セツナの想い
アッシュとレオナさんにエスコートしてもらいながら、赤いカーペットがひかれた階段を上っていく。
二階席には玉座で見かける人たちもいて、みんな微妙な顔をしている。
良かれと思って用意したサプライズが不発に終わったのだ。当然の結果である。
しかし、これだけの大人が揃っていてこの事態を想像できた人はいなかったのだろうか?
たしかに聖なる巫女らしいことなんて一つもできていないけれど、聖なる巫女とは認めてくれているんだよね?
それなら巫女っぽいイメージとか持っていてもいいと思うのだけど…。
聖なる巫女がそもそもどんな女性なのか実は誰も知らないとか?
衣裳部屋の奥に巫女の衣装があることも忘れ去られている?
なんか、今後のために一度予言書とやらを読んでみる必要性を感じてきた。
国王様の横に並び、会場を見下ろす。
暗くなっているので貴族の方々の表情をあまり見ずに済んでいるのが幸いだ。
「聖なる巫女であられるセツナ=モチヅキだ。みな、盛大な拍手を」
国王様に促されて大きな拍手が会場を包む。
うーん…、小学校のお遊戯会を思い出す。
「皆もすでに耳に入れていると思うが、聖なる巫女はすでに城を襲撃してきた魔物を退け、ゴールグを脅かしていた魔物を退治してくれている。
おかげで我々の被害も少なく、その圧倒的な力はかならずやこの王国に平和をもたらせてくれることだろう」
そこまで説明してもらうと、会場の人達も少しずつ聖なる巫女の実感が湧いてきたようで、まだ小さいが歓声も上がるようになってきた。
でもさ、ちょっと言い方が良くないというか…、それじゃ巫女というより勇者じゃない?
圧倒的な力って…、せめて神秘的なー…とか他に表現の仕方があったんじゃないの?
この国王様、人はいいけどやっぱりどこか抜けている。
そんなことを思っていると、奥の方から誰かが歩いて来る。
「国王様のおっしゃる通り聖なる巫女様のお力は偉大であり、そして可憐でした。
あのお姿を例えるなら神話の聖獣ペガサスです。
優雅に空を舞ったかと思えば、風のように魔物へ飛んでいき、神の一撃で魔物を倒す。
騎士の間ではいつも聖なる巫女様の話題が絶えません」
そう力説しながら私の横へ現れたのはなんとキョウヤ様だった。
騎士の格好ではなく綺麗なスーツを着ている。
髪型もいつもと違いきっちりセットされていて、眉毛とおでこがはっきり出ている。
男らしさに磨きがかかり、その整った顔立ちに惚れ惚れしてしまう。
キョウヤ様!と黄色い声援が小さくだが聞こえる。
それを皮切りに会場は徐々に盛り上がっていき、最後は声援に変わっていく。
会場を見ていたキョウヤ様の瞳が私に向き、いつものやさしい笑顔を見せてくれる。
そして、さっと一歩身を引く。
するとみんなの視線が一斉に私に集まり、さきほどとは異なり大きな拍手が起こった。
その場に合わせたものではなく、本当に聖なる巫女を歓迎する拍手。
キョウヤ様のカリスマ性と実績に基づく説得力が成せる技。
スマートすぎてめまいがしそうである。
アッシュがヒューと口笛を吹き、レオナさんが頷いてうまくいっていることを教えてくれる。
キョウヤ様のおかげで会場の雰囲気ががらっと変わり、国王様も一安心されている。
「聖なる巫女よ。あなたからも皆に言葉をかけてくれないか」
国王様がそう言うと、私の顔の前に小さな魔法陣が空中に浮かび上がる。
急に出て来たのでびっくりすると、キョウヤ様が声を拡散してくれる魔法だと教えてくれた。
マイクみたいなものだと理解した私は、その魔法陣に向かって話を始める。
「えーと…、みなさまお初にお目にかかります。国王様からご紹介いただきましたセツナ=モチヅキと申します」
こんな感じでいいかな?噛まずに言えたのはよかったけれど。
「………」
さて、私はいったい何を話したらいいのだろう?
国王様は私の存在を示して勇気を与えてほしいと言っていた。
それはキョウヤ様の演説で十分示されたと思う。
だから私はそれっぽいことを言えさえすれば、このパーティーは成功に終わるだろう。
ただ、それっぽいことが出てこない。
私はこの王国を救うことが期待されている聖なる巫女である。
頑張りますとか、応援してくださいとか、そういうことではない。
絶対に王国を守るとか、魔物はかならず滅ぶとか、そういうことを求められている気がする。
でも、私は光の魔法が使えない。忍術があっても限界がある。
だから、その場限りの嘘でもそんなことを言えない。
何も言わない私に、再び会場がどよめき出す。
この場を納めなくてはならない重圧で私の体がどんどん冷えてくる。
なんで私はもっとちゃんと考えておかなかったのか?
これくらいのコメントを要求されるのは少し考えればわかること。
国王様のことをどうこう言える立場ではなかった。
(大丈夫ですよ)
魔法陣に拾われないように抑えられた声が聞こえる。
(あなたの言葉で大丈夫です。今までもそれで切り抜けてきたじゃないですか)
声のする方をちらりと見る。
そこにいたのは、私を見守ってくれているキョウヤ様、サムズアップしているアッシュ、小さいガッツポーズを見せてくれるレオナさん。
そうだね。
まだ信頼し合える仲間だと胸を張って言える関係ではないけれど、こうやって支えてくれる人たちがいる。
私ができることとしたら、そんな彼らの言葉を信じること。
私は深呼吸をして、私の話をする覚悟を決めた。
「みなさんがどのくらいご存じかはわかりませんが、私はこことは違う世界からやって来ました。
だから、見る物すべてが新鮮で、とても美しい王国だと日々感じています。
みんなもとてもいい人達で、おかげで寂しい思いをせずに暮らしています。
そんな人達を魔物や飢餓から解放するために私はやって来ました」
まだ短いけれど、今までの日々が私に言葉を紡がせる。
「しかし、正直に申し上げますと私にはまだこの王国を救う力がありません」
キョウヤ様が後押ししてくれた私の言葉が会場に届く。
「ですが、私はこの王国が大好きです。ここで暮らしている人達が大好きです。
まだ未熟者ですが、絶対にみんなを助けられる聖なる巫女になります」
みんなが聞いてくれている私の言葉が、私に新たな覚悟を芽吹かせる。
「どうか、ご協力よろしくお願い致します!」
私は自分の足が見えるほど深く頭を下げた。
わっと盛大な歓声が上がる。
惜しみない拍手が会場に響き渡る。
とても王国を救う者の言葉とは思えない拙い演説。
それでも、みんなが私を認めてくれた瞬間だったと思う。
私が顔を上げると再び拍手が大きくなる。
「今夜からでも聖なる巫女の言葉を皆に伝えるのだ。
それが王国中に行き渡った時、かならずや大きな力となるだろう」
国王様が大きく腕を上げて、私の演説をしめてくれる。
会場に明かりと演奏が戻ってきて、わいわいと盛り上がっている様子が聞こえてくる。
「よかったよセツナちゃん!」
魔法陣が消えたことを確認すると、すかさずアッシュが声をかけてくれた。
「うん、ありがとう」
解放感に包まれ、体は脱力しているのに胸だけがドキドキと激しく動いている。
「お疲れさまですセツナ様。よい演説でした」
キョウヤ様も拍手をしながら褒めてくれる。
「キョウヤ様のおかげです」
私がそう言うと、キョウヤ様が少しだけ照れるような素振りをみせた。
それもそのはず、自分でも気が付くくらい今はいい顔で笑えている気がする。
この人はいつだって私を助けてくれている。
レオナさんが気を利かせて二階席の空いていた椅子をひいてくれた。
私はそこに座らせてもらい、一息つく。
「お見事でした。私も応援させていただきますセツナ様」
「レオナさん、ありがとう」
注いでもらった水を飲む。
何かを成し遂げた後の一杯は格別だった。
これでうまくいったと思い、みんなとしばし談笑をする。
完全に気を抜いていると、どこからか悲鳴が聞こえてきた。
クノイチの勘が再び警戒を強め、私は会場内で感じた違和感のことを思い出す。




