戸惑いの聖なる巫女
文字通り衝撃の告白を受けた翌日。
私たち一行は馬車を走らせながら魔物が来るのを待っていた。
私の馬車には、私の護衛ということでロック様とボガードが同乗している。
馬車の中は長椅子が二つ置かれていて、私が一人で座り、向かい側に二人が離れて座っている。
昨日の一喝が効いたようで、ロック様が一言挨拶したくらいで今日はずっと静かなまま。
作戦をいくつか立てておきましょうと言った手前、私から切り出すのが筋なのかもしれないが、なんていうかこう…いつものようにできない。
だって、私の目の前には私に交際を申し出た男子がいる。
向こうはいつも通りぶすっとした態度をとっていて、あれは聞き間違いだったのではないかと思ってしまうくらい普通にしている。
意識されていても困るのだが、こう何も無いと逆に心配になるというか…。
いやいや、何を心配することがあるのか?
そもそも、私が聖なる巫女とわかっていてあんな告白する?
大胆というか、もしくは考え無しというか…。
ひょっとして、こういうところがゲームで人気だった秘密なのだろうか?
窓から見える草原を眺めてこの場をやり過ごしているが、あれだけ珍しかった光景も今はなんの足しにもならなくなっていた。
ぼーと外を眺めているつもりが、ふと窓に映るボガードが目に入ると、こそばゆい気持ちになる。
「おい」
そんな気まずい時間を過ごしていると、ボガードが私を呼んだ。
「まだ昨日話したことを始めてくれないのか?」
変わらないトゲトゲした言い方。
仮にも私はあなたが告白した女子なのだが、いったいどんな神経をしているのか?
自分だけ意識してしまっているのかと思うと、ちょっと情けなくなってくる。
「そ、そうだね。じゃあ今から始めようか」
私は気を取り直し、ボガードに向き直る。
「昨日の?」
ロック様が何気なく会話に入ってくる。
「はい、実はボガード…さんにも氣を教えることになりまして」
「呼び捨てでいい」
あー!意識し過ぎて、さん付けにしまった。どんだけウブなんだ私は?
「おーいいじゃねぇか。始めたばかりは疲れるが、慣れてくるとむしろ調子良くなるぞ」
ロック様は力こぶを作りながら元気アピールをした。
「それはいい傾向ですね。体を巡っている氣を感じ始めている証拠です」
「本当か?実践に入れる日も近いかもな」
わははとロック様は笑い、場の空気が少し和んだ気がした。
ちょっとうるさいけれど、ロック様の笑い声を聞くとこっちも楽しくなってくる魅力がある。
よし、今度こそ気を取り直して…。
私は今まで通り氣の説明をして、髪の毛を使った練習方法をやってみせる。
ぴんと伸びた私の髪の毛を見て、ボガードが不思議そうな顔をした。
普段もそんな感じで普通にしてくれればこちらも接しやすいのにな。
「ほら、俺もできるようになったんだぞ」
ロック様も自分の髪の毛を抜いてやってみせる。
ボガードはすぐさま面白くなさそうな顔に戻ってしまった。
まったくこの人は…。今は横で笑ってくれているだけがちょうどよかったのに。
「ボガード…もやってみようか、最初は私が補助するから」
私にそう促されて、ボガードが前髪あたりをぷつんと抜き、その手をひざ元にもってくる。
あっ、私…これからボガードの手に触れるの?
二度目の気の取り直しも失敗する。
だめだ。どうしても意識しちゃう。
顔が赤くなっていないかな?躊躇しちゃったのバレたかな?
気になってちらりとボガードの目を盗み見る。
ボガードは私の手をじっと見ていた。
なんか、私に触れられるのに緊張しているようなー…。
「なんか変だぞ、お前ら」
ぎこちない私たちを変に思ったロック様に言われてしまう。
そう言われて、私は思わず手を引いてしまった。
「そうかわかったぞ、ボガードお前…」
ニヤリとしてそう言うロック様に私は思わずギクリとする。
「嬢ちゃんに触られることに緊張しているだろ?
女に不慣れそうだしな、そんなんじゃこの嬢ちゃんでもやりにくいだろうが」
よかった。的外れだった。
って、なんで私が安心しているのか?
ボガードがロック様をぎろりとにらみつける。
「うるせぇ、そんなわけあるか。少しは黙っていろ」
そう言い返されてしまったロック様は、私をちらりと見た後、はいはいと私たちから少し距離をとった。
「ったく、続けてくれ」
私も次こそはと気を取り直して、ボガードの手に触れ、氣を少しずつ送っていく。
髪の毛はまったく動かない。
けれど、ボガードは髪の毛を持った手に集中し続けていた。
「これは…なんだ?手に別の力を感じる」
そう言ってまた集中し始めると、髪の毛がぴくぴくと動き始める。
すごい、ロック様は例外として、キョウヤ様よりも感覚を掴むのが早かった。
弓矢って精神力が強く関係しているから、もしかしたら下地はすでにできているのかもしれない。
ボガードは黙ったまま20分は集中していた。
アシストしている私の方が少し疲れてくる。
そのかいあってか、髪の毛はもう直立と言っていい状態にまでなっていた。
「ちょっと休憩しようか」
私はそう言って、ゆっくりと手を離した。
それと同時に髪の毛がしなり始めるが、なんと半分くらいのところでぴたりと止まる。
私のアシスト無しでも髪の毛に氣が通っている。
驚いた私がボガードの顔を見ると、まるで手を離したことに気づいていないと思わせるほどの集中力を見せていた。
「しっ」
私が呼びかけようとすると、ロック様に止められる。
こんないい状態には狙ってなれるものではない。疲れに気が付くまでやらせてやれ。
ロック様が小声でそう言った。
たしかに順調に氣が巡っている。
私はロック様の言う通り、黙って見守ることにした。
数分後、ボガードが急にがくりと肩を落とす。
ぜえぜえと息をして、ようやく解放されたようだった。
髪の毛もはらりとしなびてしまう。
「すごいよ!弓矢をやっていたおかげかな、もうほとんどできていたよ」
私がそう言うと、ボガードは髪の毛が握られた自分の手を見つめる。
「そうか…」
「ねぇ、いったいどんな感覚だったの?ずっと集中していたみたいだけれど」
ボガードは髪の毛を丸めて握り込んだ。
「そうだな。獲物を待ち伏せている時に近い感覚だったかもしれない」
「獲物って、動物とかってこと?」
「あぁ、やつらは勘が鋭いからな。いかにこちらの存在を消せるかが重要なんだ」
なるほどなるほど。
弓矢だけでなく、それを使って狩りもしていたのか。
やっていることはクノイチに通じるものがある。
だからこんなに早く順応できたのか。
「そっか、ならボガードは昔から氣の練習をしていたようなものだね」
「そうなのか?」
「うん、氣は人体だけじゃなくて自然や空気にも存在するものなの。
気配を消すということは、それらの氣と同調するような感じ。
だから、ボガードは無意識に氣を使っていたのかもしれないね」
「今までやってきたことに…意味があったのか」
なんだか意味深な言い方をしていた気がしたが、私は特に気にしなかった。
「ならこの感覚、弓にも応用できそうだな」
「そうだね」
氣に対するボガードの前向きな姿勢を感じる。
もしかしたら、ロック様よりも先に習得してしまうかもしれない。
「おいおい、俺をのけ者にして楽しそうにするなよー」
ロック様がにやにやしながらちゃちゃを入れてきた。
そして、するりとボガードと肩を組む。
「お前、ずいぶん普通にしゃべれるじゃないかよ。
俺とも仲良くしようぜ?」
またロック様は…。
だからそういう態度が避けられているとわからないのだろうか?
と呆れていると、ボガードが一瞬だけ私の方を見た。
それからロック様の腕を振り払ってこう言った。
「…お前も、慣れ慣れしくしないなら考えてやる」
今までなかった反応に私もロック様も一瞬呆気に取られてしまう。
「いいぜ、そうしようそうしよう」
ロック様が笑いながらボガードの肩を叩く。
まったく話を聞いていなかった態度だが、ボガードはうんざりした顔をするだけで言い返さなかった。
なにはともあれ、この二人の距離が少しだけでも縮まったのは私としてもうれしい限りです。




