馬よりも速く
私たちが馬車の所へ辿り着いたのは、すっかり夜になってしまってからだった。
なだらかな坂道を下りきると、サソリたちはいなくなっていたので安全に歩くことができた。
幸い、採掘場で使っていた灯りが残っていたので、陽が暮れてからもなんとかなった。
私とオズワルド様はともかく、体力が限界に来ていた二人は本当に危なっかしくて目が離せなかったけれど、最後まで歩き抜けたのだからなかなか根性がある。
馬車の運転手は灯りを消して寝ようとしていたところに、闇夜からボロボロになった私たちが突然近づいてきたのだから怖かっただろう。
申し訳なかったけれど、あの引きつった顔は不覚にも笑ってしまった。
私たちの緊張の糸が切れた瞬間でもある。
四人で一斉にその場で座り込んでしまった。
そして、無理を言って馬車を出発してもらった。
サソリの心配もあったし、すぐにでもお城に戻りたかったというのもある。
馬車の中では、アルフレッドとマルグリッドが肩を寄せ合って眠ってしまっている。
まだ小学生くらいなのに、本当によく頑張ったね。
その横に座っている私は二人を眺めて思わず微笑んだ。
「セツナ様」
正面に座り、傷の手当をしていたオズワルド様が私に話しかける。
「今日は本当にありがとうございました。そして、申し訳ありませんでした…」
オズワルド様が深く頭を下げる。
「二人を連れて逃げろと言っておきながら、助けられてしまいました」
「そんな、助け合うのは当然じゃないですか」
オズワルド様から返事は無く、少し沈黙した後、こう尋ねられる。
「………私の…あの姿を見てどう思われましたか?」
まるで懺悔でも始めるかのように、オズワルド様は静かに言う。
「どうって…その、びっくりはしましたけれど、元傭兵でしたっけ?そういう過去をお持ちなら、あのような荒々しい部分もあるのではないでしょうか…」
なんか、このまま負い目を感じたオズワルド様がいなくなってしまう気が私は、なんとも思っていないことを少しオーバー気味に表現した。
それに、二面性なんて人の事を言えた立場じゃないし、クノイチ時代にたくさん見てきた。
私たちを助けるために見せた顔でもあるわけだし、本当になんとも思っていない。
でもまぁ、この二人がどう思っているのかは気になるところ。
そう思いながら、かわいい顔で眠っている双子を見る。
「おそらく、私のあの姿に見覚えがあったのではないですか?」
二人を心配する私を見て、オズワルド様がそう聞いてきた。
「そう…みたいです」
化け物と表現したことは伏せるが、私は素直に答える。
「…そうですか」
ついにこの日が来てしまった。
そんなことを思わせる暗い表情だった。
「でも…」
「わかっています」
私が何かフォローしようとすると、オズワルド様がそれを遮る。
「ドワーフの村で何があったのか。セツナ様とあの二人にはかならずお話しします。
ですが、少しだけ時間をいただけませんか」
強い想いと哀愁を漂わせ、オズワルド様は真っすぐ私を目を見て言った。
ダンディズムとでもいうのだろうか?
その静かな男らしさにちょっとだけドキリとする。
そして、その過去を三人が乗り越えられることを願った。
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それからは、私だけがカルディアを持って、馬車を乗り継ぎお城に向かっている。
ドワーフの村近くの街で、双子の体力を考えて宿屋に残すことになった。
さらに、オズワルド様の怪我を医者に診てもらったところ、思っていたよりも重症だったらしく、このまま馬車に乗り続けるのは危険と判断されてしまったのだ。
オズワルド様は平気だと言っていたが、二人のためにも一緒に残ってくださいとお願いをして、私だけが出発することになった。
それに私一人なら、少しだけだけどお城に到着できる時間を早くできる。
馬車に揺られながら夜が明ける。
それからさらに馬車で進むこと数時間、お城まであと半分くらいの距離までやって来た。
別の馬車に乗り換えるために、近くの街に寄る。
私はそこで、カルディアの入ったリュックを背負い馬車を降りた。
「長旅お疲れさまでした。少々準備に時間がかかりますので、休んでいてください」
運転手さんがやさしく気遣ってもらう。
「ここまでありがとうございました。でも、ここから先は私一人で行きます」
「えっ?」
私がどういう意味でそう言ったのかわからず、運転手が困った顔をした。
「一人で行く…いやいや、いくらなんでも馬を貸すことは難しいですよ?」
「いえ、そうではありません」
私はお城の方角へ体を向ける。
「ここからは私が走っていきます」
運転手が目を丸くして口をぽかんと開ける。
ここからお城までいったい何キロあると思っているんだ?
そんなリアクションだった。
「それは無理じゃないでしょうか…。馬でもへこたれる距離ですよ?」
「ご心配ありがとうございます。たしかに大変でしょうけれど、この距離なら私が走った方がちょっとだけ早く着けそうなので」
私のような小娘の方がうちの馬よりも速いっていうのか?
そう解釈した運転手が少しむっとする。
「あの…冗談がお好きなのですか」
「ごめんなさい。でも、時間がおしいのです」
私は馬車で練りあげておいた氣を体中に循環させる。
「本当に行くのですか?…やめておいた方がいいかと…」
「ご心配ありがとうございます。それでも私は行きます。
でも、私があなたに追いつかれたら諦めますよ」
にっと笑いながら冗談を言う。
それをまたぼかんと見ている運転手を置いて、私はゆっくりと助走しながら走り始める。
徐々に速度を上げていき、あっという間に街を抜ける。
目の前には草原が広がり、その奥には森があり、そこを抜けた先にお城がある。
私の速度はまだまだ上がっていく。
耳元で風の音が聞こえ始めた。
こんな大荷物で長距離を走るのは始めてだけど、なんとかする。
目印になるものがあまりなく、自分がどのくらいの速度でどのくらい進んだのかわかりにくい。
だけど、こんな思いっきり走ったのはいつぶりだろうか?
お城へ急ぐ気持ちと、走る楽しさが私を前へと押し進める。
こう言ってはなんだけれど、馬車と違って進んでいる実感があるのは悪くない。
待っててねアッシュ、頑張ってジル様。
もう少しで、カルディアを持って帰ります。
走るのが私一人だから道なんて関係ない。
最短ルートを突き進み、先に街を出発していた馬車を追い抜く。
私に気が付いた乗客たちの顔は少し面白かった。
森に入り、木々をかき分けて奥へと進む。
馬車が進める道は迂回していて、整備も行き届いていないから速度も出せない。
その点、リュックと体一つの私は何も構うことなくただただ突き進む。
というか、私の場合木の上を進むので地面の状況は関係ない。
太い枝に飛び乗り、次に着地する木を選んで飛び上がる。
ジャンプの最高点に達するとお城が見える距離までやって来た。
そうなってくると気持ちが逸る。
さすがに疲れてきて息もあがってきた。
でも走ると決めた以上、止まるわけにはいかない。
絶対に間に合わせる!
森を抜けて最後の直線に入った。
お城はもう目の前。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
助かって、アッシュ。
だいぶ時間を稼げたと思う。
あとはジル様にカルディアを渡すだけだ。




