ジル様からの言葉
魔物を倒した後、キョウヤ様たちの所に戻るとみんなの幻覚魔法が解けていた。
怪我人が出たものの、死亡者と重傷者を出すことなく魔物討伐は無事成功に終わった。
私が魔物を倒したことをキョウヤ様に報告すると、無事だった兵士が結界の外で待機していた別部隊を呼びに行き、怪我人を運びながらみんなで下山する。
キョウヤ様には色々と心配をかけたようで、下山中に怪我は無いかと何回も聞かれてしまった。
まぁ私のことを思ってのことだし、他の兵士たちからもお礼をたくさんもらったから悪い帰り道ではなかった。
街まで戻ると大勢の人達に病院へ向かう兵士の行進を見守られた。
街の人達は魔物を退治できたのかすぐにでも知りたかっただろうけど、私や怪我をした兵士たちを心配する人ばかりで、すすんで怪我人に手を貸してくれる人もいた。
おかげですんなり病院へ行けたので、私は一足先に宿屋へ戻ることになった。
部屋へ入ると、服や靴を脱ぎ下着姿になってベッドへうつ伏せに倒れ込む。
緊張が解けて体が少しだけだるくなってきて、ベッドに沈んでいくような感覚がした。
結果的に戦闘は大したものにならなかったけれど、みんなの命がかかっているとなると話が違った。
思えば、クノイチの任務は今日と同じくらい重要だったはず。それなのに私ときたら、言われた事をやるくらいの気持ちでしかなかった。
なまじなんとかなってきてしまったために、私には責任感や覚悟が少し足りないかもしれない。
今日はそんなことを反省する日になった。
ゴロリと転がり仰向けになる。
部屋の中は無音で、閉められた窓からかすかに街の活気が聞こえてくる。
私に食べ物をくれた人たちの顔が浮かぶ。
彼らの生活を守れたことを実感して、一人でにんまり笑う。
聖なる巫女としてではないけれど、正義のクノイチとして人々の安全を守れたことを誇りに思った。
「何日くらいこの街にいられるのだろう?せめて明日一日くらいは観光したいな」
私はまだ体力が余っているので外に行けるのだが、キョウヤ様やジル様、他の兵士たちのことを考えると一人だけ楽しむわけにはいかなかった。
「でも何もすることないな。スマホが恋しい…」
ぼーと天井を眺めていると、眠気がやってくる。
どうせ何もできないし、このまま寝るでもいいか。
そう考えた私はまぶたを閉じた。
………。
……。
…。
コンコン
ドアをノックする音が聞こえて私は目を覚ました。
「はーい」
と反射的に答えてしまう。
「あー!待って!ちょっと待てください、まだ開けないで!」
すぐに下着姿のままだったことを思い出し、大慌てで外の人に待ってもらう。
これでドアの向こうがキョウヤ様だったらどうしよう?進歩が無いと思われないだろうか?
私は急いで部屋着と肩掛けを着ると、ドアを開けた。
「あっ、ジル様」
そこにいたのはジル様だった。
魔物討伐の時は厚手のローブを着て、いかにも魔法使いという格好をしていたのに、今は初めて会った時と同じような薄着になっていた。
そのギャップのせいか、細い腰や腕が色っぽくて目がいってしまう。
「なにかご用ですか?」
きつい目付きの横を、白髪がさらりと流れる。
あの目に見つめられると、魅了されて一瞬身動きが取れなくなったような気がしてしまう。
「キョウヤにお前の様子を見てきてほしいと頼まれてきた。
大丈夫だろと言ったのだが、なかなか折れなくてな」
「そ…そうですか」
あからさまにやれやれといった態度をとっている。
「入るぞ?」
「えっ?」
面倒くさそうな感じだったので、このまま帰っていくものだとばかり思っていたからつい声に出してしまった。
「なんだダメなのか?」
「いいえ、そんなことないです」
私は両手を振って大きく否定した。
正直ジル様と二人きりになるのはまだ少し怖いけれど、これは仲を深めるチャンスである。
問題はまったくの無策であるということと…。
「………」
床に脱ぎ捨てた服を凝視された後、何も言わずに跨がれたこと。
ジル様は窓の方までいくと、椅子には座らず壁にもたれかかった。
「何か飲みますか?」
「いいや、けっこう」
うーん…、私って一応まだ聖なる巫女って認識だよね?
別にいいんだけどさ、もう少し愛想よくしてくれてもよくない?
ジル様だけ立たせるわけにはいかなかったので私も立っていると、座らないのか?と言われてしまいとりあえず椅子に座った。
「………」
「………」
えー、部屋に入ってきたのに何もしゃべらないの?
たしかにゲームのジル様も口数が少なめなキャラだったけど、現実はむしろ無口だったの?
ジル様って、どんどんわからなくなるタイプの人なのかもしれない。
部屋に二人もいるのに、聞こえてくるのはやっぱり外の音だけ。
困った。私から話しかけたいけど、どんな内容がいいだろう?やっぱり魔術のこと?
「…おまえは」
一人であれこれ考えていると、急にジル様が口を開いた。
「お前は幻覚魔法にかからなかったのか?」
私のことを心配してくれたのか?それとも単に魔法の話なのか?
意図はわからないが、ひとまず素直に答える。
「実はかかってしまいました。ギリギリのところで解くことができましたが」
「そうか」
そこで一旦会話が終わってしまった。
ジル様は幻覚魔法にかかったことがないと言っていたから、それについて聞かれると思っていたのに。
会話を続けるために、ジル様はどうだったのか聞いてみようかな。
と思っていると、ジル様が再度私に聞いてきた。
「どんな幻覚だったか、聞いてもいいか?」
今まで違い、どこか遠慮がある聞き方だった。
まだ何を聞きたいのかわからないけれど、少しだけ丁寧に答えることにした。
「ジル様やキョウヤ様が怪我をして倒れてしまう幻覚を見ました。
幻覚だとわかっていても、あんなリアルに見せられると何もできなくなってしまいますね」
「私や、キョウヤの…?」
あ、もしかしたら、
幻覚でそれが見えたということは、二人がやられてしまうと思っていたことになってしまうかもしれない。
「ごめんなさい、お二人なら心配なかったんでしょうけど、どうしても…」
あわあわと謝る私を、ジル様は静かに見ていた。
「お前は敵が見えたわけではないんだな」
「敵…ですか?」
私は首を少しかしげて聞き返す。
「いや、いいんだ。なんでもない」
ジル様は視線を部屋の隅にやってしまった。
再び沈黙が訪れる。
けれど、今はなんとなく気まずさがなくなっていた。
私の勘違いかもしれないけれど、ジル様は私に何かを話そうとしている気がする。
それをじっくり待ってみることにした。
それに、沈黙を気にせず男女が二人きりでいるのって、なんか大人っぽい雰囲気がある気がする。
私は会話を放棄して少々妄想にふけっていると、ジル様がドアへと歩き始めた。
えっ?帰っちゃうの?と思ったけれど引き止める言葉が見つからない。
このまま出て行ってしまうと思ったけれど、ジル様は私に背を向けたままドアの手前で止まった。
「たしか、セツナといったか」
「はい」
もしかして初めて名前を呼んでくれた?
「聖なる巫女とは、いったいどういう存在なのだ?」
急にとんでもないことを聞いてきた。
それについては私も知りたいところです。なぜなら何も知らないから。
「えーと…ですね」
いったい何を言えばあたりさわりが無いだろう?
私は必死で考える。
「…いや、それも今はいいか」
またも聞いておいてジル様が一方的に終わらせる。
でもよかった。答えずに済んだ。
「そんなことは関係なくて、私が言いたいのはだな…その」
そう言いながらジル様は私の方を向く。
左手で首袖をいじりながら、何か言葉を選んでいるような仕草だった。
「今日…部下を助けてくれたことに、感謝している…」
ジル様が本当にちょっとだけ頭を下げた。
「は、はい」
あまりにも予想外の言葉に、私は呆気にとられた返事をしてしまった。
「それだけだ。私はこれで失礼する」
ジル様は最後にそう言うと、振り向くことなく部屋を出て行ってしまった。
これはいったいなんだったのか?
私はしばらく考える。
そして、一つの仮説が浮かび上がる。
ひょっとしてだけど、キョウヤ様の頼みを口実にして私にお礼を言いに来てくれた?
「………」
本当に?
そういえば、お礼を言ってくれた時少し頬が赤かったようなー…。
そんなことを考えていると私まで照れて赤くなってくる。
えっ?ホントにホント?私の勘違いじゃないよね?
ってことはあれ?ツンデレだっけ?たしかそういうんだよね?
いやそんなの漫画やゲームのキャラ付けで…って、この世界や人物はゲームがベースじゃん!
ということは、ジル様の数少ないデレを見れたってこと?
うわー、なんかテンションが上がってくる。
これっぽっちのことで今までの冷たい態度がチャラになっちゃうとか、イケメンって得だなー。
そして私もちょろい乙女だなー。
恥ずかしさと興奮で私は一人もぞもぞする。
とりあえずは、ジル様から思いもよらないご褒美がもらえたということで。




