番セツナちゃんと付き合いが長いんですから、何か言いたいことがあるなら言っておきましょうよこの際」
アッシュが追い打ちをかける。
何も言わないのは逆に悪いかもしれませんよ?みたいな雰囲気にするのがうまい。
い…いや、でもキョウヤ様の本音…聞きたいような…怖いよな。
なんかドキドキしてくる。
ついキョウヤ様を凝視してしまっている私に、キョウヤ様が気が付く。
気まずいやら、照れているやらですぐに目を逸らされてしまう。
うー…、その反応はどっちなの?
もう自分でもどうしたいのかわからなくなってきる。
「わ…私は…」
キョウヤ様がついに口を開く。
「す…素敵な女性だと思っています…けど…」
「けど?」
「あっ、いえ、別に悪いところがあるという意味ではなくてですね…」
本音をわずかに漏らしてしまい、それをアッシュに拾われてしまう。
それを自分の失態と判断したキョウヤ様は、"けど"と続けてしまった真意を話してくれる。
「正直に話しますと、最初はかなり戸惑いました。セツナ様にはそれらしきことを以前お話ししたことがあるのですが、私が思っていた聖なる巫女とは少し違っていたので…」
あー…と、どこからか賛同する声が聞こえてくる。
私もそれには同意せざるおえない。私自身も聖なる巫女のイメージとは異なると思っている。
ただ、私からしてみても、みんなの私に対する扱いも思っていたのとだいぶ違ったよ。
「ですが、セツナ様と共にしている内に、自分の了見が狭かったことを思い知りました。
聖なる巫女はか弱い女性で、私たちが守らないといけない存在だなんて誰が決めたのか?」
うーん…、言っている事はとても良い事なんだけど…、本来はそうあるべきだったと言いますか…。
いや、乙女ゲーのヒロインだからって、自分の身は自分で守って何がいけない?
…あれ?私が憧れていたモノってどんなだったっけ?
「それに気が付いてから不思議なことに、他の誰かと接するのも少し楽になったのです。
そういう意味では、セツナ様は私の恩人でもありますね」
最後にそう言って、キョウヤ様が私に微笑んでくれた。
よかった。こんな私でもキョウヤ様のプラスになれていたんですね。
「うーん…そういうことじゃないんだけどなー、まぁいいか」
いい話だったけれど、期待はずれな内容にロック様が少しがっかりする。
マリーとレオナさんがひっそりと固唾を飲みながら、目を輝かせて聞いていた一連の流れはこれにて終了。
ぽつぽつと人が去っていき、私もマリーと一緒に部屋へ戻る。
まずはアッシュが無事でよかった。
そして、な…なんかその後がすごい出来事だったな。
キョウヤ様の話ではないが、最初はマイナスイメージのスタートだったから、持ち直せたかな?くらいに思っていたけれど、まさか、あんなに良く想ってもらえていたとは素直にうれしかった。
それも、あの場にいたイケメンナイツの全員に。
いやー…、努力が報われるというのは気持ちがいいね。
まさか、こんな大勢にモテる日が来ようとは。
まるで乙女ゲーのヒロインみたい。
………。
「ん!?」
思わず廊下のど真ん中で立ち止まる。
「セツナ様?」
私…いつの間にかヒロインになれている?
私を取り合うようなイケメン達のやり取りを思い出す。
あれはたしかに、乙女ゲーヒロインだけに許されたポジション。
「私は、ついにやり遂げたの?」
「…セツナ様??」
これから先の展開を、私は期待してもいいんだよね?
心ときめく毎日が待っているかも…しれない。




