尾行の先に
ジル様が部屋を出て行ってから数時間が経ち、夜になった街からは音があまり聞こえなくなっていた。
私はうっかり日中に眠ってしまったので、いつも通りの時間にベッドへ入るものの寝付けずにいる。
無理やり寝ようと思えば眠れなくもないのだが、なんだか少しもったいない気分だったりもする。
例えるなら修学旅行二日目の夜。
自由行動と学校行事を終えて、旅行先の土地にも慣れてきた頃合い。
夜の街にも興味が向くというもの。
昼間は魔物討伐を終えたばかりだったし、怪我人も多くて自粛していたけれど、後から伝言でみんなの無事を聞けたから今は気持ちが楽になっている。
それに実は、昨日の街での出来事を踏まえてキョウヤ様から別れ際にお小遣いをもらっている。
あの柔軟性には感動すら覚えた。
それに、この世界では私はもう酒が飲める歳みたいだし、大衆居酒屋みたいな所なら行ってもいいのではないかと考えている。
でも、一人で行くのは寂しいな。キョウヤ様と一緒に行きたいけれど、もうお休みになっているか、へたしたらまだ仕事をしているかもしれない。
あと、聖なる巫女として…というか年頃の女子が一人で夜中出歩くってのもどうなんだろう?
この世界の常識でも危ないとされているのだろうか?
できればあまり困らせたくはないんだれど…。
考えているだけでは何も始まらないので、私は一階に降りてジュースでも飲むことにした。
ひょっとしたら、宿屋の人とかとお話しできて何かいい情報を得られるかもしれない。
上着をはおり、静かに階段を降りていく。
一階のエントランスが見えるところまで来ると、宿屋を出ようとしている人影が見えた。
白髪のその人が誰なのかはすぐにわかった。
ジル様、こんな時間に一人でどこへ行くのだろう?
ごはん?こんな遅くに?
お酒かな?一人でグラスを傾ける姿はかっこよさそうだな。
ま、まさかいやらしいお店じゃないでしょうね?考えにくいけど…。
やばい、まったく想像できないから興味が湧いてきてしまう。
おまけにまだ寝る気がなくて暇を持て余している状況。
どうする?行っちゃう?
ジル様が宿屋から出て行ってしまった。
どうしようー、悩むなー、バレない自信があるけどそんなことしていいのかなー?
頭の中ではまだ悩んでいるけれど、体は宿屋を飛び出してジル様の尾行を始めてしまっていた。
街にあるお店の中は明るくて騒がしそうだったけど、通りは暗く人通りもまばらだった。
私は影から影へと移っていき、誰にも気づかれることなく移動していく。
ヘタにこんなことができてしまうために、後で後悔しそうな事をしているわけなのだが、動き出してしまったものは今更止まらない。
ジル様はわき目もふらず道を突き進み、どんどん裏路地のような所へ入っていく。
えー、まさか本当に変なお店に行こうとしてないでしょうね?
イケメンナイツがそんなことしないと思っているけれど、徐々に不安になっていく。
そして、ジル様が骨董屋のようなお店の前で立ち止まった。
お店の前はごちゃごちゃしていて、灯りは点いているけれど開店しているのかわかりにくい。
ジル様は辺りを見渡した後、そのお店の中へと入っていった。
なんのお店なんだろう?
外から見た様子だと何もわからない怪しいお店である。
私はささっとお店の入り口までやって来る。
ドアには窓が付いているが、布がかけられていて中が見えない。
お店の横へ移動してみると、大きな窓がありカーテンの隙間から中が覗けた。
お店の中もごちゃごちゃしていて、なんのお店なのかわからない。
ジル様の姿を発見する。
誰かと話しているようだったので、視線の先を見てみるとそこには椅子に座ったやさしそうなおばあさんがいた。
こんな時間に尋ねているのだから、家族や親戚だろうか?
私は窓に耳を当て氣を集中させる。
窓から伝わってくる微弱な音の振動を感じ取って会話を盗み聞きする。
我ながら悪趣味だなと思うが、ここまで来てやめられない。
会話の内容は、最近の出来事や魔法に関することだった。
二人とも穏やかな感じで、長い付き合いであることが伺える。
しばらく聞いていても何を言っていることがわからず、私はすっかり興味を無くしてきていた。
得る物がなく罪悪感だけが残った。やっぱりこんなことやめておけばよかったな。
そろそろ部屋に戻ろうと考えていると、会話が聖なる巫女に変わる。
「そういえば、ついに聖なる巫女が現れたんだって?いったいどんな娘なんだい?」
おばあさんがふと思い出したようにジル様に聞いた。
突然私のことが話題にあがって心臓が跳ねる。
いいいいったいジル様はどんな風に思っているのだろうか?
聞き逃さないように窓にべったり張り付いてしまう。
「変わった女だった」
「…へぇ」
よほど以外な返事だったのか、おばあさんは興味ありといった反応をする。
「他人に対して無難なことしか言わないお前が、そんな風に言うとは」
「魔力が一切無いくせに目の前で魔法を使ってみせた。
魔術の観点から見れば同じ人間とは思えない。だから変わっていると言ったまでだ」
「ふふふ、本当にそれだけなのかい?」
ジル様の口調は今までと変わらないが、おばあさんはなんだか楽しそうにしている。
「………。まぁ、あとは壁を走ったり空を飛んだり虫みたいなところがあるな」
む、虫?
あれー?今日の活躍でジル様の好感度が少しは上がったと思っていたけれど、どの角度から見てもまだ人間未満だったの?
「ふーん、じゃあ女の子としてはどうだい?」
!!!
なんて質問をするんだあのおばあさん!
「それは…」
ガタン
窓が音を立てて揺れる。
私は無意識に窓から耳を離していた。
良心が痛んだのか、それとも恐くなってしまったのか、あれだけ食い入るように聞き耳を立てていたのに核心を聞くことができなかった。
胸がもやもやする。こんな奇妙な気持ちになったのは初めてだった。
「誰かいるのか?」
ジル様の声が聞こえる。
クノイチの私が尾行に気づかれたのもこれが初めて。
でもしかたないじゃない。盗聴中に聞いちゃいけない内容が出てきたことなんてないし。
バレてしまった以上観念するしかない。
逃げることも可能だったが、明日からジル様の顔をまともに見れる気がしなかったので、嫌われてしまうのを覚悟で私は姿を現すことにした。
ドアをノックして、静かに開けてお店の中へ入っていく。
「こ、こんばんわ…」
「お前は」
ジル様は私に驚いていた。
「ごめんなさい!ジル様が一人で出かけていくのを見かけてしまい、つい気になって付いて来てしまいました」
私は勢いよく頭を下げた。
ジル様はいったいどう思ったのだろう?怖くてなかなか頭を上げられない。
「もしかして、この娘が聖なる巫女かい?」
「…はぁ、そうだ」
おばあさんが私に近づいてくる。
「ちょっと顔を見せておくれ」
私が顔を上げると、おばあさんが手で私の頬を触り、私の目をじっとのぞき込む。
「本当に魔力が無いんだね。通りで気が付けなかったわけだ」
「なっ、虫みたいだろ?」
ジル様は腕を組んで冷たい目を私に向けている。
でも、怒っているような感じはしなかった気がする。
「女の子にそんなことを言うものじゃないよ」
おばあさんがジル様を軽く咎めると、再び私に向き直る。
「私はガーナ、お名前は?」
「セツナといいます」
「いい名前だね。聖なる巫女にお会いできて光栄だよ」
「あ、ありがとうございます」
この場合はお礼でいいのだろうか?
私は何を言っていいのかわからずもじもじしていると、椅子に戻ったガーナさんが話しかけてくれる。
「私はね、ジルにとって魔術の師匠みたいなものでね。小さい時から知っているのさ。
こんな夜中にジルが来たのも、私が夜型の人間だからだよ」
ガーナさんは笑いながら、私が聞きたかった事を教えてくれる。
たぶん私の態度からおおよそを察したのだろう。これはまさに年の功といったところ。
「おいセツナ、帰るぞ」
ジル様が急に私の前に立つ。
「なんだい?せっかく来てくれたのに」
「これ以上いたら余計な事を話されそうだ」
ジル様はそう言ってお店を出て行ってしまった。
「本当にごめんなさい、私が来てしまったばっかりに」
せっかくの師弟水入らずを邪魔してしまった。
本当に申し訳ない。
「いいんだよ。おかげでジルの珍しい反応が見れたし。
セツナちゃんも早く行きな、置いて行かれちゃうよ」
「はい、今日はすみませんでした。おやすみなさい」
私もお店を出ようとする。
「あぁ、そうだ」
ガーナさんに引き留められる。
「もし、ジルのことを聞きたくなったらまたおいで。
知っていることはなんでも教えてあげるよ」
ガーナさんは楽しそうにそう言った。
なんか、ジル様と私をくっつけようとしているのかな?なんて思ったけれど、さすがに気のせいだよね?
「機会があったらお願いします。それでは」
お店を出るとジル様が待っていてくれていた。
しばらく黙ったまま睨まれる。
「お前にこんな趣味があったとはな…」
「ご、ごめんなさい…」
本当に何をやっているんだろう私は?
申し訳なさ過ぎてどこかへ消えてしまいたい気分だった。
俯いている視線の先にある地面にでも潜ってしまおうか?
「…ふっ」
ふいにジル様の笑い声が聞こえた気がした。
思わず顔を上げる。
「本当に、変わった女だ」
そう言ってジル様は歩き始めてしまう。
私はそれに黙ってついていった。
宿屋に着くまで一言も話さず、距離も縮まることはなかった。
でも、夜道を奥ゆかしく二人で散歩しているような気分を味わえたのは、今宵の月が照らしたジル様の表情がいつもよりやわらかかったから。




