放たれた矢
「セツナ様、やはり私にもセツナ様の技を伝授していただけないでしょうか?」
ロック様が去った後、レオナさんから申し出があった。
「いいですけど…」
意外というほどではないけれど、レオナさんからも教えを乞われるとは思わなかった。
格闘技は好きみたいだけど、ロック様のように強さに貪欲ではなさそうだったから。
「どうされました?」
「いえ、なんでも…」
レオナさんはちょっと考える素振りを見せた後、ふっと笑った。
「セツナ様とロックさんのやり取りを見ていたら、くすぶっていた気持ちを動かされてしまいまして」
たぶん、理由を知りたがっていたことに気が付かれてしまった。
「くすぶっていた…んですか?」
「上には上がいる。それを覚悟した上で私はここへ来ました。
それでも最初は、簡単に負ける気はしていませんでした。
しかし、現実は天井知らずと言いますか…」
そうか、気丈に見えるレオナさんでも色んな葛藤があったのだろう。
レオナさんも十分強者であるが、イケメンナイツの面々には及ばず、他にも強い人がたくさんいたに違いない。
「特にあのロックさんが年下の女性に教えを乞う姿が衝撃的でしたし、それに応えられる強さをセツナ様は持っていらっしゃる。私も、もう一度一から始めてみようかと思いました」
清々しいなこの人は。応援せずにはいられない。
「じゃあ今からやりましょう!どうせ予定はありません」
自分よりもやる気を見せる私にレオナさんが面食らっていたが、すぐにいい顔つきになる。
「はい、よろしくお願いします!」
私たちは自室に戻り運動着に着替えると、空いている広場を探した。
「あの、髪の毛を使うやつでしたら自室でもできるのではないでしょうか?」
歩き回っている最中にレオナさんに尋ねられる。
「せっかくですから、ちょっと体も動かしましょう。私がそうしたいだけなんですけどね」
「なるほど」
レオナさんがくすりと笑う。
しばらく探していると、誰もいない広い場所を見つけた。
そこはたぶん弓矢の訓練場。
丸い的がいくつもあって、それに向かって長い白線が引いてあり、反対側に射撃場がある。
「誰か来ちゃったら終わりということで」
「そうですね」
私は、キョウヤ様とロック様にやった事をレオナさんにもやってあげる。
まさかレオナさんもあっさりできるのかな?と思ったけれど、あの二人、ついでにマリーが特別だったようですぐにはうまくいかなかった。
それでもなかなかの集中力を見せて、自主練ができるようにはなったと思う。
「結局、髪の毛は動きませんでしたね」
「でも、氣はちゃんと流れています。ロック様のように動かすのには時間がかかりそうですが、頑張ってください」
レオナさんが自分の髪の毛をくるりと回す。
「あの、ちなみにロック様はどのくらいでできたのですか?セツナ様は驚かれていたようですが」
「えーと、ロック様はその日の内に自力で動かせるようになっていました。ちょっとだけですけれど。
あっ、でもあの人は例外ってレベルです。レオナさんも早い方ですよ」
キョウヤ様とマリーもそうなんでけど、それは黙っておこう。
「ふふ、そうですか。さすがロックさんですね」
そう言って笑うレオナさん。
ロック様を尊敬しているのかな?と思わせる雰囲気があった。
「たしかに、強さに対するロック様の素直さはすごいなとは思います」
「もう少しスマートさがあれば言う事ないのですけれどね」
なんてレオナさんが冗談を言うから、私は笑ってしまった。
「じゃあ、氣の練習はこのくらいにして体術の方にしましょうか」
「わかりました」
「って思いましたけれど、私だとやりにくいとかあります?その…任務上」
「セツナ様の場合、圧倒的すぎて私が気を遣う余裕が無いですよ」
安心したような…でもちょっと寂しいような…複雑な気分。
「そうですか、まずは軽く組手でも」
「はい」
私とレオナさんがそれぞれ構える。
私は腰を落とし半身になり、レオナさんから右腕と右足を隠すような形になる。
レオナさんは若干前かがみになり、ボクサーのように拳を作る。
「では、私からいかせていただきます」
レオナさんがそう宣言した直後、左ジャブが私の顎に向かってくる。
私はそれを躱すと、すかさず2撃目がとんでくる。
おー、キレのあるいいパンチだ。
これがクリーンヒットして立っていられる者はそういないだろう。
2撃目を首を回していなしながら、レオナさんの脇腹をめがけて手刀を出す。
レオナさんは手刀を躱すと、その手を肘と脇腹で取ろうとしてきた。
一瞬早く私は手を引っ込めて、そしてその手を今度はレオナさんの首に向ける。
それを手で払うレオナさん。同時に私の左足にローキックを放つ。
私は足の裏で受け、レオナさんの足に私の足をからめとると、足払いでレオナさんの体制を崩す。
何をしてくる?なんて上から目線で様子を見てみる。
レオナさんは自ら地面に手をつき、転がって私との間合いを取った。
うん、無理な攻めっけを出さない良い戦術。お父さんが優れた指導者だということが伺える。
体勢を立て直すとレオナさんはすぐに次の攻撃を仕掛けて来た。
隙の無い綺麗な連携。
私も反撃していくがうまく躱されていく。
お互いまだ一撃を入れられていないやり取りが続く。
しばらくして、私はレオナさんがくすぶってしまった原因がわかってしまった。
だけどそれは、レオナさんが望んでいるものなのかわからない。
でも、レオナさんなら自分でちゃんと消化してくれる気がする。
それを伝えるために、私はこの組手を終わらせることにした。
レオナさんのストレートパンチをギリギリで躱し、レオナさんの腕を這うように伸びていった私の手刀がレオナさんの喉に触れる。
「…参りました」
お互い決着の形から解放され、一息つく。
「…何と言ったらいいのでしょう。セツナ様はおそらく氣を使われていませんでしたよね?
ここまでレベルが違かったとは」
なんとも言えない表情を浮かべるレオナさん。
「それは、これからまだまだ強くなれるということですよ」
フォローになっているかわからないが、それっぽい事を言っておく。
「それとなんですが、レオナさん…」
「なんでしょうか?」
私は気が付いた事をレオナさんに告げる。
「レオナさんって、本気を…ううん、違いますね。そうじゃなくて、なんていうかその、できるなら相手に痛い思いをさせないようにしていませんか?」
レオナさんが少し驚いた顔をする。
「誰かの助けになりたいと言っていましたから、そういう力は求めていないのでしょうけれど」
「たしかにその通りかもしれませんが、セツナ様を相手に手加減のような真似を…」
無自覚。
魔物相手ならともかく、人が相手だと無意識に技をセーブしてしまっている。
それがお父さんの教えなのか、それともレオナさんの性格なのかはわからない。
でもそれだと同格以上には勝てない。
格闘技はお互い怪我のリスクを承知の上で行われる。それなのに、レオナさんだけが相手の怪我を受け入れていない。これではどうしても相手に一歩及ばなくなってしまう。
「私は…」
私が真剣であることがわかったレオナさんは困惑する。
ちょっとだけ様子を伺ってみたが、レオナさんから反応が無い。
私は声をかけようとした。
その時、私の頭を狙う殺気を感じた。
離れた所にある射撃場を見てみると、誰かが弓を構えている。
私の視線に気づき、殺気が解かれた。
しかし次の瞬間、私の顔の真横を矢がひゅんと横切る。
タン!
矢が的に当たった音が聞こえた。
「誰だ!」
音で気が付いたレオナさんが、射撃場に向かって大声を出す。
矢を放った者は弓を下ろすと、こちらに近づいて来た。
あっ、あの人は。
弓使いのボガード=ラモン。




