一時の別れ
芸術の街、カザンガ。
王国中の芸術が集まるこの街にはとても大きな美術館があり、そこが一番の観光名所となっている。
入場料がお高めだが、十分元が取れるラインアップ。
クリスさんの提案でそんな美術館に三人はやって来た。
「私、美術館なんてひさしぶりだな」
芸術には正直あまり興味が無いけれど、行くとなると楽しみになってくるのが不思議である。
「お前にわかるのかよ?」
「失礼だなー、知識なんかなくても感動する心があればわかるって」
冷やかすボガードに、胸を張って言い返す。
「そうですね。ここには王国一の石像がありますから。見ておいて損はないと思いますよ」
クリスさんも私の考えに賛同してくれる。
それが面白くなかったのか、ボガードが口をとがらせた。
並木道を抜けると、お目当ての美術館が目の前にそびえ立つ。
外観からして立派な芸術。
森の中に隠すように建てられた美術館は、遺跡を思わせる神秘的な雰囲気があった。
人は多かったが混雑というほどではなく、ボガードにチケットを買ってもらって入場する。
短い廊下を歩くと小さめな入口があり、館内が覗けないように布がかけられていた。
「わぁぁぁ…」
布を潜って中へ入ると、圧巻の光景が広がっていた。
大きな広間の中心に、一戸建てくらいの巨大で複雑な石像がいくつも並んでいる。
一つ一つの石像には、塔や崖などの舞台があって、様々な人物が一人ずつ存在する。
それが八つ。
城を守る騎士、大地に立つ剣士、塔と並ぶ魔術師、橋を渡る槍使い、崖を登る双子、教会で祈る神官、森に隠れる弓使い、月夜に踊る曲芸師。
そして、戦士たちに守護されるように囲まれた、さらに大きな女神像。
最初はそのスケールの大きさに感動していたが、私はあることに気が付いてドキリした。
あっ…これって…。
「すごいですよね、これ。
ここに展示される前は王国中に散らばっていて、未だに誰が作ったのかわかっていないそうです」
クリスさんがこれらの石像について説明してくれる。
けれど私には言葉の意味が届いていなかった。
それどころではなかったのだ。
なぜなら、これはどう見てもイケメンナイツと聖なる巫女ではないか。
「あれが…私?」
「…セツナさん?」
女神像を見つめながら、無意識に疑問を口にしてしまう。
聖なる巫女であることを軽視したことなんて無い。
だけど、いくつかある役割の一つくらいにしか思っていなかった。
そんな私の目の前に、あまりにも神々しく美しい姿がある。
我に返り、イケメンナイツであるボガードを見てみると、私と同じように口を小さく開けたまま石像を見つめていた。
「ボガード…、あれって…」
私の声にはっとしたボガードが、ちらりとこちらを見る。
「あぁ、たぶん思っている通りだ。
知ってはいたが、まさかここまでのものだったとは…」
ボガードもあの石像に言葉を無くしている。
「あの…どうかされましたか?」
様子がおかしい私たちに、クリスさんが心配そうに言葉をかける。
「ごめんなさい。あまりにもすごくて頭が真っ白になっちゃいました」
「そうだったんですか?楽しんでいただけたならいいのですが」
「あの女神像の説明とかってありますか?」
「一応ありますよ。学者の憶測でしかないらしいですが」
クリスさんに案内されて、女神像について書かれている所へつれていってもらう。
長い文章が書かれていたが、私は一生懸命読んだ。
内容は石像の作りや歴史的背景ばかりで、女神像の意味はほとんどなかった。
予言書に記されている聖なる巫女ではないかと言われている程度。
もしかしたら何か感じるかもしれないと思い、女神像を近くでよく観察したが何も得られなかった。
とても精巧に作られていて、肌や布などの質感も見事に再現されている。
とても人の手で作られたとは思えない見事な女神像。
これを作った人には、いったい何が見えていたのだろう?
ちょっと休憩してから気を取り直して、他の芸術作品も見て回ったが、どうしてもあの女神像が頭から離れなかった。
私はいずれあんな風になるのか、それともあんな風にならないといけないのか。
この世界では、聖なる巫女とは神に近しい存在なのだろうか?
私が今までやってきたことは、本当に正しかったのだろうか?
聖なる巫女とは、いったいどのような存在なのだろうか?
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「どうでしたか美術館は?」
「とっても面白かったです。色々と考えさせられました」
さくさく見て回ったのに二時間くらいかかった。
太陽はだいぶ西に傾いている。
「それはよかったです」
クリスさんも無事に街案内ができて安心した様子だった。
「さて、これからどうしましょうか?」
日暮れが近いことを確認してから、私は二人を伺った。
「すみません、私はこれで失礼します。サーカスに戻ってやることがあるので」
申し訳ないとクリスさんが小さく頭を下げた。
「そうですか、じゃあしかたないですね」
雑貨屋さんとかに案内してもらおうと思っていたけれど、自分で探すしかなさそう。
「クリスさん、今日はありがとうございました」
「いえ、私もこうやって過ごすのは久しぶりだったので…その、楽しかったです」
そう言って照れ笑いをするクリスさん。
たしかに朝会った時よりも表情がやわらかい気がする。
クリスさんも楽しんでくれたみたいでよかった。
「じゃあ私たちもこれで、またどこかで会えたら、ごはんでも食べましょう」
「……えっ?」
「へっ?」
クリスさんが何やら驚いている。
私、何か変な事を言っただろうか?
「どうしましたか?」
「あっ、えと…またどこかって、どういう意味ですか?」
クリスさんが言っていることを少し考えてみる。
またどこかの意味。また会えたらいいですねという別れの挨拶だと思うのだけれどー…。
あっ、そうか。
「そういえば言っていませんでしたね。私たち、明日でこの街を出るんです」
今日一日、基本的に私がクリスさんからお話を聞いていたから、私たちの事を話すことがほとんどなかったな。
この街の人ではないことはわかっていただろうけど、今日限りとまでは思っていなかったのかもしれない。
「そんな…」
その事実にショックを受けるクリスさん。
そんな風に悲しまれると、こっちも寂しくなる。
「じゃあ、もう芸を教えてはもらえないのですか?」
………あぁ、そっちか。
だけど、クリスさんの主張は私にも関係がある。
最後のイケメンナイツであるクリスさんとこの街で出会えたのはたぶん偶然じゃない。
そして、イケメンナイツが揃ってすぐにあの女神像を見ることになったのも何か意味がある気がする。
なんとなくだけど、私はそう感じていた。
でも、クリスさんだけお城につれていくわけにはいかないし、私がここに残るわけにもいかない。
どうにかならないだろうか?
しかたないけど、ここは一旦諦めてオズワルド様に相談するしか…。
ふと、私はオズワルド様が言ったある言葉を思い出し、ひらめいた。
「そうだ、クリスさんのサーカスってお城と専属契約する気はないですか?」
「…えっ?」
突然の提案にクリスさんがぽかんとする。
「サーカスごとお城に来てくれればクリスさんはサーカスを続けられますし、私もクリスさんに氣を教えることができます。
移動費とか色々用意できる…と思いますし、どうでしょうか?」
「おい、お前なに勝手なことを言っているんだ?」
後ろで大人しくしていたボガードも、さすがに口を挟んできた。
「事情は後でかならず説明するから、今はちょっと待って」
「いや、事情とかそういうことじゃなく…」
クリスさんは徐々に私が言っていることを理解していき、ようやく反応してくれる。
「あ、あの…」
私は黙ってクリスさんの返事を待つ。
「お城と専属契約って…、君はいったいどういう人なんですか?」
「はっ?お前、まさかこいつの名前をまだ聞いてなかったのか?」
クリスさんの質問に、ボガードが思わずつっこんでしまう。
「い、いえそんなことは、たしかセツナ=モチヅ…」
初めて私の名前を口にしてみて、思い当たる人物がいたようだ。
驚きのあまりクリスさんは口元を押さえた。
それは、本当に私の名前が王国中に広まっていることを意味する。
「えーと…、まぁそういうわけだから、近々お城からサーカスに話が行くと思います。
前向きに検討してみてください」
今自分がどういう状況なのかわからず固まってしまったクリスさんを置いて、私は歩き出す。
そっか、こういう反応をする人もいるのか。
みんなが私の顔もわかるようになったら、こうして街を歩くことも難しくなっちゃうのかな?
クリスさんも、昨日今日みたいにお話してくれなくなっちゃうのかな?
この街の人達は、聖なる巫女を知っていても、私のことは知らない。
「セ、セツナ………さん!」
どこか寂しい思いを抱えながら歩いている私を、クリスさんが大きな声で呼んだ。
私は立ち止まって振り返る。
「ま、また会いましょう」
そう言って、小さくだけど手を振ってくれた。
私はそれがうれしくて、くしゃりと笑って手を振り返した。




