精霊石
気が付くと私は寝衣のまま見たこともない場所を歩いていた。
地面は水面のようになっていて、私が歩くと波紋が広がる。でも裸足で歩いているのに濡れた感触はない。
周りには何も無く、紺色の空間が永遠と広がっている。
私は宛てもなく歩き続ける。
これは夢なんだとすぐにわかった。
こんなに意識や感覚がはっきりした夢は初めてだった。
誕生会が楽しすぎて脳が興奮状態なのかな?なんて考えながら歩き続ける。
歩いている方向に光が見えた。
何か丸い物が輝いている。
私はとりあえずそれに向かって歩き続ける。
すぐ目の前までやって来た。
最初は金属か何かかと思ったけれど、よく見ると表面が皮膚?のように見えなくもない。
大きさはバレーボールくらいで、危ない感じはしなかったので軽く触れてみた。
光は徐々に薄れていき、パステルグリーンになった。
光がなくなったことで、そこそこ歪で何かが丸まった物だというのがわかる。
私はわずかに白い部分を見つけ、なんとなく顔を近づけてみる。
すると、その白い部分ががっと広がる。
私とそれは目が合ったのだ。
生き物だったことに驚いた私は、大きく後退する。
丸い物から首の長いトカゲのような頭が持ち上がってくる。
そして、大きなあくびをした。
口の中には、長い牙や細い舌が見える。
それは軽く頭を振ると、じっと私のことを見た。
「やあ、やっと僕に辿り着いてくれたね」
なんと、少年のような声で私に話しかけてきた。
「思っていたよりもだいぶ遅かったんだけど、まぁいいか」
丸い生き物がそう言うと、バサッと翼を広げ、しっぽが伸び、小さな手足を出す。
その姿を見て、私はそれがドラゴンだとわかった。
細くて弱そうだけれど、お腹が白くてかわいいドラゴン。
目や皮膚が爬虫類というより哺乳類に近いせいか、まるでCGアニメを見ているような気分だった。
そして、私はこのドラゴンを知っている。
「スポラ」
そう、このドラゴンはゲームでシステムの説明をしてくれていたキャラ。
ストーリーには登場せず、画面や課金について教えてくれるだけだったので、ゲーム会社のマスコットか何かかと思っていたけれど。
ちゃんとゲームのキャラだったんだ。
「おっ、僕のことを知っていてくれているんだね。さすが聖なる巫女」
名前を呼ばれて喜んだスポラは、私の周りをぐるっ一周する。
「じゃあ、自己紹介はいらないかな」
「ううん、それはお願いできるかな」
「あれ、そうなの?」
スポラが長い首を傾げた。
「僕の名前はスポラ=ペリドット=ディア。
影ながらー…というか夢の中から聖なる巫女の手助けをするように、精霊神から遣わされたドラゴンです」
くるりと回り、スポラは誇らしげにそう言った。
「精霊神…ということは!もしかして精霊石となにか関係があるの?」
「なんだよ。やっぱり知っているんじゃないか」
スポラは不満げに私を見る。
「ご、ごめん。なんか自信がなくて…」
「…思っていたのとだいぶ違うな、聖なる巫女って」
まさかドラゴンにまでそう思われるとは…。
「でもまっ、ちゃんと頑張ってくれているみたいだし、これをあなたに進呈しましょう」
スポラが翼と腕を大きく広げる。
すると、どこからか光の粒が集まってきて、小さな渦を作る。
それはどんどん大きくなっていき、片手で握れるくらいの緑色の宝石になった。
「はい、精霊石だよ」
丸くてつるつるしていて、マスカットのような宝石が宙に浮いている。
「ありが…とう」
私は精霊石を手に取る。
私が触れた瞬間、精霊石は地面に落ちようとしたので私の手の上を転がった。
「おっとっと」
「危なっかしいなー、壊さないでよね」
今度は注意深く持ち、自分の目の前にかざす。
透き通った綺麗な緑。
「今回はこれだけね。じゃあ、また今度」
「ま、待って!」
役目を終えて飛び去ろうとしたスポラを私はあわてて引き留める。
「どうしたの?」
「あの、これってどうやって使うの?」
私は精霊石を指差して質問をした。
「知らない」
「えっ、えぇ…」
「僕は精霊神から、聖なる巫女が守護者との絆を得た時、精霊石を渡すように言われているだけ。
これが何か聞いたんだけど教えてくれなかった。精霊石が集まった時にわかるんだってさ」
「精霊石を集める…。それっていくつなの?」
「知らない」
いやいやいや。
ゲームでは、精霊石はもっとも重要なアイテム。
だから、かならず王国を救う手助けになるはず。
たしかに一個では何もできないから集める必要があるのはわかるけれど、使い方も何個必要なのかも教えてくれないのは少々意地悪ではないだろうか?
このままじゃ王国の危機なんだよね?精霊神様も無関係ではないんじゃないの?
「もういい?」
このスポラというドラゴン、けっこう淡泊だな。なんかすぐ帰ろうとする。
「だめ、まだ聞きたいことがあるの」
私はやさしくスポラの手を握る。
「な、なんだよー」
スポラはちょっと照れるような素振りを見せた後、私の手を振りほどいた。
「なにって、君がすぐどこかへ行こうとするから」
「わかったよ。最後まで話を聞くから、あまり気安く触らないでくれ」
うーむ、そう言われると余計触りたくなる。特にあの白いお腹のあたり。
「それで、何が知りたいんだい?」
「そうねー、じゃあ、守護者との絆って言っていたじゃない?
その守護者って誰のことを言っているの?」
「あぁ、それならわかるよ。マリー=シェルミさ」
「えっ?」
マリーって守護者だったの?
「あれ、守護者って、てっきりイケメンナイツのことだと思っていたんだけれど…」
「イケメ…えっ?なんだいそれは?」
守護者が意外な人物だったので、ついゲーム用語が飛び出してしまった。
私はこれがどういうことなのか考えてみる。
もしかして、好感度ってサブキャラにもあったってこと?
メインストーリー、個別イベント、サブイベント。
ほとんど見てきたつもりだったけれど、何か見逃していたものでもあったのだろうか?
そんなわけないと思うんだけどなー…。
「えっと、イケメンナイツっていうのは、キョウヤ様とかロック様のことなんだけど」
「へー、あの人達のことってそう言うんだ」
スポラはキョウヤ様たちの事を知っているようだった。
ということは、キョウヤ様たちとの仲が深まればまた精霊石をもらえる可能性が高い。
「じゃあさ、どうすれば絆が得られるか知っている?」
「知らない」
うぅ、やっぱり知らないか。
「でもさ、マリー=シェルミとの絆は得られたわけだから、それと同じじゃないの?」
スポラが自分の見解を述べてくれる。
たしかに、誕生会をして、思いがけずお互いの想いを伝え合えたことで仲良くなれた。
これと同じように、イケメンナイツとも分かり合えればということだろう。
「たしかに、そうだね」
「なんかさ、知っている事と知らない事が混ざっていて変なの」
とスポラに言われてしまう。
ゲームでは精霊石がなんなのかなんて説明なかったからね。
「他には何かある?」
「うーん、もう特にないかな。
守護者っていうのが誰なのかだいたいわかったし、彼らとの絆を得る必要があるものわかった。
それに、スポラはもうこれ以上は何も知らないでしょ?」
私が意地悪くそう言うと、スポラはふくれて怒った。
「言ったな!じゃあ次はとっておきの情報を入手してやる。覚えておけ」
なにやらいい方向に対抗意識を燃やしてくれた。
それが本当だった場合は、ちゃんと負けを認めてあげよう。
「と言ったけど、覚えていられないか」
「どうして?」
「だって、これ夢だよ?」
そっか、そういえばこれ夢の中だったね。なら忘れてしまうのもしかたない。
…じゃない!
こんな重要な話をなんで忘れちゃう夢の中でしたの?
使い方を教えてくれなかったり、本当に大丈夫なの?
国王様といい精霊神様といい、この世界の偉い人はぬけている人が多いのかな?
「まあまあ、そんながっかりした顔しないでよ。
精霊神は偉大な人だから、絶対何か意味があるんだよ」
スポラが初めて笑顔を見せてくれる。
そこに確かな信頼があることを私は感じた。
「わかったわ、今はそれを信じるしかないか」
それに、精霊石のために仲良くなろうなんて、ゲームならともかく現実じゃやりにくいよね。
「僕はもう行くよ」
「うん、色々と教えてくれてありがとう。またね」
スポラが何もない空間へ飛んで行き、見えなくなった。
私はそれをしばらく眺めていると、周りが少しずつ明るくなっていく。
あっ、そろそろ起きる時間かな。
私はスポラとの話を忘れ、新しい朝を迎えた。




