ジル様からの要望
「ジル様、実はですね。今日はもう一つお伺いしたいことがありまして」
「…なんだ?」
あえて答えなかったな。
そう察している様子だったが、ジル様もあえて追及はしなかった。
きっとジル様なりの冗談だったのだろう。…たぶん。
「ジル様と直接お会いしたいという人がいるのですが、その…会っていただくことはできないでしょうか?」
ジル様の眉間に若干しわが寄る。
うぅ…、わずらわしいと思ったに違いない。
「それで、誰なんだそれは?」
「はい、ユリ=フォクシーさんという方なんですけども、お城で働いているスタイリスト…じゃなくて仕立て屋?あれ、なんて言えばいいんだろう?パーティーのドレスを選んでくれるような人なんですけれども…」
私が説明にあくせくしていると、ジル様が小さくため息をつく。
「はぁ…あの女か」
「知っていたのですか?」
ユリさんは初対面になると言っていた気がするけれど?
「会ったことはないが、何度か仕事の依頼を受けている。すべて断っているのだが」
「仕事の依頼ですか?」
ジル様が嫌そうな顔をする。
その顔を見て、この件は色恋沙汰ではないことを確信した。
ほっとしたような、してはいけないような、なんとも言えない気分になる。
「おい、なんでお前がそんなことを頼まれている?」
あぁ、この気分の余韻に浸る暇がない。
私はここへ来るまでの出来事を素直に話した。
「なんでそんな交渉が成立する?」
マリーと同じようなことを言われてしまう。
だって、私としてはユリさんに手伝ってもらった身だよ?片付けまでさせるわけにはいかないじゃん。
いらん事を引き受けやがって。という態度が露骨で出ている。
「で、でもですね。ダメだったらいいと言っていました。私の方から伝えておきますので…」
私がそう言うと、ジル様が私のことをちらりと見た後、また少し考え込む。
「そうだな。条件次第では会ってやらないこともない」
「本当ですか?」
あれだけ嫌そうな態度を取っていたのに、前向きに検討しようとしてくれるのに驚く。
あっ、でも条件でなんだろう?先ほどの話の流れで考えると、実験体になれとか?
「お前、学会の発表を見に来い」
「………はい?」
ジル様の発表を聞きに来い。そう言ったように聞こえたけれど、合っているよね?
だとして、いったいなんの意味があるの?
「それなら構いませんが、いったいどうして?」
「理由は二つある。一つは、お前が光の属性かもしれないという仮説の検証だ」
ジル様が再び自席に戻り、新たな書類を取り出して私に見せる。
「今回、光の魔法を研究している第一人者がいる。
その人の話を聞き、魔術を見れば何か感じるものがあるかもしれない」
なるほど、まだほとんどわかっていないと言っていたが、光の魔法の研究はずっと続いているのね。
そして、最新の研究結果の発表があると。
「可能性は極めて低いだろうが、お前を常識の範囲に収めるのはもうやめることにする」
なんか失礼なことを言われた気がする。
もしかして、私が光の属性を持っているかもしれない事に、先に気が付いたのが悔しかった?
「ん?待ってください。光の魔法って聖なる巫女の魔法ではないのですか?」
その点が引っかかった。
そういうのってヒロインだけの魔法だったりするんじゃないの?
「現時点では。と言っておこう」
ジル様はそう答えた。
「よく考えてみろ、属性は光と闇を加えた6つだと説明した。
さらに、光は生命と魔力の素だとも言っている。
なぜそんなことがわかっていると思う?」
私は少し考えた後、たしかにと納得する。
「少なくとも存在は確認できている…とか?」
「そうだ。魔力にはまだ未知の部分が多く、様々な伝承から照らし合わせた結果に過ぎないが、ほぼ間違いないだろう」
すごい…。
そういうのって、神のーとか、古代文明のーとかで説明が終わってしまう印象があるのに、魔術師たちの努力で確実にその領域へ辿り着こうとしている。
「細かい説明は省くが、光を属性に加えているのもその方が辻褄の合うことが多いからだ」
私は頭の中を整理する。
"属性"とは、この世界と生命を成り立たせている要素のこと。
"属性を持つ"とは、その属性に特化すること。
光の属性は存在するが、それについてはまだ不明点が多いこと。
光は魔力の素とされていて、もしかしたら次の学会で何かわかるかもしれないこと。
今日わかったことを簡単にまとめるとこんな感じかな。
途中で話を切り上げるつもりだったが、光の魔法についても知る機会となった。
「そういうことでしたら、その学会の発表を見させていただこうと思います。
たぶん許可が出ると思いますし、こうして教えてもらったので興味が湧いていきています」
「それならよい」
正直、ちゃんと話を聞いていられる自信は無いけれど、せめて光の魔法についてはちゃんと聞こう。
それに、びしっときめたジル様が発表している姿を拝めるのも悪くない。
「それで、もう一つの理由はなんでしょうか?」
それを聞かれてジル様がにやりと笑う。
「私の発表に注目を集めることができるからだ」
「………はい?」
本日二度目の聞き返し。
「聖なる巫女が来ることで、私との繋がりも自ずと知れ渡るだろう。
そうなれば、無視することはできなくなるはずだ」
絶対こっちの方がメインだ。
隠さなかったのは律儀と言えなくもないが、なんとも計算高い。
「そんなことしなくても、聞いてもらえると思いますよ?」
ゲームでのジル様の設定は、王国で有名な魔術師。
そんな人の話なら、みんな無視なんかしないと思うのだけれど…。
それについて、ジル様は答えてくれなかった。
わずかながら、不安な顔をされた気がする。
条件なんか出さなくてもお願いされれば私は発表を見に行った。
たぶん、今思い付いたんだ。
私にメリットを付けてまで来させるあたり、今回の発表にプレッシャーを感じているみたい。
「まぁ理由はともあれ、そのくらいジル様の気合が入っているということですね。
私、絶対に応援へ行きますから、頑張ってください!」
「…あぁ」
強い意気込みを見せるが、ジル様にはあまり響かなかった様子。
でも、普通に返事をしてくれたのは、私の気持ちを受け取ってくれた証拠。
当日は気合入れて私の存在をアピールさせていただきます。
「うん、聞きたい事も聞けたし、ユリさんとの約束も果たせたし、そろそろ帰りましょうか」
私はせっかく入れてもらったコーヒーを飲む。
冷めてしまっていたし、砂糖を入れてなかったのでおいしくなかったが、我慢した。
「あ、あの…」
ずっと静かに話を聞いてくれていたマリーが初めて声をかける。
それは私にではなく、ジル様にだった。
ジル様は黙ったままマリーの方を見る。
「差し出がましいですが、私にも一つ聞かせていただけないでしょうか?」
ジル様は答えない。ただマリーの方を向いている。
それを肯定と捉えたマリーは続けた。
「闇の属性とは…なんでしょうか?」
それを聞いて、はっとした。
た、たしかに…、何回か登場していたのに、光の魔法にとらわれ過ぎていた。
聞くからに光と対峙する属性。
魔物と深く関係がありそう。
「それは…」
コンコン
ジル様が何かを言おうとすると、ドアがノックされた。
魔術師の方が入って来る。
何か急いでいる様子だったが、私たちに気が付いて一礼した。
「どうした?」
ジル様がその魔術師に尋ねる。
「それが、例の研究の論文で、もめてしまっていまして…」
なんの研究なのか私たちにまで伏せるあたり、大事な内容そう。
論文と言っていたし、発表する研究のことのような気がする。
「ジル様、私たちはこれで帰ります。続きはまた次回聞かせていただけませんか?
マリーもそれでいいよね?」
「は、はい。私もそれで…」
ジル様が席を立つ。
「わかった、すぐに行く。それまでに争点を明確にしておけ」
「すみません、失礼します」
魔術師はすぐに去っていった。
私たちも席を立ち、部屋を後にしようとする。
「闇の属性について一つだけ言っておく」
ジル様は席を立たずに言う。
「おそらく想像している通り、光と対になる属性ではあるが、これもまた誰しもが持っているとされているものだ。
もし嫌なイメージを持ったのなら、改めておけ」
最後にそれだけ言って、ジル様は自席へ向かい、何やら準備を始めてしまった。
私たちは静かに部屋のドアを閉め、魔術塔を出る。
光の魔法について少しわかったが、わからない部分も増えた感じ。
聖なる巫女として、知らなければならないことはまだまだ多そうだ…。




