続く危機
カルディアを詰め込んだリュックを背負い、私たちは採掘場から外へ出てきた。
陽が暮れ始めていて西日が眩しい。
馬は夜でも目がよく見えると聞いたことがあるので馬車の心配はなさそうだが、暗くなる前に山を下りられるか微妙な時間。
戦闘もあったせいで双子の体力は残りわずか。
安全を考慮するならここでキャンプをして、翌朝出発するのがいいのだが時間がおしい。
「お姉さんだけでも先に行けないかな?」
どうするか悩んでいると、マルグリッドがそう提案してきた。
「馬車に積んである非常食を置いて行ってくれれば、僕らは待っていられると思うんだ」
アルフレッドも続く。
二人は自分たちが理由で今日中に山を下りられないことを悟っていたようだ。
どうすればカルディアを早く運べるか考えてくれている。
それを聞いたオズワルド様も考える。
「聖なる巫女を一人で行かせるわけにはいきませんが、セツナ様なら大丈夫ではないかと思う…難しいところですね」
心配ないと思うが、万が一があるかもしれないというのがオズワルド様の思いのようだった。
行かせてくださいと言いたいが、言い出しにくい。
「オズワルド様、行かせてあげようよ」
「そのために来たんじゃないか」
二人がオズワルド様を説得しようとしてくれる。
二人の熱意を受け、オズワルド様が私のことを見る。
私は何も言わず、ただオズワルド様の言葉を待つ。
「わかりました。そうすることにしましょう」
ふたりはやったと喜んだ。
「ただし、山道の途中にテントを張れる所があったので、そこまではセツナ様とご一緒しましょう。
まだ歩き続けられますか?」
「もちろん!」
「大丈夫だよ!」
二人を返事を聞き、オズワルド様はテントをせっせとしまい始める。
その間だけでも私たちに休んでいるように言った。
本当にすごい体力だ。若い頃はどんなだったのかますます気になる。
15分もしない内に片付けが終わり、私たちは山を下り始める。
登るのも体力を使うが、下りるのも足に負担がかかる。
疲れも溜まっているため、二人には注意していた方がよさそうだ。
私も多少疲れを感じてきている。気を抜かないようにしなくちゃ。
いつの間にか夕暮れになっていて、空が赤く染められている。
それはもう綺麗な風景だった。
疲れて火照った体に強めの風が心地よい。
少し気持ちに余裕ができてきて、お城のみんなに思いをはせる。
ジル様はアッシュの延命、キョウヤ様とロック様は魔物討伐、ボガードも怪我と戦っている。
早く、みんながいる所に戻りたい。
しばらく山を下り、四割ほどの所でオズワルド様が足を止めた。
「ここにテントを張りましょう」
オズワルド様はテントを張る地面を確認しながら言った。
ここで双子とオズワルド様とは一旦お別れとなる。
オズワルド様は荷物を下ろすと、私と向き合った。
「どうかお気をつけてください。本来だったら心配いらないのでしょうが、今のあなたは少々危うい」
それでも私を行かせてくれるのは、私への信頼と、双子の思いからだろう。
「気を付けてね」
「絶対間に合うよ」
「うん!」
二人に見送られ、私は崖から飛び降りる。
うまいこと岩を蹴りながら落下速度を調整して、あっという間に10メートルは下りる。
気を付けてと言われてからすぐに移す行動ではない。
やれやれといった様子で見守ってくれているオズワルド様が思い浮かぶ。
坂道もまるで転げ落ちるように走り抜ける。
落下する事を利用した特殊な走り方なので、あながち間違いではないかもしれない。
登る時と違い、見下ろしているので視界が広い。
足場も確認しやすいので速度を保っていられる。
なんて少し気を抜いた瞬間、着地しようとした地面が動く。
「風遁の術:八艘飛び」
空中を蹴って、別の所に避ける。
なに?と思い、ちらりと見てみるとサソリのような生き物がのっそりと姿を現していた。
あたりの岩や砂とほぼ同じ色をしていて、中型犬くらいの大きさがある。
それはかさかさと足音を立てて山を登っていった。
こんな山にも生き物が生息していたんだ。昼間はいなかったと思うけれど、夜行性なのかな?
なんて思い先へ急ごうとすると、急に悪寒がする。
ふと、さっきのサソリを見てみる。
向かっている先は、オズワルド様たちがいる方向。
…まさかね。
と言い聞かせるように考えてみるが、嫌な予感は消えない。
でも、ここで引き返してしまったら…。
みんながいる方を見え上げてみる。
ぱっと見ただけでも、サソリが5匹は目に映った。
しかも、それらはすべて上へ向かって進んでいる。
思わずぞくりとする光景があった。
これはもう迷ってはいられない。
私は全速力で来た道も戻った。
オズワルド様たちからはもうだいぶ距離が離れているから、もしかしたら私の心配し過ぎかもしれない。
だけど、危険な目にあっているかもしれない。
私は誰も失いたくない。
坂道を走り、崖を登っていく。
それに、これでもしものことがあったら、アッシュに怒られてしまう。
そんな気がした。
そして、私の不安が的中していた事がすぐにわかった。
サソリは増えていく一方で、全部が同じ方向へ登っている。
私はそれらを追い越しながら、先へと進む。
三人の姿が見えると、そこはサソリで溢れかえっていた。
オズワルド様が双子を先に逃がしながら、持っている道具を使って追い払っている。
私は地面から突き出ていた岩を踏み台にすると、大きく飛び上がる。
「オズワルド様!!」
大声で呼びかけ、今からそこへ落ちることを伝える。
オズワルド様が私に気が付いてくれて、双子を抱えてその場を離れる。
私は空中で一回転すると、落下して地面に手をつく。
「土遁の術:地地由良揺等」
地面が地表にあるものを弾く。
砂や石と一緒に、サソリたちも宙に浮き、地面に落ちてひっくり返った。
「「お姉さん!?」」
山を下りたはずの私が戻って来て、双子は驚きつつ喜んでいた。
「よかった。みんな無事だったのね」
襲い掛かられる前に逃げていたようで、怪我が無くて安心した。
「セツナ様…本当にあなたという人は…」
色々と思うところがあるだろうけれど、私の登場にオズワルド様も今は感謝しているようだった。
サソリたちはまだ襲い掛かってこないが、次々と集結してきている。
「下の方からも登って来ていますが、比較的数は少ないです。
ここを抜けて、山を下りてしまいましょう」
私は進行方向にいるサソリたちを追い払う準備をする。
「セツナ様」
「なんでしょう?」
「セツナ様は、この二人を抱えて走れますか?」
オズワルド様は、道具を下ろし、装備をはずしながらそう尋ねてきた。
二人を連れて逃げてほしい。そう言われたことを思い出す。
「できますけれど…」
二人を逃がすだけならそれが最善手かもしれない。でも、さすがにこの数ではオズワルド様だけでは厳しいように思えた。
「では、私が道を作ります。セツナ様は二人を連れて山を下りてください。
今度は、戻って来てはダメですよ」
私の返事を待たずにオズワルド様がサソリの群れへと突っ込んでいく。
サソリたちもオズワルド様を迎え撃とうと飛びかかってきた。
それを蹴りや拳で返り討ちにしていく。
オズワルド様が危険な存在だと認識したサソリが群がり始めてくる。
それに合わせるようにオズワルド様のギアは上がっていき、次々とサソリがなぎ倒されていった。
オズワルド様がサソリを引き付けているので、他の場所が手薄になった。
私は氣を高め、両脇に男の子を抱える。
「苦しいかもしれないけど、ちょっと我慢してね」
さすがに二人は重い…。
私が一匹目のサソリを見た所までが限界かも。
本当に大丈夫なのか、オズワルド様が心配だったが私は山を下り始める。
サソリがいない所を選びながら、慎重に足場を選ぶ。
それでも襲い掛かられることがあり、それを蹴りで撃退する。
だけど、こんなの何度も続かない。
早くここを抜け出さないと…でも、このままだとオズワルド様が…。
二匹のサソリが同時に襲い掛かってくる。
まずい、一回攻撃を受けないと対処しきれないかも。
そう思って痛みに耐える覚悟をすると、横からものすごいスピードで現れた何かに、二匹のサソリが吹き飛ばされる。
現れた者は肩で息をしていて、獣のような息遣いが聞こえてくる。
前寄りな体勢が野性的で、こちらにも飛びかかってきそうな恐さがあった。
「オ…オズワルド様?」
返事は無い。反応も無い。
ただ、その後ろ姿だけはたしかにオズワルド様だった。




