華麗なる曲芸
しばらく待っていると、一人のおばさんが私を迎えに来てくれた。
なにやらうれしそうな顔をしていて、歓迎されていた。
客席の端に新しく席を作ってくれて、私はそこに座らせてもらった。
おまけにジュースとお菓子までもらってしまい、何か勘違いをされているような気がしたが、とりあえず何も言わなかった。
おばさんが裏方へと消えて行くと、サーカスはすぐに始まった。
大きな拍手と演奏と共に、様々な演者が舞台へと上がっていく。
客席に手を振ったりお辞儀をしたり、それぞれの挨拶をする。
そんな中、客席を見ながら歩いていた演者同士がぶつかってしまった。
二人はぶつかった個所を押さえながら痛がってみせて、無言の抗議をし合う。
それはだんだんエスカレートしていって、ついには取っ組み合いになってしまった。
それに気が付いた周りの演者が止めに入るが、突き飛ばされてしまう。
次に止めに入った演者は強く突き飛ばされて尻もちをついてしまった。
大変な事態だ!と言わんばかりに舞台の演者たちが喧嘩に集まっていく。
すると、人だかりの中心から演者が放り出された。
ばたばたと手足を動かしながら外側へと落ちていき、地面すれすれでくるりと周り着地する。
それを皮切りに次々と演者が飛び出してくる。
くるくる回ったり、棒のように動かなかったり、寝てしまっていたり、色んなポーズを決める。
わー!と歓声が沸いた。
私も思わず手を叩いてしまった。
面白い。芸というものはこうやって魅せるのか。
ただ凄い技を見せるだけではなかった。
最後は、喧嘩を始めた二人も握手をして仲直りをし、皆一斉にお辞儀をしてオープニングは終わった。
観客の拍手が終わるのを待たずに、次の演目の音楽が鳴り始める。
演者たちは裏へはけていき、次の演者が登場する。
ここからがサーカスの本番。
投げナイフや猛獣使いに始まり、魔法を使ったアクロバットまで、私はすっかり夢中になっていた。
いくつかのショーを見終えると、照明がふっと暗くなる。
しばらくすると、舞台の真ん中にだけスポットライトが向けられると、そこに一人のピエロが立っていた。
「あっ」
衣装は変わっていたが、あの立ち姿とアイマスクはクリスさんだ。
私と話すのも一苦労していたクリスさんが、堂々と舞台に立ち、たった一人で観客の視線を集めている。
最初は小さく、かくかくとした仕草をみせ、まるで操り人形を思わせる演技。
本当に上から吊るされているのではないかと思わせる見事な動き。
ほぼ片足のつま先立ち、巧みな体重移動でぷらぷらと手足を振って浮遊感を演出する。
やっぱり、ただ者ではなかった。
クリスさんがポケットに手を入れると、丸い何かを取り出した。
「あれって…」
薄くて丸い鉄板の中央を広く開け、外側に刃物を付けた飛び道具。
忍者の武器としても使われていて、円月輪と呼ばれている。たしか別の国ではチャクラムだとか。
クリスさんの後ろにもう一つスポットライトが向けられる。
そこには台の上に乗った細長い角材。
クリスさんはそれに向き直ると、ぎこちない動きで振りかぶり、円月輪を投げた。
ひょん!という音と共に飛んで行った円月輪は角材を切断する。
斜めに切られた角材の上の方が台に落ちて、かつんと音を立てる。
その音が鳴りやむと、まだ、しゅるると風を切る音が聞こえてた。
クリスさんが人差し指を真上に伸ばすと、そこに投げた円月輪が戻ってきた。
す、すごい…。
私も円月輪を扱えるけど、正直レベルが違う。
私はせいぜい、カーブを使って狙った所に当てるだけ。
風が無いとはいえ、あそこまで軌道を操作できない。
今度は両手をポケットに入れて、円月輪を数枚取り出す。
それらは蛍光塗料が塗られているようで、赤や黄色に光って見える。
それをクリスさんが次々と空中に投げる。
円月輪はテントの中を曲線を描きながら飛び回る。
きれいな光線を残し、妖精のレースを見ているような幻想的なショー。
円月輪が戻って来てはまた投げてを繰り返し、優雅な音楽と共に光が舞う。
最後は舞台の上で円月輪同士がぶつかり、火花を散らして落ちていく。
ちょっぴり切ない終わり方をして、クリスさんの演目は終わった。
………。
……。
…。
数々の素敵なショーが展開され、サーカスの幕は下ろされた。
大変楽しかったです。
こういうのって観に行く機会がなかったし、ヘタに似たような事ができるからあまり興味持てなかったけれど、思っていたものと全然違った。
ちゃんと自分の目で見るって大切だね。
とまぁ、それはいいのだけれど…。
私はいったいどうしたらいいのだろう?
サーカスが終わり、観客がテントから出始めてからもしばらく残っていたが、クリスさんもおばさんも来てくれなかったから、とりあえず外に出てきてしまった。
テントの周りにはまだ人がいて、興奮冷めやらぬ様子でサーカスを語り合っている。
時間も夕暮れ時で、私もそろそろ宿屋に戻らないといけなさそう。
「おっ、何しているんだ嬢ちゃん?」
私がどうしようか悩んでいると、ロック様とボガードがやって来た。
「ロック様、もうお仕事は終わったんですか?ボガードもどこかで会ったんですか?」
「はっ?俺も仕事だよ」
「えっ?そうだったの?」
ボガードにじっとり睨まれてしまう。
「こいつは特別兵ってやつで、部隊に所属せず単独で動くから、雑務も自分でやるしかないのさ」
「そうだったんですか」
「もしかして、一人でサーカス観ていたのか?」
ロック様がテントを見ながら言った。
「そうですよ。二人はお仕事ですからしょうがないですけど、一人で楽しんでいたんです。
というか、私の護衛はどうしちゃったんですか?魔物が私を狙って来るかもしれないんですよ?」
家族や友達同士で来ている人たちを見ていて、ちょっぴり寂しさを感じてしまった私はついロック様に愚痴を言ってしまう。
「魔物に関しちゃ、俺はあまり心配していないがー…」
おいおい、それでいいのですかロック隊長?
「たしかに、独りぼっちっていうのはつまらないよな。
よし!じゃあ明日は遊んでやるか、ボガードが」
「はぁ!?」
「えぇ!?」
突然の提案に、私とボガードは同時に驚いた。
「おい、俺は明日も仕事があるんだぞ!」
「嬢ちゃんの護衛も立派な仕事だぞ?
雑務は俺が責任を持って部下にやらせといてやるから、頼んだぞ」
「なに勝手な事を…」
「なんだよ、嫌なのか?」
それを言われてボガードはぐっと言葉を飲み込んだ。
交際を申し込んでいる女子と遊ぶのが嫌なわけがない。
ただ、そのちょっと意地悪そうな笑顔が気になってしまう。
ロック様に限ってそれはないと思うが、ボガードの心境を見抜いているような気がしなくもない。
言い返さないボガードの肩を、ロック様がぽんぽんと叩く。
「よし、決まりだ。ある程度だったら経費でいいぞ」
ロック様が今はお節介おばさんに見えてくる。
「嬢ちゃんもそれでいいだろ?」
私も返事に困ってしまう。
ボガードの印象もだいぶ変わり、今は一緒にいるのが嫌だとか思わない。
でも、でもですよ。告白の返事を保留にしている男子と二人で遊ぶ…、それってもはやデートじゃないですか?
それって、なんというか、その…。
考えただけで、なんか緊張してきた。
「あぁ!?」
ボガードが急にテントの方に鋭い視線を向ける。
「ひぃぃ」
すると物影に隠れる人が。
「クリスさん」
私が名前を呼ぶと、クリスさんが怯えながら顔を出した。
舞台衣装から着替えていて、公園で会った時のような恰好になっていた。
「ん?なんだ知り合いか?」
「はい、今日知り合ったばかりですが、あの人に招待してもらってサーカスを見ることができました」
ロック様に聞かれて、簡単に今日の出来事を話す。
「わはは、一日で男を捕まえるとはやるじゃないか。
じゃあこうしろ、嬢ちゃんとボガード、あとはあいつの三人で明日は観光でもしてこい」
「はぁー!?」
「えぇー!?」
「なっ……」
ロック様はクリスさんを捕まえてこっちにつれてくる。
「俺は先に帰るから、三人で簡単な予定くらい決めて来いよ」
そう言い残して去っていった。
何が起こったのかわからず、ボガードに怯えるクリスさん。
どうしたらいいかわからないが、とりあえずクリスさんを威嚇するボガード。
そして、色んな意味でドキドキしてきた私。
ど、どうしたらいいの?




