自分の気持ち
「な…なにこれ?」
ユリさんが聖なる巫女の衣装に魅入られる。
「こんなの見たことない。どの文化にも、どの歴史にも、こんな衣装はなかった…」
貴重品を見ているというより、異形な物を見ているような顔だった。
細かく調べるよりも、まずはその未知なる服が放つ存在感を味わっている。
日本生まれの私にはそれほど珍しくないのだが、たしかに綺麗で見惚れる。
「セツナ様、これが聖なる巫女の衣装なのですか?」
衣装から一切目を離すことなくユリさんが訪ねてくる。
「そ…そうだと思います」
可能性は極めて高いと思う。
記憶の通り、衣裳部屋の奥にあり。
私の忍術に応えるように姿を現し。
まるで日本から転生してきた私に宛てたような、この世界に似つかわしくない和服。
ちょっと違う気がしなくもないけれど、ゲームで見たことあるようなデザイン。
しかし、これだけ判断材料が揃っているのに、決め手は無し。
もっとゲームみたいにわかりやすいイベントがあったり、聖なる巫女として感じる何かがあればいいのだが…。
偶然と言われてしまったら、それを否定するものも無い。
けれど、ユリさんはもちろん、マリーもこの衣装を見る目が輝いている。
この世界の人には、私が思っている以上に神秘的に見えるのだろう。
であるならば、とりあえずはそれでいいと思った。
鎧のように身を守ってくれるわけでもなさそうだし、魔力が宿っていたとしても私は魔法が使えないし。
そもそも、こんな大きくてゆとりのある袖と袴じゃ動きにくい。
需要がある時に着ればいいか。それが私の感想だった。
これで少なくとも、パーティーの時のようにあれは誰だ?みたいなことはなくなる。
「それで、この衣装はどうされますかセツナ様?」
ユリさんがようやく顔を上げる。
「えーと、そうですね…」
すぐに着る予定はない。
オズワルド様やジル様に見せてみると何かわかるかもしれないが…。
きらきらとしたユリさんの瞳が私を見つめている。
「実は私も初めてみるので、どうやって着るのか知らないのです。
もし可能だったらなのですが、ユリさんの方で調べてみたりできませんか?」
「お任せください!」
食い気味の返事が返ってくる。
もしかしたら服の形状からも何かわかるかもしれないし、とりあえずこれでいいでしょう。
「目当ての物が見つかったし、片付けをしますか」
私はそう言って奥の部屋への入り口を見る。
盛大にちらかっていることを思い出し、げんなりする。
「セツナ様、片付けでしたら私がやっておきます」
マリーがそう申し出る。
「いやいや、あの量を一人でやるのは大変だよ。二人でやろう。
ユリさんは忙しい人ですから、あとは私たちに任せてください」
私に力仕事をさせるわけにいかないのはわかるけれど、か弱いマリーだけにやらせることなんてできない。
「ですが、ジル様とお会いする時間が近づいています」
「あっ…」
衣装探しに夢中になり過ぎて、時間を見ていなかった。
そうでした。魔法の事が聞きたくてジル様との面会を予約していたんだった。
昨日アポ無しでいったら追い返されちゃったんだよね。
なんか忙しいみたい。
「もうそんな時間か。しまったなー。
でもマリー一人にやらせるわけにはいかないし」
私が困っていると、ユリさんから提案があった。
「セツナ様がこれからお会いするジル様という方は、もしかして魔術塔のジル様でしょうか?」
「そうですけれど」
「では、こういうのはいかがですか?
片付けは私の方でなんとかします。その代わり、私をジル様に会わせていただけませんか?」
思いもよらぬ取引に少々驚く。
「ちなみにですが、以前にお会いしたことは?」
「ありません。初対面になります」
うぅ…、やっぱりそうきたか。
会わせることはできるかもと思うけれど、ジル様がどんな顔をするかだいたい想像がつく。
どうしてジル様に会いたいのかも気になるところ。
どうしよう?
マリーにだけ片付けをさせるわけにはいかない。
かと言って、後で絶対やるにしてもこれを放置することもできない。
それに…。
「聞くだけ聞いてみますけれど、断られるかもしませんよ?」
「もしそうだったら諦めます。そこはセツナ様を信用していますから。
ですから、ここはお任せください」
そこまで言われてしまっては、もう断る理由もない。
「わかりました。すみませんが、ここはお願いします」
「はい」
私とマリーで何度もお礼を言うと、衣裳部屋を出て魔術塔へ向かった。
しかし、意外というかなんというか。ユリさんがジル様に会いたいとは。
やっぱり服のことなのだろうか?
ジル様って割と個性的な格好をしているからなー。あれって魔術と関係あるのかな?
もしくは、服とか関係なしに会いたいとか?
例えばほら、ひとめぼれしているとかなんて…。
………。
…なんだろう。なんかもやもやする。
別に私とジル様はなんでもない。
かっこいいとは思うけれど、恋しているって感じではない。
でもジル様はイケメンナイツの一人で、私も守ってくれる特別な人で…。
だけど、その特別な人は他にもたくさんいるわけで…。
「セツナ様?」
ふいにマリーが声をかけてきて立ち止まる。
「なに?」
「どうかされましたか?」
「どうかって?」
「なにか悩まれているようですが…。もしかしてユリ様のことを気にされていますか?」
図星をつかれてドキリとした。
「あっ、いや、そんなこと」
「このようなことは言うべきではないと思うのですが、気になさらなくてもよいと思いますよ」
「ど、どうして?」
「ユリ様はたしかにお忙しい方ですが、セツナ様が片付けをしなくてもよいと言っただけですし、そもそも私に限らずともセツナ様に片付けをさせるわけにはいきません。
ですから、あのような交換条件自体がその…おかしいのです」
私の頭の上に?が浮かび、しばらく思考が停止する。
マリーはいったいなんのことを言っているのだろう?
「もしかしたら、セツナ様のやさしさにつけ込んだのかもしれません」
そこまで言われて、ようやくマリーの言いたいことがわかった。
私の立場で考えたら、誰かに片付けをお願いすることは何の問題も無いし、ジル様に会わせる約束もする必要がなかったと。
「私が口を挟んではセツナ様が余計気を使われると思って黙っていましたが、まさかそれが裏目に出てしまうとは…」
なにやら悔しそうな顔をするマリー。
「マ、マリー?大丈夫だよ。それに関しては全然気にしていないから」
「ではいったい何に?」
「いや、何と言われても…」
うーむ、ユリさんとジル様の関係について考えていたとは言いにくい。
マリーの誤解を招く恐れもある。
だが、真剣?に心配してくれていたマリーに何も言わないのもちょっと気が引ける。
「うまく言葉にできないんだけど、ちょっと自分の気持ちがわからなくなっちゃったというか…」
単純にみんなと仲良くなりたいだけだった自分はもういない。
今は聖なる巫女として、みんなに信頼される存在になりたいと思っている。
でも、初心を忘れたわけではなかった。
日本では叶わなかった恋がしたい。
ユリさんにアプローチの手助けを頼まれて、しばらく姿を潜めていた私の乙女心が顔を出す。
じゃあ、私はどうなの?
私は今、誰かを好きになっているの?と問いかけてくる。
「ううん、ごめんやっぱりなんでもない」
この気持ちはちょっとまだ言えないや。
「そ、そうですか」
マリーが少しだけ悲しそうな顔をする。
「だけど、そのうち相談するから、聞いてくれる?」
「はい、もちろんです」
立ち止まっていた私たちは歩き始める。
まだちょっとしか考えられていないけれど、恋って難しいな。
ゲームのように、顔を合わせているだけではなかなか進まない。
誰かに好かれただけじゃ成就しない。
恋に恋している状態じゃ、私の夢は叶わないかもしれない。
ユリさんの目的は結局思いつかなかったけれど、自分の気持ちを考えてみるいいきっかけになった。




