幻覚の魔物
私は木々を渡り結界を張っている魔物へ近づいていく。
こんな真正面から敵に向かっていくなど愚策にも程があるのだが、時間との勝負なので割り切るしかない。
矢や銃くらいなら対処できると思うけど、魔法だったら自信無いな。
でも、キョウヤ様の傍を離れないという約束をやぶってこうしているのだから、絶対に成功させたい。
魔物の姿がはっきり見える距離まで来る。
全部で5体。魔術師っぽくローブを着ているが、顔や手はほぼトカゲのような形をしている。
その中に派手なヒレを頭に付けている魔物がいて、おそらくあれがボスだろう。
魔物の視線は完全にこちらに向いているが未だに攻撃されていない。
もしかすると攻撃する術が無い、または準備中なのかも。
そう考えた私はもう一段階速度を上げる。
踏み台にした木が衝撃で折れる。
ごめんね。心の中で謝りつつ、私は崖まで辿り着いてへばりつく。
2体の魔物が私を見下ろす。
私はそいつらを目標に、念のため迂回しながら崖を駆け上がった。
魔物は驚いているばかりで何もしてこない。
それでも、その後ろで別の魔物が待ち構えているかもしれない。
「風遁の術:針尖」
二本のナイフを忍術で飛ばす。
全力で放ったから亜音速くらいの速さはあったはず、ナイフは魔物を貫いて空の彼方へ消え、少し遅れて2体の魔物が吹き飛ぶ。
倒した魔物がいた位置からだいぶ離れた場所で私は崖を登りきる。
姿勢は低く、どこへでも動けるように地面に這いつくばる。今の私の方がよっぽどトカゲっぽい。
そんなことを気にしている暇はない。
魔物からの攻撃が無いことを一瞬で確認すると、ボスに向かって先ほどと同じようにナイフを投げる。
投げ損した感覚は無かった。
しかし、ナイフは突然軌道を変えてボスの隣にいた魔物に当たる。
なにこれ!?魔法?
あー!物理法則を無視されると頭が混乱する!
だったら!
「火遁の術:大火蜥蜴」
肺いっぱいに息を吸い、今までよりも大きく長く火を吹く。
辺り一面を火の海にした。
これから直接火が当たらなくても熱でダメージを与えられるはず。
けれど、残りの手下は丸焦げになっていたがボスは無傷のままであった。
怯えたように体を丸めている。
ボスの足回りも焦げ一つ無く、円形のバリアにでも守られているようだった。
そんなのあり?
まさか接近もできないなんてないよね!?
光の魔法が使えない私はこの状況に焦る。
かと言って様子見をしている時間は無い。
ボスが震えている間に、一気に接近してトドメを刺す。
私は一直線にボスへと駆ける。
あと一足で手が届く位置まで来る。
その瞬間、嫌な感覚が背筋を走った。
私は急いで勢いを殺し、後ろへ跳ねる。
その瞬間、私がいたであろう場所からすごい音を立てて巨大な岩のドリルが生えてくる。
あんなのに巻き込まれたら今頃ミンチになっていた。
地響きも無しで突然現れるのだから、我ながらよく躱せたものだ。
とはいえ、これでは罠を警戒せざる負えない。
迂闊に近づけなくなってしまった。
「ななな…なんだお前は!人間か!?」
私に驚いたのか、ボスはいつの間にかしりもちをついて震えていた。
見た目はボスっぽいのに、動きや言動は小物っぽい。
「幻覚魔法の結界を張っているのはあなたね?」
私はいつでも攻め込める体制をとり、ボスに問いかける。
「お、俺を殺しに来たのか!?」
ボスは怯えるばかりで質問に答えてくれない。
この手のタイプには何回か会ったことがあるけれど、リーダー格は初めてだった。
たぶん、魔術の腕だけで出世したのだろう。
ジル様もその実力を認めていたし、油断しない方がいいかも。
「投降すれば命は取らない。今すぐ結界を解除して」
最優先は結界の解除。
ボスが気にしているのは自分の命なので、話をしやすくするためにまずはその安全を保障してみる。
私の言葉が届いたのか、息を荒くしたままだがボスは少し落ち着きを取り戻した。
「…こ、断る!」
ボスはローブについた砂ぼこりを払いながら立ち上がると、大声でそう言い切った。
「お前、人間にしてはかなり強いみたいだが、俺の魔法のことは何もわかっていないな?
どうしてこの罠がわかったのか知らないが、再度近づいてこないのはそういうことだろ?」
うー!情けない姿を晒していたクセに頭はしっかり回っているなんて!!
ボスは余裕を取り戻し、しゅるしゅると見せてくる細い舌が非常にむかつく。
「どうした?来ないのか?いいのかそんなことで?
俺の結界は幻覚魔法に特化させた優れものだ。どんなに強い心を持っていても、いずれは精神を侵食して幻覚に取り込まれるぞ」
挑発のつもりなのか、結界の事を教えてくれたのはありがたい。
状況は変わらないが、幻覚以外にキョウヤ様たちの脅威が無いことがわかったのはよかった。
「どうする?俺は絶対に結界を解かないぞ。お前は俺を殺すしか手が無い。
遠距離攻撃は効かないぞ?近づかないと俺を殺せないぞ?
でも罠があるぞ?わかるか?あっ、もしかしたら近距離攻撃も効かないかもしれないぞ?」
ぐぐ…本当に安い挑発だが、一刻を争っている私にじわじわ効いてくる。
情けない、もっとちゃんと精神修行をしておくべきだった。
一瞬だが、昔のことを思い出してしまう。
それが幻覚魔法に隙を与えてしまった。
いつの間にか、私の目の前に切り刻まれたキョウヤ様が立っている。
今にも倒れそうな足取りで、死にそうな声で私の名を呼ぶ。
悲鳴をあげてしまうのをギリギリのところで抑える。
そんなわけない。キョウヤ様なら絶対に無事!
そう自分に言い聞かせるが、無惨な姿のキョウヤ様に血の気が引いてしまい、思考をコントロールできなくなってくる。
すると、血まみれのジル様、犠牲になった兵士たちが次々と姿を現してくる。
「これは幻覚!気をたしかに!現実はみんな無事!」
あぁ…だめだ。
何が出ても冷静でいられる自信があったけど、私が恐怖するものはこれだったのか…。
幻覚を解けないなら魔物を倒すしかない。イチかバチか罠に飛び込むしか…。
しかし、いつの間にか魔物の姿が見えない。
逃げたのか?それとも幻覚で見えなくなっただけ?
どうしよう?どうしよう!?どうしよう!!
このままじゃみんなが…。
幻覚魔法の効果なのか、思考がどんどん鈍くなっていく。
だめ!何か、何かできる事ないの?私に何か残っていないの!?
「…セツナ」
突然、懐かしい声が私を呼んだ。
どこからか聞こえてきたわけではない。頭の中のさらに奥から呼ばれた気がする。
幻聴?これも魔法?
そう思ったけれど、その懐かしい声に思わず耳を傾けてしまう。
「大丈夫だよ」
あぁ、これは親友のカイリの声だ。
カイリが励ましてくれている。
そうか、なんとなくわかった気がする。
幻覚を見ているのは現世の私。カイリを思い出しているのは前世の私の記憶。
幻覚魔法の原理はわからないけれど、前世の記憶にまでは作用できなかったようだ。
「カイリ…」
一緒に修行をしていた子供の頃を思い出す。
青春と言える事は何一つできなかったけれど、カイリがいたから悔いは残らなかった。
生まれ変わってもなお助けてくれる自慢の友達。
ありがとう、カイリ。
心は静けさを取り戻し、思考はゆっくりと現実に向かい出す。
幻のキョウヤ様たちはいなくなり、その代わり魔物が目の前までやってきていた。
「はははは、てこずらせやがって!ようやく幻覚にかかったか!
よくも部下を殺してくれたな、お前は俺の手で殺してやる」
気持ちの悪い笑みを浮かべ、魔法でナイフのように尖った岩を生成している。
滑稽だ。
この魔物は私がまだ幻覚の中だと勘違いをしている。
街を襲い、キョウヤ様たちを苦しめ、あんな幻覚を見せたことを私は許さない。
「ぐはは!しねー!!」
魔物が岩を私の胸に突き立てようとする。
私はそれをひらりと躱す。
「はっ??」
体重をかけて一突きで終わらせようとした魔物はバランスを崩す。
私はがらあきになった腹部に膝蹴りを入れて魔物の体制を無理やり戻した。
魔物はあまりの痛みに両手で腹部を抑え、腹の中の物をすべて吐き出す。
突然の激痛に狼狽える魔物の目はぎょろぎょろと動き、私に焦点が合わない。
吐き出したものの上に膝をつき、うめき声を漏らし続ける。
ようやく私と目が合ったと思ったら、最初に見た救いを求める弱者の目だった。
たぶん命乞いをしているのだろうが、べちゃべちゃの口では何を言っているのかわからない。
「御免」
私は魔物の頭と胴体を切り分ける。
頭は地面に落ち、胴体はぐしゃりと倒れ込む。
私はそれを火遁の術で焼き払う。
魔物だったものに火がつき、煙が天へ上っていく。
カイリ、生まれ変わってもこんなことしているけどさ、私は元気にやっているよ。
どこにあるかもわからない日本を想う。
卑怯で感じの悪い魔物だったけれど、カイリの声を聞けたことにはちょっとだけ感謝した。




