勝利への一振り
魔物がボガードに気が付き、捕まえようとするがロープが長くボガードまで足が届かない。
炎をはこうにも、ボガードがいる後ろの方まで首が回らない。
振り払おうとボガードを振り回すが、ロープはしっかりと繫がっていて離れない。
さらには隙をついて矢が飛んできて、魔物の体力を削っていく。
魔物がボガードに気を取られているので、だいぶ動きやすくなった。
しかし、この状態でいったい何ができるだろうか?
「嬢ちゃん」
ロック様が体勢を立て直しながら訪ねてきた。
「氣を合わせることってできるか?」
「あ、合わせるって…?」
「氣の訓練の最初にやってくれたように、俺の氣を嬢ちゃんの氣で増幅させることはできるか?」
その質問を聞いて、私はなるほどと感心した。
回答としては、氣の合わせることは可能である。
自分の氣を相手に送り、ロック様が言う様に一時的に強化する術は氣の応用として存在する。
ロック様の提案はおそらくこういうこと。
筋力で優れているロック様に、氣の扱いが優れている私の氣を渡すことで、魔物を切り裂ける斬撃を生み出せるのではないか?
先ほどの余裕といい、よくこんな土壇場でそういう発想が浮かぶものだ。
「できます!」
私はこくりと頷いて答えた。
ロック様も説明せずとも私が理解していることがわかり、魔物の頭を見据える。
「どうしたらいい?」
「まずはそのままでいてください」
そう言うと、私は慎重にロック様の腕にしがみ付いた。
「じょ…嬢ちゃん?」
次にロック様に後ろから抱きつき、自分からおんぶされにいく。
足でロック様の体を挟んでしっかり固定して、ロック様の横に顔を並べる。
大きい背中だった。私の倍はあるかもしれない。
首周りの筋肉も発達していて、まるで大樹に身を任せているようだった。
そして私は氣をロック様に送り始める。
「おぉ!」
私の氣がプラスされて、感覚が研ぎ澄まされていくことにロック様が感嘆する。
「嬢ちゃん、これって…」
「今は何も言わないでください!」
この氣を送る術は便利ではあるが色々と不都合がある。
一つ目は、氣を送られた側の体の負担が大きいこと。通常出せない力を強制的に出すわけだから、その反動は同然ある。たぶんロック様も薄々わかってはいるだろう。
二つ目は、なるべく接している面積を広く取る必要があること。クノイチ同士だったらせいぜい手を握り合うくらいなのだが、まだ初心者のロック様ではこのくらいする必要がある。
三つ目は、多少だが感覚を共有し合ってしまうということ。要するに、ロック様が背負っている私をどう感じているのかがなんとなくわかってしまうのだ。
こんな状況だから気にしている場合ではないのだが、向こうから勝手に流れてくるので無視できない。
私はそれが恥ずかしくて、ロック様が何を言い出すのかわからなかったから制止したのである。
「今のロック様ならある程度氣を自在に操れるはずです。
まずは足に氣を集中させて、立ち上がってください」
ロック様は言われた通り足に氣を集中させる。
「こいつはすげぇ」
ロック様を通じて、私にもその感覚が伝わってきた。
これなら立ち上がれる。
強い風がふきつけ、足場は急降下に急旋回しているが、ロック様は二本の足だけでその場に立つ。
「これが、嬢ちゃん…セツナが見ている世界か」
先ほどまであった焦りや恐怖はなくなり、好奇心と感動に包まれている。
ロック様の素直な尊敬が私に向けられていて、どうにも照れくさい。
「ロック様!足はあるべく羽や毛に触れていられるように進んでください」
「わかった!…とその前に」
ロック様が私との間にある大剣を取り出す。
「それじゃ、いくぜ!」
ロック様が前へ進み始める。
足場が横になったり逆さまになったりしているのに、私たちは変わらず歩き進む。
ロック様、絶対に集中力を切らさないでくださいね。
ボガードも、もう少しだから頑張って。
今の私は二人の成功を祈ることしかできない。
それはまるで序盤の"聖なる巫女"のようだったが、それに気が付くのはまだ先のことだった。
時間をかけて、確実に魔物の首元までやって来る。
ボガードに気を取られていた魔物もようやくそれに気が付いてもがくが、ロック様を振り落とすことができない。
「いいですかロック様。
腕で斬るのではありません。全身で斬るイメージを持ってください。
足の氣を解いてはいけないというのもありますが、氣で重要なのは循環です」
「おう!」
ロック様は大剣を上段に構え、真横に向けてゴルフのスイング前のような構えになる。
すばらしい集中力だった。
私が言った通り、全身の氣がすごい勢いで巡っている。
これならいける!と私が思った次の瞬間、ロック様の大剣が振り下ろされた。
「セリスローザ流は、怪物だって切り裂く剣術になるぜ。師匠…」
魔物の首を通過した大剣は再び私たちの頭上に戻ってくる。
大剣が通った切り口から魔物の血があふれ出し、頭と胴体がずるりとずれ始める。
その様子を見ることなく、確かな手ごたえを感じながら、ロック様はそう呟いていた。
頭を失った魔物は絶命して、地上へと落下を始める。
「ロック様!まずはボガードのところへ」
「だな!」
今は落下しているだけなので、先ほどよりも氣の扱いが楽になり速度を出せる。
ボガードもロープを手繰り寄せてこちらへ向かっていた。
ロープの所までたどり着くと、私はボガードへ向かって手をさし伸ばした。
それにボガードも応えて手を伸ばす。
「ロック様、ロープを切ってください」
ボガードと手を結べると、ロック様にそうお願いした。
「それでどうするんだ?」
「魔物から離れてください。その後は私がなんとかします」
ロック様がロープを掴み、大剣を当てる。
「信じるぞ」
ロック様がロープを切って、魔物から足を離す。
徐々に魔物から私たちは離されていき、距離をとっていく。
私は足でロック様を挟んだまま、両手でボガードを引き寄せる。
「なっ!?」
ボガードは少し驚いていたが、気にしている時間は無い。
「私にできるだけくっついて」
「はぁ!?」
「いいから!!」
私に大声で言われ、ボガードはぎこちなく私の体に腕を回す。
ボガードがしっかり私に捕まったことを確認すると、私は右手でロック様の肩を、左手でボガードの手を握った。
「今度は二人の氣を私が借ります」
「そうきたか!」
「どういうことだよ!?」
地面に衝突まであと5秒。
先に地面に落ちた魔物からとてつもない轟音があげる。
私は氣を練りながら風を全身で感じ、上級忍術を放つ。
「大風遁の術:月下昇竜」
地面すれすれで、私たちを引っ張っていた重力が一瞬ぴたりと止まる。
すると今度はすさまじい上昇気流で舞い上げられた。
それは広範囲で発生していて、辺りの草木や岩、魔物までをも巻き上げる。
「風遁の術:八艘飛び」
落下速度を緩和することができたので、私は最後に落下の勢いを殺すと、三人で地面に落ちた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
い…生きている。
今回はさすがにダメかもしれないと思った。
そして、もし私一人だったら倒せなかったし、倒せたとしても助からなかった。
確かな実力を持ち、氣を習得し始めたロック様。
最後まで魔物を追いかけ、援護し続けてくれたボガード。
この二人がいてくれたから、私はこうして生還できた。
地面に転がったまま、今までいたとは思えないほど高い高い空を見上げる。
「おーい…生きているかー?」
ロック様が上体を起こす。
「あ…あたりまえだ」
ボガードも負けじと立ち上がる。
私は仰向けに寝たまま二人に見下ろされた。
そして、二人から手が差し伸べられる。
「ロック様、ボガード、おつかれさまでした」
「まったく、無茶するなって言ったのにな」
「はっ、それにはさすがに同感だ」
私はにっこり笑って、頼もしい二人の手をとった。
気が付いたら50部を超えていました。
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