犬猿の仲
見渡す限りの大草原。
風が強くて少しうるさいが、かえってここの広大さを感じさせてくれる。
生まれて初めて見る生の地平線。
大声を出さずにはいられなくなった。
「わーーーー!!」
「うるせー!なんだよ急に?」
馬車から降りてきたロック様に怒られしまう。
「あはは…ごめんなさい、なんか開放的だったから、つい」
「開放的?何も無いだけだろ」
日本で育った私の気持ちは、修行の旅でもしていそうなロック様にはわからないだろう。
私が知っている大地の広さなんて、せいぜい広めの公園くらいだった。
馬車からもう一人降りてくる。
「おいおい、このただっ広い所を探すのか?もう少し場所を絞れなかったのかよ?」
ボガードが途方の無さを感じて不満を言う。
「しかたねぇだろ、俺らが討伐する魔物は怪鳥だって話だ。普通の鳥みたいに巣があるとしても、そこまで追跡するのは難しい」
「けっ、先発部隊は追石も付けられないとは、とんだ無能集団だ」
「お前、ずいぶんと大口を叩くじゃないか。期待していいんだろうな?」
「あぁいいぜ。なんなら馬車で寝ててもいいんだぞ」
はぅー…、もっと仲良くしてよ。
時を遡ること三日前。
療養期間を終えて貴族への挨拶まわりみたいなことをさせられていた私に、新たな魔物討伐が任命された。
魔物は、今私たちがいるこの大草原で食料や荷物の運搬を襲撃しているらしい。
人間すらも連れ去っているようで、こんな場所では逃げ延びることもできず、魔物の仕業であることに気が付くのに時間がかかってしまったとのこと。
運よく生還できた人からようやく話を聞くことができ、大きな鳥のような魔物という特徴から、弓矢を得意とする遠距離戦担当のボガードと、接近戦担当としてロック様が同行者に選ばれた。
私が魔物に狙われている疑惑はあるが、この強奪事件も放っておくことができず、この二人が命に代えても守ってくれるということで、聖なる巫女の務めを果たすこととなった。
まぁ、ここまではいい。
魔物のサイズが大きいことを考えると、矢だけでは致命傷にならないかもしれないので、接近してトドメを刺せないと逃げられてしまうかもしれない。
しかし、戦闘パートでは良い組み合わせでも、日常パートでは相性最悪だった。
口が悪いのはお互い様だが、一匹狼体質のボガードと仲間意識の強いロック様は水と油。
気軽に話しかけるロック様を、ボガードが反抗的な態度をとり続ける。
最初は面白がっていたロック様も、次第にストレスが溜まっていったようで、馬車の中の居心地は最低だった。
私が大声を出したのは、大地の壮大さだけが理由ではなかったのだ。
「二人ともいい加減にしてください。もう魔物がいる所まで来たんですから、ここからはプロとしての自覚を持って行動してください!」
「うるせー、俺は最初からそのつもりだ。それをこいつがピクニック気分で話しかけてくるから…」
「仲間との親睦を深めるのも仕事の内だろうが、お前一人でなんでもできると思うなよ」
ぷいっとそっぽを向くボガードを、ガルルと唸り声が聞こえてきそうな顔でにらみつけるロック様。
「俺は一人でこの地位まで登り詰めた。それはこれからも変わらない」
「その程度で一人前を気取るんじゃねぇよ。小さいんだよ器も」
「おい、器"も"とはどういう意味だ?」
「どうした?何か心当たりがあるのか?」
額を擦り付けんばかりのメンチの切り合い。
ここまで手を出し合わなかったのは評価できるが、いい加減私も我慢しきれなくなった。
私は大きく息を吸い込み、声に氣を込めて叫ぶ。
「やめてえぇぇ!!」
あまりの声の大きさに、二人は耳を塞いでよろめいた。
ついでに他の兵士や馬も巻き込んでしまう。
驚いた馬が暴れ始め、兵士たちがくらくらする頭でなだめている。
それが目に入ってしまった私は我に返ったが、大声を張り上げた以上この二人には言わなくてはならない。
「ボガード!友達を作らないのはあなたの生き方だから何も言わないけれど、王国に雇われているからには人付き合いは避けて通れないのよ。地位にこだわりがあるなら、せめて当たり障りの対応ができないとあなたを評価してくれる人がいなくなっちゃうわよ!」
ボガードは言い返そうとする素振りはみせたが、歯を食いしばって言葉を飲み込んだ。
「はは、言われてやんの」
「ロック様もです。みんなで仲良くできるのが理想的ですが、人には人のやり方があるんです。人の上に立つ立場なんですからもっと相手のことを見て態度を変える柔軟性を持ってください。そういうのがパワハラになるんですよ!」
「パ…パワハラ?」
まさか私に本気で怒られるとは思っていなかったようで、しゅんと獣耳を閉じてばつの悪そうな顔をした。
しかも知らない単語まで使われて、どこか解せない様子でもあった。
「それに、探すんじゃなくておびき寄せるんでしょ?
ここら辺一帯には私たちしかいないよう手配されているはずなんだから、かならず来る。
それまでに、様々な状況を想定したシミュレーションが必要なんじゃないの?
せっかく長い間一緒の馬車に乗っていたのに、何もできていないじゃない!」
ダメ押しとばかりに一気にまくしたてる。
結局ここまで言うことになるなら、もっと早く言えばよかった。
私が全部言い終えたのを感じ、ロック様が頭をポリポリと掻く。
「わかったよ。嬢ちゃんにそこまで言われちゃ俺も自重せざる負えないな。
必要以上のことは、もうしねぇよ」
ロック様はわかってくれたようだ。
じゃあ次は。と思い私はボガードを見る。
ボガードは私と目が合うとすぐにそらした。
「…こいつがそれでいいなら、俺も構わない」
ひねくれた言い方だったが、二人とも反省してくれたみたいなので私の気が収まった。
「うん、私も強く言っちゃってごめんね」
もう怒ってないよ。という代わりに笑顔で謝る。
相変わらずボガードは私をちらりと見るだけだった。
「それにしても嬢ちゃん、なんていうか、強いだけじゃなくて集団の戦闘にも慣れているんだな。
今まで何をやっていたんだ?割とマジで」
うぐっ、またなんとも答えにくいことを聞いてくる。
「その…今と似たようなことをしていたとだけ言っておきます」
「ふーん、クノイチだっけか?前に言っていたのは。傭兵部隊みたいなものだったってことか」
あぁ、ロック様の私に対するイメージがあらぬ方向へ進んでいく。
もう手遅れな気はするが、できればやっぱりかわいい印象を持ってもらいたい。
「おい、この話はもういいか?」
ボガードが聞いていられないとばかりに割って入る。
「そうだね。この件はこれで終わり。
ロック様、これからどうするんですか?」
ロック様は腕を組んで少し考える。
「そうだな、今日のところはここにテントを張って早めに休むとするか。
明日からはとりあえず草原の中心を目指し、魔物が来るのを待とう」
ロック様はそう言うと、私には馬車にいろとだけ言い、ボガードを連れて兵士たちの所へ行ってしまった。
暇になってしまった私は、せめて見張りをしようと思い、馬車の上へ飛び乗る。
ついでに突きや蹴りを出してみて、体がなまっていないか確認する。
うん、この服も動きやすくていいね。
今回私が着ているのは、武闘着に改良を加えてもらったもの。
甚平のような上着に半ズボン。長距離を歩くためのブーツ。
表向きにはガーリーに見えるように、裏向きには暗器を仕込めるように、スカートっぽく見える前垂れも付けている。
他にもリストバンドやチョーカーなど、見栄えと機能を兼ね備えた服装となっている。
すっかり聖なる巫女のイメージからかけ離れてしまったが、ゴールグのように誰かに見れらることはないので最初からこの格好にさせてもらった。
またユリさんには無理な注文をしてしまった。帰ったらちゃんとお礼を言いに行こう。
………。
……。
…。
今日は大方の予想通り、魔物は来なかった。
星空の下で兵士飯をいただき、みんなと少し談笑した後、自分の馬車へと戻る。
さて、明日からが本番だ。今日はしっかり寝ておこう。
「…おい」
乗り込もうとすると誰かに呼び止められる。
声がした方を向くと、そこにいたのはボガードだった。




