マリーの不在
療養生活を続けて数日。
私は晴れ渡る清々しい空を、お城のてっぺん、最上階の屋根の上で眺めていた。
完全回復!
普段ならこんなことはしないのだけれど、長く寝ているとさすがに体を動かしたくなるというもの。
体が動くというのはすばらしい。
風を感じるのは気持ちがいい。
今日からまた聖なる巫女として頑張ります。
何に誓うでもなく心の中でつぶやくと、私は屋根や壁をつたって窓から自室に戻る。
「きゃああ!」
自室に飛び込むとマリーが叫び声をあげる。
「あっ、ごめん」
マリーは胸を押さえながらはあはあと息を荒くしている。
相当びっくりしたようだった。
「セツナ様」
きりっと厳しい目でマリーが私を見つめる。
「は…はい」
「お止めになってください。なんて言いませんから、せめて置手紙くらい置いてください」
うぅ…怒っている。
でも、マリー自身の感情で怒っているのが少しだけうれしかった。
しゅんとしている私を見て、マリーが笑顔に戻る。
「では、朝ごはんに致しましょうか」
私は返事をして席につき、朝ごはんをいただく。
うん、おいしい。
たまには和食が恋しくなるけれど、毎日メニューを変えてくれているので飽きたりしない。
「マリー、予定的なものってまだ無いの?」
「はい、お医者様が言っていた療養期間はまだ三日ありますので」
なるほど、医者の見立てよりも回復が早かったのか。
さすが私。
となると、誕生会の準備をするにはうってつけなのではないだろうか?
「それとなのですがセツナ様」
マリーが神妙な面持ちで別の話に切り替える。
「申し訳ございませんが私、今日の午後から三日後の夜までワケあってお城を離れなければなりません」
突然の休暇申請にびっくりした。
「えー!そんな急に、どうかしたの?」
「その、親戚の結婚式に参加するだけなのですが、言い出す機会を伺っていたらこんなギリギリに…本当に申し訳ありません」
マリーが深々と頭を下げる。
「…まぁ、色々あったからね」
言うほど機会が無かったか疑問だったけれど、私がわからないだけで侍女として気を遣う部分が多かったのかもしれない。
「わかった、気を付けてねマリー。
ということは、その間は別の人が私のところに来るのかな?」
なんかやだなー。
ずっとマリーにお世話してきてもらったから、今更別の人になると緊張しそう。
「それについてはレオナ様がやってくださるとのことです」
「レオナさんが!?」
「はい、別の侍女に交代していただく予定だったのですが、直前でそういうことに」
そうなんだ。知っている人で少し安心する。
でも、レオナさんの仕事ではないような気がするのだけれど?
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午前中は念のため部屋で大人しく過ごし、昼ごはんをいただいてまったりしているとドアがノックされた。
入ってきたのはレオナさん。
相変わらず美しかっこよかったが、今日はズボンに蝶ネクタイ。
「セツナ様、体調はいかがですか?」
男性使用人と同じ挨拶をレオナさんがする。
「すっかり良くなりました。
まさかマリーの代わりがレオナさんだなんて、少しびっくりしました」
「ちょっと色々ありまして。後でご説明致します」
「そうなんですか…。あの、今日の格好って?」
レオナさんがあははとちょっと笑いながら蝶ネクタイを触る。
「臨時とはいえセツナ様をお世話する身、それ相応の格好をするのが筋だと思っていたのですが、どうもあのスカートだと動きにくいというかなんというか…」
レオナさんがマリーの足の方を見ながら言う。
ちょっぴりだけどレオナさんの事情を察する。
レオナさんがやるということはきっと護衛も含まれる。
もしもの時にマリーと同じ格好ではたしかに動きにくい。
かと言って顔合わせの時と同じ格好では堅苦しいから、いっそ男性用を選んだと。
うん、ありだと思います。似合っています。
「それではレオナ様、後のことをよろしくお願い致します」
マリーがレオナさんに頭を下げる。
「任せておいてください。この前のパーティーでどういう方か、だいたい把握しています」
にこっと笑うレオナさんに、ふふっと笑い返すマリー。
2人はいったい何を笑ったのかすごく気になる。
マリーが私の方を向く。
「セツナ様、あまり無茶はなさらないでくださいね」
「はーい」
そして、普段マリーがやっていることをまとめた紙がレオナさんの手に渡されると、マリーは少しだけさびしそうに部屋を後にした。
「マリーも心配性なんだから。私もお城に来てだいぶ経つというのに」
「まぁ、そう言わないであげてください」
どういうこと?と思いながらレオナさんを見る。
「先に私が代わりを務めることになった理由をご説明しますと、おそらく察しがついていると思いますがセツナ様の護衛も含まれています」
「うーん…やっぱりそうでしたか」
「今後どうなるかはまだ検討中のようですが、これからは常に誰かが付くことになるかもしれません」
そっかー、うっすらそんな気がしていました。
あのサメのような魔物。一旦影から出ないと攻撃できないみたいだったから寝込みを襲われても躱せた気がするが、場合によってはやられていたかもしれない。
そう考えると、一応誰かに見守っていてもらえるのは助かる気がする。
「それでですね、彼女が心配していたのは、セツナ様の事もあるのですが、自分が世話役を外されてしまうのではないかということだと思います」
「えっ?世話役を外される?マリーが?」
最初はなんで?と疑問に思っていたがすぐにわかった。
魔物が私を狙って来るとなると、当然近くにいた人にも被害が及ぶかもしれない。
そう考えると、必然的に戦えないマリーは近くに置いておけない。
「結婚式も遠い親戚だからと言ってキャンセルしようとしたようです。
実はこの件、一緒に城の外へ出れる者に任せた方がいいのではないかということで、ゴールグへ魔物討伐に行かれた時から持ち上がっていました。
だから、セツナ様の世話役を続けるために色々とやっていたようですよ」
…だから、ギリギリまで言えなかったのか。
マリー…そこまで私のことを。
思わず感動して目がうるうるしてくる。
「そっか、マリーがそんな風に…」
「はい。ですから、この間に誕生会とやらの準備をして、セツナ様のお気持ちを伝えられると良いですね」
レオナさんがそう言ってウインクする。
なんて話のわかる女性なのでしょう。
話が決まれば早速私とレオナさんは錬金工房へと向かった。
相変わらず暑苦しい場所だが、わかっていれば案外気にならない。
が、それでも涼しい顔をしているレオナさんが気になる。
「レオナさんは暑くないんですか?」
「そうですね、このくらいでしたら訓練中と比べれば」
あれ?もしかしてレオナさんの方が忍耐力があったり?
工房で働くおじさん達に挨拶されながら、双子の持ち場へやってくる。
2人は机で向かい合い、大きな図面を広げながらああでもないこうでもないとやり合っていた。
図は武器のように見えなくもなかったが、日本では見たことがない形をしている。
一見おもちゃの取り合いでもしているようだが、話している内容はちんぷんかんぷんで高度な議論が交わされているということだけがわかった。
双子の一人が私たちに気が付いてくれる。
「あっ、お姉さん。どうしたの?」
先ほどまで難しい顔をしていたのに、ぱっと明るい顔に変わる。
「ごめんね、お仕事中に」
「ちょうど行き詰っていたところだし、いいけど…」
「いつも一緒にいるお姉さんは?」
そう言いながら手際よく図面をしまうが、ちょっとどこかぎこちない。
「マリーはしばらくお休みで、代わりにこのレオナさんが一緒にいてくれているの」
そう説明しながら私は席についた。
けれど、レオナさんが席につかず突っ立っている。
「セツナ様は、この子たちとお知り合いだったのですか?」
「うん、ここの見学に来た時に友達になれて、プレゼントもこの子たちに手伝ってもらうことになっているの」
レオナさんもどこかぎこちない。
「二人はレオナさんと知り合いなの?」
双子はううんと首を振る。
じゃあなんでこんな微妙な感じになっているの?




