巫女の衣装
お城に帰ってきてから二日後。
ガチャン…。
マリーが鍵を借りてきてくれて、無人の衣裳部屋に二人で入る。
カーテンが閉めきられていて暗い。
しかし、明かりを付けると色とりどりのドレスが姿を現し、部屋の中が一変する。
まだ一回しか入ったことがないけれど、相変わらずすごい部屋だ。
許可をもらって入っているのに、場違い感があって侵入しているような気分になる。
ドレスをぐるりと見渡すと、まだ入っていない奥の部屋への扉が見える。
その扉には鍵穴が二つあった。
衣裳部屋に入る鍵は一つだけだったのに、よほど大切な衣装がしまわれているのだろうか。
私とマリーは、その二つの鍵を持ってきてくれる人を待つ。
「お待たせしました」
衣裳部屋に入って来たのは、私の無茶な注文に応え続けてくれるカリスマデザイナー、ユリ=フォクシーさん。
髪型はカチューシャを付けてオールバック。
大きな眼鏡をかけ、すっきりとしたレディースパンツとVネックカットソー。
シンプルだけど、見るからに服を作っていますといった姿だ。
「いえ、こちらこそすみません。突然衣装が見たいなどとお願いしてしまって」
「いいんですよ。セツナ様のおかげで作りたかったものに費やせる時間が増えましたから」
ユリさんがにっと笑う。
「ドレスにかかる時間を短縮したい…でしたっけ?
私の注文って、そんなに関係があるのですか?」
「ありますよ。今まで無かった物を創作することは、かならず私が作りたい物に繋がっていきますから」
既存の物だけを作っていては、アイデアは生まれない。そんなところだろうか?
とりあえず、ユリさんの負担になっていなかったようでよかった。
「それでセツナ様、今日はいったいどのような衣装をお探しなのですか?」
「実は、聖なる巫女の衣装を探しに来ました」
「聖なる巫女の?」
ユリさんが不思議そうな顔をする。
「私もすべてを把握しているわけではないのですが、そのような衣装があるのですか?」
えっ?ご存じなかったのですか?
ユリさんが知らないとなると、誰が知っているのだろう?国王様とか?
「なんとなく、そんな気がしたんです。ここでドレスを選んでもらっていると時に」
「そう…だったのですか。
それって、服にも何か力が宿っていて、それを感じ取ったということでしょうか?
気になりますね。私も興味が湧いてきました」
ユリさんの目が輝く。
ポケットから二つの鍵を取り出し、二つの鍵を外すと奥への扉が開いた。
先にユリさんが中へ入り、明かりを付けてくれる。
ユリさんに続いて私とマリーも中へ入る。
最初の部屋と同じようにドレスが並んでいるが、それと同じくらい衣装が入っているであろう箱がいくつも積み上げられている。
その部屋の中心には、作業スペースが一つだけあった。
今見えているドレスなどを一通り眺めるが、それらしき衣装はなかった。
残るは、あの箱の山。
「ユリさんが把握していないのって、この山の中ですか?」
「そうですね。前々から興味はあったのですが、これらを触れる立場になった時にはゆっくり眺める時間がなくなっちゃいましたから」
冗談っぽくユリさんは笑っているが、それってどれくらい忙しいの?と疑問に思った。
「じゃあどうして今日は?」
「それは聖なる巫女様からのお願いですから、優先順位が違います」
含みのある笑顔でさらりとユリさんは言った。
その言葉の裏には、ちょうどいい口実という言葉が隠れている気がしてならない。
しかし、こうして他の仕事を中断してもらっているものまた事実。
職権乱用しているような申し訳なさと、いいように利用されたかもしれない疑惑が渦巻いてなんともいえない気分である。
「ユリさんって、本当に服のことになると正直ですね」
「…?そんな風に見えますか?」
自分の情熱も、他人の立場も、すべては作りたい服のため。
仕事に忙殺されないのは、きっとしっかりとした支柱があるからなのだろう。
「はい、私もユリさんみたいに大きな夢を持った人になりたいです」
「そ、そうですか?ありがとうございます」
私が一人で自己完結させてしまったので、尊敬の念はユリさんにあまり伝わっていなかった。
「それでは始めましょうか。
箱を開けていくだけの作業ですが、量がありますから頑張りましょう」
「はい」
私たちは手始めに一番手前にある箱の山の一番上を取り出し、それを作業台の上に置くと箱を開けた。
中から出てきたのは、秋服と思われるワンピース。ブローチが付いていてかわいかったが、色味が若干地味である。この世界の流行りはわからないが、なんとなく古い印象を受けた。
「こ、これは…」
ユリさんはそのワンピースを見るなり、中から取り出して隅々までチェックする。
まるで値打ち物を見つけたような様子。
こちらも思わず固唾を飲んで見守ってしまう。
「なんだ、レミー=キューのデザインかと思ったら、ただの模造品か。
いい生地を使っているけど、それだけですね。
まぁ、最近詰まれた箱だし、こんなものですか」
露骨な態度こそとらないものの、がっかりした感じが見受けられる。
「次にいきましょうセツナ様」
ぱぱっと慣れた手つきでワンピースを畳み箱へ戻す。
それをマリーが箱の山とは別の場所へ運んでいく。
その間にユリさんが別の箱を持ってくる。
そして、その箱を開けて中身が何でどうたらこうたらと解説してくれる。
これが何十回と繰り返された。
最初は色んな服が見れて楽しかったし、ユリさんの服にまつわるお話も面白かった。
が、さすがに疲れてくる。
たまにだがいい物が出てくるので、ユリさんのやる気は全然衰えていない。
箱の山は半分を切っているが、まだ巫女の衣装らしき物は出てこない。
はて、ゲームにこんなシーンがあっただろうか?
パーティードレスのために、こんな奥底まで探す?
うーん、どう考えてもおかしい。
となると、ユリさんが言っていた服になんらかの力が宿っている説はあながち間違いではないのでは?
光の魔法が、聖なる巫女の衣装と引き合わせたとか?
でもそれじゃあ結局しらみつぶしに探すしかないじゃん。光の魔法は使えないんだし。
…でも、ダメもとで試してみてもいい忍術があるかも。
ちょっといいですか、と二人に作業を中断してもらい、私は両手で忍術の印を結ぶ。
「音遁の術:氣離来里」
氣にはわずかながら個性があり、熟練者になるとその氣が誰のモノなのかわかるようになる。
それを超音波にして飛ばし、どこにいるかわからない離れた仲間に無事を伝えるための忍術。
光の魔法でもなければ魔力でもないのだけれど、私が聖なる巫女だというのであれば、もしかしたら巫女の衣装の方から反応があるかもしれない。
そんなことを発想できるようになったあたり、私もだいぶこの世界観に馴染んできている。
しかし、しょせんダメもとだったか、1分くらいやってみたが何も起こらなかった。
黙って待っていてくれた二人も、戸惑い始めている。
「やっぱりダメだったか…」
ふぅとため息をつき、私は術を解いた。
「なにをしていたんですか?」
「説明するのが難しいんだけど、私の力で服に呼びかけてみたといいますか…」
マリーに尋ねられたので答える。
うぅ、言葉にするとけっこう恥ずかしいことをしてしまった。
気を取り直して再開しようとすると、風も無いのに箱の山が揺れ始めた。
「えっ?なに?」
「このままじゃ崩れます。一旦離れましょう」
ユリさんに先導されて私たちはドアがある方へと逃げた。
私たちが離れるのを待っていたかのように山が崩れる。
大きな音を立て、ほこりが煙のように舞い視界が白く濁る。
この部屋には窓がなかったので急いでドアを開けて衣裳部屋へ避難する。
窓を開けて、しばらく様子を見てから再び奥の部屋へと戻る。
床には箱が広がっていて、ほとんど足場が無い。
だがそこには、一山だけ崩れずに残っている箱があった。
正確には上の数箱は落ちているのだが、まるでこの箱を開けろと言わんばかりに鎮座している。
私たちは顔を見合わせ、その箱へ近づいていき、その場で中を確認した。
中には、今まで見たこともない生地が見えた。
三人の期待が高まる。
その箱を衣裳部屋まで持っていき、中身を箱から取り出して広げる。
びっくりした。
西洋ファンタジーに近い世界なのに、箱から現れたのは日本文化を思わせるような和服。
白を基調とした薄い色使いに、浮いてしまいそうなほど軽やかな羽衣。
間違いない、これは聖なる巫女の衣装だ。




