ボガードの昔話
一か月ほど時が経ち、ジル様が参加する学会の発表の日を迎えた。
属性の話を聞いて以来、ジル様とは一度も顔を合わせることはなかった。
きっとこの日の準備で忙しいのだと思っていたから会いに行くこともしなかったけれど、応援を要請された身としてはちゃんと進められているか気になっていた。
結局当日になっても連絡一つくれなかったが、こうして見学に来れているのだから問題無かったに違いない。
私の方は、聖なる巫女として色んな人に会ったり、たまにオズワルド様から預言書に綴られていることを教えてもらったり平和に過ごしていた。
そういうわけで、割とひさしぶりのビッグイベントだったりする。
私を乗せた馬車が発表会がある会場の裏手に停まる。
私の護衛役の一人であるアッシュが伸びをしながら外を見る。
「着いたー、魔術のことは全然わからないけれど、こういうの初めてだからワクワクするなー」
それを何か言いたげな目で見るもう一人の護衛役ボガード。
アッシュはロック様と違い、ボガードには必要以上にからまなかったから馬車の中は平穏だった。
歳が近くて接しやすいし話も面白い。
イケメンで、王国の兵士で、女の子のことが好きそうなのになぜ彼女がいないのか?
ボガードはその逆って感じ。
でもまぁ、口は悪いけど慣れてくればあまのじゃくな所もかわいいかも?
ただなー、なぜか今日ずっと不機嫌なんだよね。こういう仕事は嫌いなのかな?
魔法を使う弓兵だから何か参考になるかもしれないって理由で選ばれたし。
前回の魔物討伐の成果を認められてっていうのもあるらしいけど。
アッシュが馬車の扉を開け、先に降りる。
そして私に向かって手を差し出した。
「セツナちゃん、どうぞ」
うぅ…よくこういうことをさらっとできるな。
私だけが照れる。
ちっ…
ボガードが小さく舌打ちをしたのが聞こえてしまった。
こういう男子を嫌いそうな性格だもんな。抑えているだけ偉いか。
私はアッシュの手を取り、馬車を降りる。
地に両足をつけると、アッシュがにこりと笑う。
その笑顔がなんとなくキョウヤ様に似ているなと思った。
キョウヤ様を目標にしているんだっけ、そういうところも似てくるものなのかも。
…そういえば、ずっとキョウヤ様とお話しできていないな。
たまにすれ違った時に挨拶するけれど、キョウヤ様も忙しそうで引き止められない。
よし、ここは勇気を出して私のために時間を作ってもらおう!
たしかオズワルド様が以前そういう機会を作るみたいなことを言っていたし、なんとかしてくれるかも。
「おい、なにぼんやりしているんだよ」
「あっ、ごめん」
私が突っ立っているせいでボガードが下りられなくなっていた。
一歩下がると、私とアッシュの間にドスンと飛び降りる。
「おら、いくぞ」
ボガードは私にだけ向かってそう言った。
「う、うん」
ボガードが先に歩き始める。
私はアッシュをちらりと見ると、アッシュはやれやれとポーズをとった。
入り口には初老の魔術師が二人いて、私たちを出迎えてくれる。
「お待ちしておりました聖なる巫女様。私たち魔術師の研究成果を楽しんでください」
二人は扉を開けて私たちを中へ入れてくれる。
案内されるまま階段をのぼり廊下を少し歩くと、特等席らしき所へやって来た。
一階には発表者が立つ檀上があり、それを囲むように一階席が並んでいる。
二階席もドーム型に並んでいるのだが、ちらほらと私たちがいるような特別に隔離された席があった。
三階席まであり、ものすごい人数を収容できそう。
アイドルコンサート並の規模で少々驚く。本当にこれが埋まるのだろうか?
「ちょっと早く着き過ぎたみたいだね。飲み物とかサービスあるのかな?」
アッシュがメニュー表でもないか、あたりを探し始める。
「さすがに無いんじゃない?舞台とかじゃないし」
「それもそうか」
アッシュはてすりに寄りかかり、天井を見上げる。
「へー、結構歩けそうなところがあるんだな」
すると、何かをひらめいたようにこちらを向いた。
「ねぇセツナちゃん、ちょっと探検しない?
馬車でずっと座っていたのに、ここでも座って待っていたらお尻が痛くなっちゃうかもよ」
たしかに、ここでただ待っているのも退屈かも。
いくらアッシュでも話題が最後までもつとは限らないし。
「そんなにうろちょろできなさそうだけど、いいかも」
「でしょ?じゃあさっそく…」
アッシュが関係者に許可をもらいに行こうとすると、ボガードがそれを阻んだ。
「おい、あんまり勝手なことするんじゃねぇよ」
「勝手って…、これから許可をもらいに行こうとしたんだけど?」
「そういうことじゃねぇよ」
ボガードがアッシュをにらむ。
「仮にもあいつは聖なる巫女だぞ。そんな簡単に連れまわしていいのかよ?」
護衛っぽいことを言ってくれる。
不機嫌そうに見えたのは、真面目に取り組んでくれていただけだった?
でもねボガード…、私に限っては今更というか…。
アッシュが少し困り顔でボガードに言い返す。
「いや、言っていることは正しいと思うけれど、セツナちゃんってそういうのじゃなくない?
ここには優秀な魔術師がたくさんいるわけだし、暇を持て余させるのもかわいそうじゃん」
"そういうの"という言葉若干気になったが、親しみがこもっているということにしよう。
「それに、セツナちゃんから話を聞いたけど、君は一緒にカザンガの観光をしたんでしょ?
君だけずるくない?」
アッシュの主張にボガードは呆気にとられる。
「ず、ずるいってなんだよ。そういう話はしてねぇぞ」
「セツナちゃんを大切に思う気持ちはわかるけれど、押し込めるだけが護衛じゃないよ。
そんなに心配なら、俺ら二人で守ってあげればいいじゃない」
聞いているだけで恥ずかしくなってくる。
どこまで本気で言っているのだろうか?
「…たしかに、そうかもしれねぇが…」
ボガードが怯んだ。
ボガードの主張の方が正しそうな感じがするのに、アッシュの主張の方が良く思える。
「そういうわけだから、ちょっと二人でここで待っていて」
アッシュはボガードの肩をぽんと叩くと、足軽に出て行ってしまった。
私とボガードが残され、急に静かになる。
な、なんか気まずいなー…。
「…ボガードは、お城に帰って来てから何をしていたの?」
もう数時間一緒にいて今更この話題もないと思うが、無言のままよりはいいかなと思った。
しかし、ボガードはこちらを見てくれるがなかなか答えてくれない。
「ボガード?」
「お…俺は弓の訓練をずっとしていた」
「そっか、魔物討伐では大活躍だったし、さらに腕を磨くのはいいことだね」
「いや、単純に弓ではなく、氣を使った弓だ」
氣を使った?
ボガードはロック様と同じくらい飲み込みが早かったけれど、まだ使い方の初歩も教えていないはずだけれど?
ボガードが私の眉間を指さす。
すると、じんわり狙われている感じがした。
「感じ取られてしまっては矢は当たらない。
だから、お前に教えてもらったあの感覚を利用する」
ボガードがそういうと、指はずっと私の眉間を向いているのに、次第にそれが気にならなくなってきた。
それと同時に、ボガードの氣の流れが緩やかにコントロールされているのがわかる。
ボガードと目が合っているのに、まるで銅像と向かい合っているみたいに気配がなくなっている。
ボガードはさらに、もう一方の手だけに氣を集中させて弓を引く動作をした。
しかし、途中で氣が乱れてしまう。
「くそ…」
ボガードは悔しそうに構えを解いた。
「ボガード、それをずっと独学で?」
「あぁ、お前が言う通り狩りの経験が役になっている」
「そっか、そういえば昔狩りをしていたって言っていたね。
一人でここまでできるようになるなんてすごいよ。どんな生活をしていたの?」
「はっ?なんでそんなことを聞くんだよ?」
「いいじゃん、面白そうだから聞いただけだよ」
ボガードは一瞬照れくさそうな顔をしたが、すぐにいつもの顔つきに戻った。
「面白いことなんて何もねぇよ」
そう言って、少しだけ昔話をしてくれた。
山奥で父親と二人暮らし。
狩りとちょっとした栽培を糧にした生活。
それだけだった。聞いた限り、学校に行ったり友達がいたりした感じがしない。
そこからどうやって弓兵になったのか聞こうとしたところでアッシュが戻ってきた。
「なになに?二人で何を話しているの?」
ちょっと穏やかだった空気が一気に変わる。
「なんでもねぇよ」
アッシュには聞かれたくないのか、ボガードがそう言い放つ。
「そんなつれないこと言わないでよ。
っていうか、君って無口ってわけじゃなかったんだね。俺とも仲良くしてよ」
「嫌だね」
そんな露骨に嫌がらなくても…。
昔話を聞いたせいか、私はなんとなくこの二人が仲良くできたらいいなと思うようになっていた。
「なんでさー、セツナちゃんはよくて俺はダメって…」
アッシュが何か思いついたような顔をする。
「君ってもしかして、セツナちゃんのこと好きなの?」




