仮面の青年
視線の主と一瞬目が合うと、その人は木に隠れてしまった。
いやいや、そんなあからさまな行動を普通する?
怪しすぎて、私じゃなかったら通報モノだよ?
近づいて来る様子はないから無視してもいいのだけれど、常人でない者に目を付けられたままにするのは少しだけ気持ち悪い。
私は、気にせず歩き始めたふりをして、最速でその人の後ろに回り込む。
案の定、その人は私に気が付くことなく、木に隠れながらこっそり私がいた場所を見ようとしていた。
「あの」
「うわわああぁぁぁ!」
想像以上のリアクションに私まで驚かされてしまう。
その人は反射的に逃げようとして転んだ。
「いったー…」
地面についた手をすりむいてしまったようで、倒れたまま手の平を見ている。
そこからゆらゆらと上体を起こし、ようやく私の方を見た。
「あ、あれ?」
盗み見ていたはずの私が、いつの間にか自分の後ろにいる。
ついさっきまであそこにいたのに…と不思議そうにあっちとこっちを見比べる。
明るい紫色のツンツンヘアー。
丈長のジャンパーのような服に、だるだるのズボン。
歳はおそらく私よりちょい年上。
一番目を引くのは、いつの間にか着けていたアイマスク風の仮面。
例えるなら、ピエロを今どきの若者風にした格好。
マスクのせいで表情がわかりにくいが、おどおどした感じが伝わってくる。
あっ、この人…。
アイマスクが決めてとなり、私はこの人が誰なのかわかった。
「曲芸師のクリス=アンヘル」
行方が知れないので、オズワルド様が探してくれると言っていたけれど、まさかこんな所で会うとは思わなかった。
聖なる巫女の運命のようなものだろうか?
これでついに、イケメンナイツが8人揃う。
「えっ?えぇ…」
私の心境をよそに、なんでバレたの?とでも言いただけな態度をクリスはとっている。
「えーと…、クリスさんは私に何かご用ですか?」
私はとりあえず無難に話かけた。
どんなキャラ…じゃなくてどんな人かわからない上に、お城に居る人ではないから接点が無い。
「あ…あの、これはですね…」
クリスはもじもじとしてすんなり話してくれない。
「…その、用…ってほどでもないのですけれど…」
土を払いながら、今私は立ち上がっている最中ですアピールをして時間を稼いでいる。
「あっ、いや、そもそも声をかけようとしていたわけではー…」
この人、まったくはっきりしない!
ボガードと同様に私がこの人を良く思っていなかった理由。
それはこの性格。
おどおどしていて、少し間延びした喋り方。
きびきび動き回るクノイチとは正反対。
双子とは別の意味で守ってあげたくなるキャラらしいが、私にはわからなかった。
イラついたりはしないけれど、積極的にお話したいとは思えない。
「じゃあ、なんで私のことを隠れてまで見ていたのですか?」
「いや、それは…」
今度は目を泳がせながら黙ってしまう。
困った。
なんでもない人だったらこのまま帰るところなのだが、イケメンナイツとあればそうはいかない。
ここで何かフラグ…接点を作っておきたいところ。
どうする?このままではらちが明かない。
なんならクリスさんは隙を見て逃げようとしているようにさえ見える。
クリスさんのペースに合わせていては、何も進まないような気がしてくる。
そう思えてしまってはしかたがない。
恐がられてしまうのを覚悟でいくしかない。
「嘘をついても私はわかりますからね。理由を言ってくれるまでは帰しませんよ?」
私はなるべくやさしく言った。
クリスさんにはそれがむしろ不気味に思えたのだろう。
わずかに肩を震わせていた。
俯いてはちらりとこちらを見て、また俯いてこちらを見て…を繰り返す。
たいていの人はしびれを切らして、こちらからアクションをとってしまうのだろうが、こっちはクノイチ、忍ぶことには慣れている。
そして時が経つこと15分。
クリスさんが腕時計を気にし始めた。たぶん、この後予定があるのだろう。
しかし残念。私からその事を述べるつもりはない。
そしてさらに10分。
もうギリギリのラインなのだろう。あきらかに挙動がおかしくなってきた。
ここまで来ても逃げないあたり、気の弱さが窺い知れる。
さすがにかわいそうになってきてしまったので、そろそろ帰してあげることにした。
「「あの…」」
ちょうど二人の声が重なる。
「あっ…」
あまりの偶然に二人で目を合わせる。
「ど…どうぞ」
「だめです。私はずっとそちらの回答を待っていたんですから」
ようやく話す気になってくれたのだ。逃すわけにはいかない。
「そんなー…」
ちょっと空気が変わったおかげか、クリスさんの口数がわずかに増える。
「さぁどうぞ」
私に促されて、唇をぐっと噛むとクリスさんが話し始めてくれた。
「じ、実は…あなたの芸を見ていまして…その…」
ふむ、曲芸師として私の芸に意見があると言ったところだろうか?
適当な急ごしらえだったからね。本物からしたら文句の一つも言いたくなったのかもしれないな。
「僕も、芸事をやっているのですが…」
クリスさんが拳をぎゅっと握っている。
「あ、あなたの芸が…」
私の芸が?
「…す…す…すごかったので、僕に教えてくれないでしょうか!」
最後はかなり思い切ったのか、今日一番の声量だった。
「へっ?」
教えてくださいって、私がやったあの串芸を?
「あんな器用な体捌きは初めて見ました。僕もあんな風に自由自在に動き回りたいんです」
だいぶ意外な理由が返ってきたと思ったが、曲芸師であることを加味すれば納得がいく内容だった。
私のやった事は芸ではないが、この世界には無い氣を使った独特な体術。
未知の技術を取り入れ、より高見を目指そうという向上心の現れだったのだ。
ただ、かなり気弱な性格なため、あんな出会いになってしまったということ。
「まぁ、私としては教えてあげてもいいんだけど…」
「ほ、本当ですか!?」
クリスさんの雰囲気がぱっと明るくなった。
「うん、でもその前に」
「なんでしょうか?」
「時間は大丈夫なんですか?」
それを聞いたクリスさんの時が一瞬止まる。
腕時計を確認して、マスク越しでもわかるくらい青ざめる。
「いけない!急がないと!!」
クリスさんが私の手を取って走り始める。
「ちょっと、どういうこと?」
「教えてくれるって約束したじゃないですか。このままお別れしたら会えなくなってしまいます」
あんなおどおどしていたのに、そんな理由で今は女子の手を引いて走っているの?
「じゃあ、私は今どこへ連れて行かれているの?」
オシャレな街中を男子と手を繋いで走る。
その男子は大人しくて恋愛とか無縁そうな感じなのに、今日会ったばかりの女子の手を強く握っている。
そんな児童小説を昔読んだ事があったような…。
そんな事を思わせてくれるなんとも不思議な出来事。
「僕のサーカスです。これからショーが始まるんですよ」
「サーカス!?」
気が付くと、遠くに黄色い大きなテントが見えた。
至る所にロープが張られていて、テープや風船で飾り付けられている。
よく見ると壁にポスターも張ってあった。
「見て行ってください。団長には僕からお願いしておきますから」
テントの入り口には列ができていて、お客さんがどんどん中へ入って行っている。
私たちはそれを通り過ぎ、裏手に回る。
人気がなくなり、大きな箱やサーカス道具が積んである所までやってくる。
そこでようやくクリスが私の手を離した。
「ちょっとここで待っていて、すぐに戻って来るから」
クリスさんがそう言って中へ入ろうとする。
が、直前で立ち止まって振り返る。
「そうだ、名前は?」
「セツナ=モチヅキ」
「セツナさんか、ちょっと待っていてね」
クリスさんがテントの中へと消えていった。
私はぽつんと一人待たされる。
守ってあげたくなるキャラ…か。
ちょっとだけわかりかけている自分がいた。




