魔と氣
研究のお手伝い。
私の頭の中で真っ先に思いついたのは人体実験だった。
もちろんそんなわけはないのだけれど、魔力が無ければ術式も知らない私に何ができるのだろうか?
せいぜい機材運びくらいな気がする。
「わかりました。わたしにできることであれば」
承諾した私を、レオナさんが心配そうに見る。
「心配するな、無理なことはさせない」
似たようなやり取りが昨日もあったような…。
もしかして私、レオナさんに気苦労ばかりかけている?それってマリーにも?
自分のやっていることがだいぶ不安になってくる。
話が決まると、私たちは奥の研究室へと案内された。
さっきまでいた部屋とは打って変わり、本が一冊も無い簡素な部屋だった。
代わりに、魔法陣、紋章、杖やよくわからない小道具がいくつかある。
窓はあるけれどカーテンが閉められており、明かりもついていないから暗い。
「いったい何をするのでしょう?」
無理はしないと言っていたが、怪しすぎるこの部屋を見ると少々心配になってくる。
「お前には、これから何回か忍術とやらをやってもらう」
お手伝いって、忍術の研究材料の提供だったようだ。
「だがその前に、忍術について詳しく話してくれないか。キョウヤが言うには氣と言うものが関係しているようだが」
「わかりました」
私は昨日レオナさんに説明した内容をもう一度ジル様の前で話す。
そして、いつものように髪の毛を抜き、氣を見てもらった。
「ほぉ、これをあいつは練習しているのか」
キョウヤ様は自主練についてもジル様に話していたようだ。
「はい、これでまずは氣の感覚を掴んでもらいます。レオナさんにも昨日やってみてもらいました」
「誰でもできることなのか?」
「そのはずですが、大人は子供と比べるとだいぶ苦労すると思います」
ジル様が少し興味を持ったようだ。
「やってみますか?」
ジル様は何も答えなかったが、髪の毛を抜いてみせる。
「どうしたらいい?」
私は説明しながら、髪の毛が握られたジル様の手を両手で覆う。
キョウヤ様やロック様と比べると細い指、手の甲は大きくさらさらしていた。
私が氣を送り始める。
「こ、これは…」
髪の毛は動かないが、氣を感じてくれているようだ。
ジル様はじっくり観察するように自分の手を見つめている。
「これが氣です。髪の毛を自分の指のように動かすイメージを持ってください」
ジル様はしばらくじっと集中されていたようだが、髪の毛は一向に動かない。
これが普通なのだが、今までなんなくこなされてきたので、動かないことに私が焦ってしまう。
「もういい」
ジル様にそう言われて私は手を離した。
「あの、最初はみんなこんなものですから、練習すればかならず…」
「こんなものが何を指しているのかわからんが、これを続けていれば私も氣を使えるようになるのか?」
「そうです」
ジル様は髪の毛を床に捨て、手を開いたり閉じたりしている。
氣の感覚を確認しているようだった。
「少し端によけていてくれないか」
ジル様にそう言われて私とレオナさんは壁際に移動する。
ジル様は床に描かれていた魔法陣をすべて消すと、新たに別の大きな魔法陣を描き始める。
ジル様が杖を床にかざし、時計の針のようにゆっくり回る。
すると、杖が通過したとこから複雑な模様が光と共に床に現れる。
神秘的な光景だった。
部屋が暗いから余計に光っている魔法陣が綺麗で、まさにファンタジー。
魔術のことなんてなんにもわからないけれど、ジル様がすごい事をしているのは感じた。
すべて描き終わると、光はなくなってただの白線になる。
「この中心で忍術を使ってみてくれないか?」
ジル様が魔法陣から出ると、今度は私が魔法陣の真ん中に立つ。
「じゃあー」
私は危なくない小さな忍術を使用する。
「火遁の術:蛍火」
大きなかごを下から持つように手の平を上にして広げる。
その真ん中に、蛍ような黄色い光の球が現れる。
それはやさしい光を放ちながら、ゆらゆらと揺れている。
「セツナ様!?」
レオナさんが私に何かあったような声をあげる。
私の顔を見ているようだが、何が起こっているのかわからない。
「少し腕をまくってもいいか?」
ジル様が私に近づきながらそう聞いてきた。
「は、はい」
私が返事をすると、左腕の袖をジル様がまくっていく。
以前も同じことをされたけれど、だめだ、やっぱり照れる。
まくられた自分の腕を見て、そんな気持ちはすぐになくなった。
なんと、青白く光る砂のようなものが私の中?を巡っている。
「ジ、ジル様?これっていったい?」
「害はない。後で説明するから、もう少し見させてくれないか?」
ジル様が私の腕に触れ、光にそってやさしくなでる。
光が強い場所を見つけて少し押してみたり、顔を近づけてじっくり観察もする。
あーん、なにこれ?私はいったい何をされているの?
あまりにも顔を近づけてくるから、もしかしたら舐められる?なんて考えてしまいドキドキする。
「もういい」
ジル様にそう言われて、私は蛍火を消した。
すると、あの青白い光も一緒に消えていく。
「これって…」
「あの光は、おそらくお前が言っていた氣だ」
へっ?あれが氣?どういうこと?私でも初めて見たよ?
「お前が私に氣を感じさせてくれたように、魔法にも同じようなやり方が存在する。
それが今のように魔法陣の中で魔法を使い、可視化された魔力を見て感じることで馴染ませる」
うむ、どの世界でもまずは自分にもできる、持っているというのを感じてもらうのが大切なようだ。
それでそれで?
「この魔法陣はその逆、魔力以外を可視化したものだ。
一回でうまくいくとは思わなかったが、私の見立て通り氣もなんらかの力なのだろう。こちらの言い方に寄せれば氣力と言ったところか」
そこから更にジル様の考察が続く。
「体には血管のように魔力が流れる魔力管があるとされている。
現に可視化した時も同じ場所を流れているように見える。
それに対して氣力は骨や筋肉を貫通するように全体を巡っていた。
いや、貫通ではなく部位毎に氣力を受け渡していっているのか?
氣力は肉体に宿るものという通りなら、体を動かす仕組み、さらには食事から得られる栄養などに近いものなのかもしれない。
であれば魔力とは根本的に異なる力ということになる。
魔法に頼り、魔法で発展してきた歴史を考えると、氣力に気が付けなかったのは当然の結果か?
いや、体は生きる上で必要不可欠、切っても切り離せないもの。魔法中心に物事を考えていたとはいえ、これまで注目されなかったのには些か違和感が…」
なにやら氣の仕組みから始まり、この王国の歴史にまで考えが発展してしまっているようだ。
やや興奮気味にぶつぶつ言っている様子を見ていると、初めて会った時とあまり変わらない。
ジル様が自覚されていないだけで、これが普段のジル様なのでは?なんて思えてくる。
「セツナ!」
「は、はい!」
突然ジル様に呼ばれる。
「もう一度だ。たしか火以外にもできたよな?今度は別の忍術を頼む。何パターンか頼みたい。
このデータを集計することで、属性によって何が違うのかをあきらかにし、魔力とどのように異なり、または何か共通点はないのかを探る」
「何…パターン…」
「どうした、手伝ってくれるのではなかったのか?」
「そうですけれど、ちょっと強引というか」
私がたじろいていると、ジル様が一歩詰め寄って来る。
「どうした?今になって秘密事項があるなどと言わないだろうな?」
あー、この感じはもう初めて忍術を見せた時と同じじゃん!
普段クールなくせに、興味深いものがあると周りへの配慮無くなっているじゃん!
なんて思っていると、ぱっと手を握られる。
「頼む」
真剣な眼差しでじっと私の目を見つめてくる。
ドキリとした。
な、なんかイケメンに攻め寄られているみたい。いや、実際にそうなんだけれど…。
ゴールグで見た月のように綺麗な瞳。
目を上に逸らせば艶やかな白い髪、下に逸らせばエロスを感じずにはいられない唇。横を見ても髪からのぞく大きめの耳。
…逃げ場がない。
「も、もちろんです」
魔法とは別の魔力に私は魅入られてしまった。
この後、氣が尽きかけるまでお手伝いをさせられたのは言うまでもない。




