魔人
とうぜん原理まではわからないが、ガルマが言っていることはなんとなくわかった。
効果を逆転させて、魔力を鎮静化させる魔法陣に変えてしまったのだ。
だから、放たれた魔法はたちまち威力を失った。
もしかしたら、魔術師たちの魔力も減り続けているのかもしれない。
「まっ、そんなことはどうでもいいか。私がここへいたのは…」
ガルマが魔術師たちに歩み寄っていく。
「…お前たちの抹殺だ」
それを聞いてしまった私は、反射的にクノイチの奥の手を使った。
両肩と脇腹にあるツボを親指でめり込むくらい押し、強制的に氣を高める。
ガルマとかいう魔人は今までの魔物とはあきらかに別格。
もしかしたら弱っている状態の私では勝てないかもしれない。
なにより、あそこにはジル様がいる。
助けに行かなくちゃ!
私はドレスを脱ぎ捨て、手すりを踏み台に一直線でガルマへ飛ぶ。
「たあっ!」
首筋を狙って蹴りを放つ。
会心の一撃、骨が折れるたしかな手ごたえがあった。
もう一方の足で遠くへ蹴り飛ばす。
ガルマは檀上の裏へと飛んでいった。
「お前っ!?」
驚くジル様の声がする。
「みなさん逃げてください!」
私はガルマから目を離すことなく叫ぶ。
少し遅れて、ジル様がそれに続いてくれた。
「お前たち、一旦引くぞ。魔術が使えない私たちでは足手纏いだ」
「しかし!」
最初にガルマへ攻撃した魔術師が抗議する。
「気持ちはわかるが、ここは王国騎士団に任せろ」
ジル様に促され、魔術師たちが反対側へ引いていく。
「お前たちもだ。後は任せろ」
アッシュとボガードもやって来てくれて、警備兵たちにも逃げるように伝える。
「ジル様も早く」
「いいや、私は残る。魔術を放つことができなくても、直接叩き込むことならできるはずだ」
ガルマの方から何かが崩れる音がする。
「逃げても無駄だぞ。ここは結界の中でもある。私が解かない限り誰一人出れない」
ガルマが歩いてこちらへ来る。
首を折ったはずなのに、なんで普通にしていられるの?
そう疑問に思ったが、私の手ごたえに間違いはなかった。
ただ、魔人は首が折れたくらいでは戦闘不能にならないようだ。
だらんとたれた頭を片手で支えながら歩いている。
「不意打ちとは卑怯じゃないか?」
ゲームでせこい真似をされた程度の感じでガルマは言う。
「いやしかし、私の首が一撃とは…。すごい人間もいたものだ。いったい誰だ?」
新しく現れた私たち三人を順番に指さす。
「…これも別にいいか」
ガルマは頭を持ち上げて、元の位置に添える。
もう片方の手で首を掴み、何やら呪文のような言葉を唱える。
すると、黒い光が首と手の間から溢れてくる。
そして、ガルマの首は何事もなかったのように元に戻っていた。
「えっ?あれって、回復魔法?」
私は思わず口にしてしまった。
それを聞いたガルマが私を見る。
「ん?お前はこれがわかるの?」
やばい、目を付けられた。
そう感じた瞬間、ボガードがガルマに向かって矢を放つ。
それをガルマは受け止めるが、ボンと音を立てて煙が立つ。
その間にアッシュが回り込み、槍で胸のあたりを突く。
しかし槍は空を切り、煙の中から剣先が現れる。
「いいね」
ガルマはお辞儀をするように槍を躱していて、両手を地面につき、両足でアッシュの顔面を蹴る。
アッシュは槍でそれをガードするが、威力が強くて二階まで吹き飛ばされてしまう。
すかさずボガードが矢を連続で放つが、ガルマはそれをすべて躱しきる。
その間に私はガルマの足を目掛けてナイフを投げ、足の甲に当てる。
「いたっ」
ガルマが体勢を崩す。
私はすぐに間合いを詰めて、もう一度首を目掛けて回し蹴りをくらわせようとする。
が、今度はそれを避けられてしまう。
「へぇ、君だったんだ」
最初の蹴りが私だという事がバレる。
その時、ものすごく嫌な予感がおでこあたりにした。
私は風遁の術を真上に放ち、その反動で体勢を低くする。
スレスレのタイミングで、ガルマの目から放たれた赤い光線が私の頭上を通過する。
光線は会場の壁にあたり、大きな破壊音を立てる。
「うおっ、避けるそれ?」
そんな反応を無視して、私はガルマのみぞおちに正拳突きを入れる。
「ぐはぁ…」
ガルマの膝は崩れ、お腹を押さえて悶える。
そこへ、ボガードの矢がガルマの足に何本も刺さり、そこから魔法が発動して氷漬けになっていく。
「うおおぉぉぉ!」
身動きが取れなくなったガルマを目掛けて、二階から飛び出して来たアッシュの槍が、ガルマの胸を貫いた。
ガルマの口と胸から濃い紫色の血が流れ、痛みに苦しみながら意識を失った。
足が凍っているので、膝立ちのままになっている。
「はぁ…はぁ…」
なんとかなってよかった。
かつてないプレッシャーだった。
本調子で無いのが本当に不安だった…。
「なんなんだこいつは?」
動かなくなったガルマを、ボガードはまだ矢で狙い続ける。
ガルマを貫いた槍を抜き、アッシュも念のため距離を取る。
「魔人とか言っていたっけ?そんな魔物初めて聞いたよ」
私は念入りにガルマを観察した。
筋肉などの動きはまったく見られない。
完全に死んでいる…はず。
でも、嫌な予感が全然消えない。
だから私は氣の強制解放を解けないままでいた。
「ジル様、どうしますか?」
ガルマがいったいどういった魔物なのか、それを調べるためには遺体を持っていく必要がある。
下手に触らない方が良さそう。
「すぐに王国へ連絡だ。念のため魔物討伐と同じくらいの人数を要請しよう。
それは私がやる。お前たちはそいつの見張りを頼みたい」
「わかりました」
私が返事をすると、ジル様が外へと向かう。
すると、外の方から数名の魔術師がやってきた。
「おい、外には結界が張られていて出れない!
俺たちも加勢して魔物を倒さなくては…」
すでに事切れているガルマを見て、魔術師たちが少し戸惑う。
ガルマは言った。私が解かない限り誰一人出れないと。
それは、ガルマを倒せば出れるという意味でもあると思う。
なのに結界がまだ解けていない?
これって…。
はっとした私は、魔術師たちからガルマへ視線を戻す。
ガルマはいつの間にか意識を戻していて、あの黒い球体をジル様たちの方へ向けていた。
「あぶない!」
私は自らを盾にするようにガルマとジル様の間に入り、黒い球体を裏拳で払おうとする。
「待ってました」
ガルマと視線が合う。
私の裏拳は避けられ、もう片方の手が私に向けられる。
最初から狙いは私だったんだ。
がっ!と首を絞められる。
すごい力で、氣を集中させているのに押し負ける。
苦しい!
蹴りを放ちつつ、両手でガルマの手から逃れようとする。
しかし、蹴りはまったく効果が無く、手も徐々に解けているがすぐに脱出できない。
ガルマが大きな口を開ける。
まずい!私の脳裏に先ほどの光線が過ぎる。
その光線は私ではなく、ボガードへ向かった。
ボガードは矢を放った瞬間だったので、矢と一緒にその光線をもろに受けてしまう。
ボガードは壁へと吹き飛ばされてしまった。
「たあぁ!」
それと同時に、私を掴んでいたガルマの腕をアッシュが切り落とす。
「げほっ…」
私は少しせき込むと、すぐに攻撃準備に入った。
が、このタイミングで氣の強制解放が解けかかってしまう。
一瞬だけ体から力が抜ける。
黒い球体が輝き始めていた。
「これで全滅だ」
ガルマがにやりと笑い、そう言った。
やばい、このままじゃ二人とも…。
「させるかよ!」
アッシュの叫びと共に、私のお腹に衝撃が走る。
アッシュに蹴り飛ばされた私は、空中で体勢を整えるとすぐに前へ出れるように着地する。
「来るな!」
最後にアッシュがそう言うと、球体がまたあの光を放つ。
何も見えない。
でも、このままじゃアッシュが!
私は気配だけを頼りにガルマへ突進していく。
「風遁の術:衝甲連撃」
拳と同時に空気銃を打ち込む連撃技。
視覚情報が無い以上、狙いが必要な忍術が使えない。
当たっている。手ごたえはある。
これで終わって!
私はガルマの状態がはっきりすると、とどめの一撃を放つ。
「火遁の術:紅蓮一刀」
手刀と火力を合わせた一撃技。
私が使えば鉄の壁だって貫ける。
私の腕はたしかにガルマを貫いた。
そのおかげか、光が弱まり始め、視界が戻ってくる。
目を開けてみるが、私の望んだ光景ではなかった。
体はボロボロで、片腹を私に貫かれているのに、ガルマは口から血を流しながら笑っていた。




