復活の魔法
「ジル様はいますかー!?」
ダメだとわかっていながら、私は城壁を乗り越えて真っすぐ魔術塔へやって来た。
扉が勢いよく開くと突然大声をあげる女子がいて、魔術師たちはさぞ驚いただろう。
みんな私の方を見て、何が起こったのかを確認している。
「ジルさんなら、ご自分の研究室です」
事態を飲み込めた一人の魔術師が私に教えてくれた。
「ありがとうございます」
私は階段を無視して壁蹴りで登っていく。
そして、ノックをせずにジル様の研究室のドアを開けた。
誰もいなかったので、奥の部屋へと進む。
「ジル様!」
部屋の様子が目に入り、私は息を飲んだ。
石化してしまったアッシュが研究室の中心に置かれ、複雑な魔法陣が床と壁にびっしりと書き込まれ、様々な道具が散らばっている。
その周りで何か呪文を唱え続けている魔術師が三人、その内の一人がジル様だった。
見るからに衰弱しきっている顔。
今にも倒れそうなふらふらな状態で、私に気が付くことなく続けている。
他の二人は私に気が付いたが、中断できないのか目が合うだけだった。
どうしたらよいかわからず立ちすくんでいると、数人の魔術師が研究室に入って来る。
三人が詠唱に加わると、残った魔術師がジル様の肩に触れて話しかけた。
「ジルさん、セツナ様がお戻りになられました」
目を覚ましたかのように詠唱をやめたジル様が、私の方へ振り返る。
「………遅いぞ」
弱々しい声で毒づく。
だけど、その表情は安堵したやわらかい笑顔だった。
私はリュックを下ろして、ありったけのカルディアを床へ転がす。
「これで足りますか?」
「待て、まずは確認する」
ジル様が一つを手に取り、別の魔術師がルーペのような物を持ってくる。
それを使ってカルディアをのぞき込む。
「間違いない、たしかにカルディアだ。すぐに復活魔法に取り掛かるぞ」
詠唱していない魔術師たちがカルディアを拾い集める。
ジル様もそれに加わるが、中腰に耐えられなくなって膝をついた。
「ジル様、大丈夫ですか?」
私は駆け寄ってジル様を支える。
「大丈夫だ」
そう言って、カルディアを拾い始める。
休むように言いたかったけれど、その気迫に圧倒されてしまった。
絶対にアッシュを助け、私との約束を守る。そんな強い意志が伝わってくる。
拾ったカルディアを誰かに預けると、ジル様はよろよろと立ち上がる。
遠慮なく私の肩を借りるので、ジル様の重みをしっかりと感じた。
そのくらいギリギリの状態なんだ。私は最後まで寄り添うことを決める。
「よくやった…」
私にしか聞こえないような声で、ジル様がそう言った。
「後は任せておけ」
「はい」
数人の魔術師によって新たな魔法陣が作られ、カルディアが配置されていく。
完成に近づいていくにつれて、研究室が黄色い光に包まれていく。
どたどたと誰かが走って来る音が聞こえる。
乱暴にドアを開け、研究室に入って来た。
「おい!アッシュはどうなった!?」
入ってきたのはロック様だった。
私が魔術塔に来たことを聞きつけて、駆けつけてきたようだ。
「ロック様、よかった。無事だったんですね」
「嬢ちゃん、アッシュはどうなった!?」
ジル様がロック様を睨む。
「うるさい、これからだから少し黙っていろ」
そう言われてしまったロック様はちょっとだけ小さくなり、獣耳がしおれた。
それからキョウヤ様、ボガード、レオナさん、マリーと続けてやって来る。
みんな、アッシュが心配で来てくれた。
「キョウヤ様」
「セツナ様、無事に戻られてよかった」
「はい、そちらも大丈夫でしたか?その…本当だったら私も行くべきだったのですが…」
「どちらも成功させようと思ったら、これしかありませんでした。どうか気になさらないでください」
キョウヤ様が大丈夫だと頷いてくれる。
「数は多かったが雑魚ばかりだったからな、どのみち嬢ちゃんの出番はなかったよ。
あっという間に終わったから、俺らは報告のためにとんぼがえりよ」
がははと笑いながらロック様が状況を教えてくれる。
その横に、心配そうにアッシュを見つめるレオナさんとマリー、静かに見守るボガード。
アッシュ、みんなが待っているよ。
「ジルさん、始められます」
「わかった」
ジル様が私から離れ、アッシュのもとへと向かう。
「お前たち、わかっていると思うがこの復活魔法は一発勝負だ。全員集中しろ」
復活魔法が始まる。
不思議な言語による詠唱と、黄色い光が呼応する。
カルディアも反応して輝き始め、魔法陣が活性化する。
アッシュは強い光に飲まれていき、姿を消す。
見守ることもできなくなった私は、手を合わせて祈ることしかできなかった。
手に力が入り、額に当てる。
成功して…お願い…。
ジル様の声が聞こえてくる。
すると、パーンとガラスが割れるような音がして、眩い光で研究室が真っ白になった。
ジル様が最後の詠唱をして、数分に及んだ復活魔法が終わったようだ。
手で目を守りながら、徐々に弱くなっていく光の中でアッシュを探す。
「アッシュ!」
名前を呼ぶ。
人影が見えてきた。
石化した時の姿勢と…違う?
カルディアが力尽きて一斉に割れる。
光も一気に収束して、魔法陣も消え、何事も無かったように普通の研究室に戻った。
ただ違っていたのは…。
石化が解けてしりもちをつき、お尻を押さえているアッシュだった。
研究室はしんと静まり返ったまま。
復活魔法は見事に成功して、アッシュは無事に石化から解放された。
にも拘らず、なんだかその実感が湧かない。
アッシュが周りを見渡す。
いきなり知らない所でお尻を打ったと思ったら、大勢に囲まれている。
茫然としていたが、一人一人の顔を認識していくと、くすりとアッシュが笑った。
「なに…?これ…?」
アッシュの…あの惚けた声が、笑顔が戻ってきた。
私は考えるよりも早く、アッシュに抱きついていた。
「セ…セツナちゃん?」
「ょ…よ…よがったぁー」
うれしくて、うれしすぎて涙がぼろぼろ零れてくる。
痴態を晒しているのことを心の奥ではわかっているのに、涙と嗚咽が止まらない。
マリーに諭され、キョウヤ様に応援され、オズワルド様に助けられ、みんなが私を励ましてくれていたけれど、ずっと恐かったんだ。
誰かが死んじゃう。もう会えなくなる。それがどれだけ悲しいことか。
こうして生きている。馬鹿にされたってまたお話できる。これがどれだけ喜ばしいことか。
わんわん泣いた。
顔がぐしゃぐしゃになっていることに気が付いて、うっかりアッシュの服で拭いてしまう。
やらかした事に気が付いたけれど、気持ちがどうにも止まらない。
制御不能になってしまった私を、ぽんぽんとアッシュが背中を叩く。
「よしよし、もう大丈夫だよ」
なんか、私が助けられたみたいになる。
でも、それでもよかった。今の私は、助かってくれてありがとうという想いでいっぱいだったから。
ひとしりき泣き、ようやく落ち着いてくると、アッシュがゆっくりと引き離す。
目と目が合う。ちょっと惚けた感じの、あの整ったイケメン顔が近くにある。
「はは、すごい顔」
くしゃっと笑うその顔に、懐かしささえ感じる。
「すごい汚れているね。もしかして、俺のために頑張ってくれた?」
私はまだしゃべることができず、うんうんと頷く。
「そっか、俺なんかのために…」
「…だ、だって」
口がなんとか動かせるようになってきた。
「アッシュがこのまま死んじゃうなんて嫌だったし…、最後に言った言葉が"嫌なやつ"なんて、やっぱり嫌だったんだもん…」
少し間をおいて、アッシュが大笑いする。
「…ぷっ、ははは、あはははははは」
あまりにもおかしかったようで、顔を上げるほど笑っている。
何がそんなにおかしいのかわからず、私はすっかり泣く気が失せてきた。
「あはは…そんなこと…気にしてくれていたんだ」
アッシュが急に真剣な顔になる。
私の頬に手を添え、親指でそっと涙をふく。
「セツナちゃんって、ホント…いいこだよね。そんなこと聞いちゃったらさ、引けなくなっちゃうじゃん」
何が言いたいのかわからず、私はぽかんとしたままずびっと鼻水をすする。
その瞬間、急にアッシュの顔が近づいてくると、私の頬にとキスをした。




